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異世界者と眺める者(後編)
げほ、げほ、げほ。
咳と共に流れる血。
この子はもう駄目ね。
誰かの声が聞こえる。
あぁ、そんな事は自分が一番分かっている。
まともに動く事も儘ならず。
ただただ寝たきりで生涯を終える。
その苦しみは、貴方達には分からないだろう。
あぁ、一度でいいから。
外の世界を、眺めて、見たかったなぁ……
あぁ、ならば。
その願い、叶えよう。
其方の運命は、ワタシが見定めた。
巨大な、巨大な、星よりも巨大なソレは、私にとって初めて見た、雄大な景色だった。
「………」
……夢か。
人をやめても尚、夢は見るものらしい。
それともあれは、運命が私に見せた光景なのだろうか?
「何やってんだい、あんたは?」
「あ……」
千里ちゃんの声で我に返る。
「あ、ち〜さ〜と〜ちゃ〜ん☆
コートちゃんったらドジ踏んじゃったぞ★
て……」
「てへとか言ったら、また腹パンするからね。」
「て……て……手を〜洗って〜ご飯は〜食べよう〜〜……」
腹パンは真面目に痛いんだって。
千里ちゃんは呆れつつ。
「あんた達って、食べ物とか要るのかい?」
「あーまぁ食べなくても死にはしないけど、
味覚はあるから出来れば食べたいかな〜なんて……」
「ふーん。ほらよ。」
千里ちゃんは興味なさげに、食べ物っぽいものを投げて来る。
相変わらず乱暴だなぁ。最初の頃はこんなんじゃなかったのに。
それだけ下層に馴染んだって事なのかもしれないけど。
「つまりは、このコートちゃんのおかげってことだね☆
ぴーす★」
「いいからさっさと食べな。
食べないならまだ食べ盛りな子にやるからね。」
「あー、いやー、食べる、食べまーす。」
食べる必要はないと分かってても、人間の頃は病人用のまずい食事しか食べたことないから、この味覚を味わいたいのだ。
あぁ、美味しいなー、これ。そうそう、このキリサキックの爪が……
「って、爪ぇぇ!?
爪がぁぁ、入ってるじゃんこれ!?」
「あ、なんだい?爪ごときでガタガタと。」
「いやいや普通こんなもん入ってたら、いじめとかホラーを想像するでしょ!?」
「ガタガタうるさいねぇ。
なんか魔物とかいうやつを材料にしてるらしいよ。
私の能力で見た限り、変な病気も持ってなさそうだし、大丈夫だろ。」
「いやそんなものよく口に入れて……魔物?」
「そ、刹那ちゃんお得意の魔物料理。」
「刹那……」
そうだ、すっかり忘れていた。
千里ちゃんがあのやばい女と話してたから、逃げて来たんだった。
それでなんかアート君が文句を言いに来て……
「な、なにを話したのカナ?
千里ちゃんは……」
「あ?刹那ちゃんと?
別になんも。最近の近況とかまぁどうでもいい話を……」
「……千里ちゃんの近況って、病気の子を視てるとかそんな話だよね?」
「そうだけど?
それがどうしたっての?」
……病気。病気の子か。
しかも絶死病。決して治ることはない不治の病気。
……あぁそういえば私の時もそうだったな。
私も不治の病とか言われて、もう自分自身が死にたくなるようなそんな気分になるのだ。
手も足もろくに動かせないというのは、そんなどうしようもない絶望感を味わって……
「……待って。」
私はふと寒気を覚えた。
「その話を聞いたあの女はどこ行った?」
「あの女って刹那ちゃん?
さぁ、知らないけど。」
酷く嫌な予感がする。
私たち眺める者に与えられたあの女の基本情報。
その中にたしか……
下層第15区域の離れ。
他の下層の場所とは違い、此処には出歩く人は一人もいない。
……先ほどまでは。
「よし。これで全員確認したな。」
刹那がなんかやり遂げた感をむんすと出してると。
「……これは、どういう事なんだい?」
千里とコートがその場に現れた。
血の臭い。
それは刹那からではなく……
「……っっ!?」
千里ちゃんがすぐ近くの家に駆けつける。
私はその場から動けなかった。
「???」
あの女だけが何をしているのか分かっていないようだった。
しばらくしてから、千里ちゃんが家から出て来た。
だがその顔は見るからに険しかった。
「……これは、どういう意味なんだい?」
千里ちゃんはあの女に聞く。
「どういう意味?何がだ?」
「……心臓を一突き。
あれは刹那ちゃんがやったのかい?」
「うん。」
特に普段と変わりない様子で、奴は答えた。
「……何故?」
「死にたいって言ったから。」
そう。
それはおそらく本当のことだ。
不治の病。ましてや子供。
心が耐えられない子が出てきてもなんらおかしな話ではない。
仮にこの女が殺さなくても、結末は変わらない。
ならばこの女の行為は正しいのか?
千里ちゃんはしばらく顔を手で覆ってたが、しばらくして。
「……成程、ね。
確かにあの子の表情は安らかだったよ。
苦しませずに殺してくれたんだね。」
「うん。魔物で練習したぞ。」
どんな練習だ。
「……成程、刹那ちゃんの言い分は分かった。」
千里ちゃんの声は明らかに冷たかった。
私は内心ハラハラしてて状況を見守ることしか出来なかった。
普段やってたお気楽キャラの練習が何の役にも立たない。
あの女だけがいつもと何も変わらなかった。
「……けどね。
此処の主治医は私なんだ。
治らないからって、勝手に患者を殺して回られたら困るんだよ。」
「治らないのか?
治らないなら、しゅじいってのは何の意味があるんだ?」
純粋な疑問。
タブーとも言える問い。
何故ならば、人は生きなくてはならない。
死を望む社会など、あってはならない。
千里ちゃんは口ごもっている。
反対にあの女は何かに気づいたかのように指を指して指摘した。
「なんか変な感じがするぞ。
千里、おまえ嘘ついてないか?」
嘘。
私にとっての嘘。
あぁそうだな。私は医者なんかじゃない。
医者の真似ごとをして、自分を癒したかっただけなのかもしれない。
病気を判別する能力。
こんな能力があったところで所詮は同じことだ。
たまたま自分が医者の気分を味わえる環境。
それが手に入ったから、私はこんな真似事を始めただけなのだろう。
……もう、終わりにしよう。
こんな偽善ご「違うっっ!!!」
という私の思考を大きな声が遮った。
「……コート?」
「千里ちゃんが嘘なんてつく訳ないっ!
私は眺める者コート。
ずっと眺めてた私が言うのだから間違いはありませんっ!
千里ちゃんの今日までの努力も碌に知らないのに、勝手なことを言うな!
だ、だいたい神出鬼没で奇想天外な貴方に……」
コートが刹那ちゃんに拙く反論している。
……何をやってるんだか、この馬鹿は。
「……やめなって。
そんな言い合いしてても意味はない。」
「で、でもっ!」
「……此処は”病院”なんだ。
大声を出すところじゃない。」
「うっ……」
医者として、私が嘘をついてたのは間違いない。
だって私は投げだしていた。
こんな訳の分からない病気、どうしようもないのだと。
……けどそんな医者、確かにいる意味ないよな。
「……まずは、ちゃんと供養しないとな。
あんな状態で放置する訳にはいかない。」
この状況は私のついていた嘘への戒めか。
だがたとえそうだとしても。
「どこ行くんだ?
そっちは死にたい奴らじゃないぞ?」
「は?」
私が反対側の家に行こうとした時、刹那ちゃんが私を呼び止めた。
死にたい奴らじゃない?何を言ってる?
「……刹那ちゃん。
君の言い分は一応は理解した。
ただあんまりいい加減なことばかり言ってると……」
「そっちは生きたい奴らだぞ。
死にたい奴らはあっちだ。」
……まさか?
私は刹那ちゃんが呼び止めた方の家に走る。
そこには確かにまだ息がある子がいた。
……いや、しかもこれは。
「……どうなってるんだこれは?」
……僅かだが、病状が良くなっている。
「……心臓、か?
血の巡りが良くなっている。」
絶死病の前では一時的な措置にしかならないだろうが。
「……まさか刹那ちゃん。
これも君がやったのか?」
「うん。生きたいって言ったからな。」
刹那ちゃん曰く、死にたいと願って死を選んだ子は5人。
そして生きたいと願って、生きる事を諦めなかった子は12人。
「……ち、さと……せんせぇい……」
「……っっ!?」
その子は確かに私の名前を呼んだ。
私が、この病気から救ってくれるのだと。
そう、願って。
「……何をやっていたんだ、私は……」
私は、本当に誰の事も視てなかったんだな。
私は自分の顔を殴りつける。
「ぐぶぅっっ!?」
「え!?
ちょ、ちょっと、何やってんの千里ちゃん!?」
ガチで殴ると結構痛いもんだなぁ。
だがこれで目が覚めた。
「……刹那ちゃん、君がやったことだ。
死なせてしまった子のことは君が責任を持って供養しろ。」
「供養ってどうやればいいんだ?」
「今から教えてやるから覚えろ。」
……彼女を責める事は私には出来ない。
自分だって諦めていた命なのだ。
だがまだ救える命が残っている。
「で、コート。」
「は、はいっ!?」
私は宣言する。
「この絶死病とかいう病気は私が潰す。
あんたも協力しな。」
「え、は、きょ、協力と言われましても……」
「これは命令だ。」
「え、は……い、いや、私にも立場というものが……」
「貴方の立場なんてとっくに崩れてますよ。」
その場に現れたもう一人。
コートと同じ位の背丈。コートのお仲間か?
「ア、アート君……え、崩れてってそれは……?」
「貴方は眺める者に相応しくない。
そう言ったんです。
その女に反抗し、人間一人を立ち直らせた。
明らかな過剰介入。」
コートが口ごもる。
何の話をしているのかはよく分からないが。
「ゆえにコート。
運命の奴からの判決を言い渡します。
貴方は勝手に”この”世界で生きて、勝手に朽ちろ。
だそうです。」
「……え?」
アートとかいう奴はそれだけ言うと去っていった。
もう会う事もないでしょうという捨て台詞だけ残して。
なんだあれ?まぁどうでもいいか。
「……で、話は終わったのかい?
だったらさっさと動いて欲しいんだけど。」
人手が足りないんだ。時間だってない。
いろいろ調べたい事もある。
「そういう調べ事、得意なんだろ?」
「……ふん、分かりましたー☆
このコートちゃんに任せて、ねっ★」
「ハン、やっぱりそれ気持ち悪い。」
まぁ精一杯の強がりってことで、腹パンは今回はなしにしといてやる。
「ほ、ほんとなのか……さっき言ってたことは……?」
「ロッキー?
あんたも懲りないねぇ。」
勝手に入って来るなって言ってるのに。
「あのクソみたいな病気を、ミリィを助けることが出来るのか!?」
「あぁもう、どいつもこいつも大声出すんじゃない。
そのためにいろいろやるって話だ。」
「そ、そうか……すまない……
今まで誰もあの病気を治そうって奴はいなかったから……」
「……らしいね。」
何故この国はこの病気に対して無関心なのか。
それだって不自然なのだ。
いくつか推測はある。
潰せるところから、潰していくしかない。
けどそのためには。
「単なる医者の私だけでは無理だ。
協力者は多ければ多い程いい。」
「だ、だったら、俺はどんなことでも協力する!
俺をいくらでも使ってくれ!」
ロッキーが私に頭を下げる。
この男も、ほんと直情的というか、なんていうか。
「どんなことでもって言ったな。
だったらこっちも遠慮はしないよ。」
「あぁ、望むところだ。」
さて、まずは……
「……本当に、過剰介入の程が過ぎる。
これで脱落した眺める者は25人、と。」
私は騒がしい連中から離れた場所でそう呟いた。
この世界は所詮、本来の物語を構築するための、まだ調整中の世界。
まだ物語の理も構築されてない、未完成の世界。
……だがそれゆえに、どんな結末も許される。
(……あの女まで味方につけた以上、可能性はあるかもしれない。)
何故ならあの病気は……
「……どうでもいい。
眺める者の私には関係のないことです。」
なんでどいつもこいつも、余計な介入ばかりするのか。
何故、運命の奴は元人間の眺める者を何人も選出するのか。
母によって生み出された身である私にはどうでもいい事ではあるが、まぁ。
「……せいぜいお幸せに。コート。ってね。」
そんな冗談を呟きながら、私はこの世界を去った。
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