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闘争の一日(後編)
「はぁっ!!」
「グオォォォオォオッ!!」
黒い騎士の漆黒の剣がドラゴンの脇腹を斬り裂く。
「おのれぇ。下等な人間風情が偉大なる我ら竜族に……」
ドラゴンは血を盛大に吐きながらも口に火を含む。
ブレスを吐く動作だ。
だがそれより前にドラゴンの上半身が一瞬で凍り付く。
「白騎士奥儀。さて止めは誰で行きますか?」
「決まってるだろ。もちろん俺……」
黒騎士の言葉が終わる前に一発の巨大な火球がドラゴンに向かって放たれた。
その一撃はドラゴンの腹をえぐり、巨体が後ろにズシンと倒れた。
「そんなもの誰でもいい。
私は早く帰って少年少女との逢瀬を愉しみたいのだ。」
火球を放った大柄な女性騎士が面倒そうに言う。
「ったく、手柄取られたか。
まぁアーカイドとは勝負してないからいいけどな。」
剣を収めた三人の騎士の背後には十体ほどのドラゴンの死体が転がっていた。
無論この三人によって討伐されたドラゴン達だ。
「見事だ、三人とも。
私の出番はなかったようだな。」
その様子を見ていた零騎士命閣は拍手をし、三人を出迎えた。
今回のナイツの任務はイムヌスを狙う野良ドラゴン達の討伐。
そこらの冒険者には任せられない高難易度任務だった。
(予想以上だ。
あの数のドラゴンを相手に殆ど疲弊もしていない。
しかもまだ伸びしろがある。)
特に黒騎士グレイスの実力は若い頃の裂憧以上かもしれない。
この先どれほどの騎士に育っていくのか。
命閣は純粋に楽しみだった。
だが。
(……予想、以上?
何を私は予想していたというのだ?
フ、私ももう歳かもしれないな。)
ふと脳裏によぎった”知らない”影のことを、すぐに命閣は忘却した。
まるで夢で見た出来事をすぐ忘れてしまうように。
砂上命閣はこの2,3年の間、"砂上命閣として"生きていた。
闘争の悪魔ガラハドは一切の関与をしなかった。
カケラはカケラであることを認識できない。
それはイコール命閣がガラハドの存在を既に認識していないことを指す。
これは命閣に限らず全てのカケラに共通する現象であり、”今までが”特殊だったのである。
「……どうやら余が眠っている間に、三騎士もナイツに加わったようだ。
あと数年後が全盛期といったところか。」
「は、おっしゃる通りで。」
魔城の玉座で眠っていたガラハドを出迎えたのは貴族悪魔アルファ。
ガラハドは状況の変わらない地上の様子に飽きが来ており、ここ2,3年程は眠りについていた。
ガラハド自身が命閣への干渉をすれば、カケラの偽装の意味がなくなるというグリモアにとっての都合もあったが。
その間の地上の状況の推移は配下のアルファが把握していた。
ガラハドが彼に何かを命令した訳ではない。
アルファは常にガラハドが求める事を把握し、行動するよう心掛けているためである。
「以前紹介があった愛莉という女は黄騎士となりました。
件のエクスという旅の剣士は青騎士となったようです。」
「三騎士と合わせてこれで8人か。
まぁ数合わせとしては問題なかろう。」
「いえ、既に千騎士の枠も埋まっているようです。」
「ほう。」
アルファはそこで一旦言葉を区切る。
それはガラハドにとって面白くない状況があったというサインである。
「構わん。話せ。」
「御意。
千騎士の枠はグリモア様が用意したカケラが勤めているようです。」
僅かにガラハドの目つきが鋭くなる。
(……何故ナイツの席にダルバックの廃棄物などを入れないといけないのか。)
その仕草だけで魔城の一部が軋んだがアルファは続けて話す。
「それと桃騎士の枠はグリモア様の指定をガラハド様が承諾した事になってますが。」
「……あぁ、そういえばそんな事を言った気もするな。」
ガラハドは自分の記憶を辿る。
どんな輩を承諾したかは覚えていないが、覚えていないということはガラハドにとってどうでもいい存在ということだ。
(……だがグリモアの都合で入れるナイツは一人のみと言った覚えがある。)
ガラハドが玉座を指で軽く叩く。
今度は魔城の一部に穴が開いた。
アルファはガラハドの機嫌が悪くなっていくのを感じていた。
「決めた。未踏をナイツに誘う。」
「御意。
手筈は整っております。」
アルファは予想していたと言わんばかりに、未踏の今日の予定をガラハドに報告する。
だが零騎士としてナイツを誘うには当然、命閣の意思に介入する必要がある。
すぐに介入しようとした矢先、即座に魔城の天井に巨大な目玉、グリモアの意思端末が現れた。
「……何度言えば分かる。
未踏をナイツに入れることは許可しません。」
「黙れ。
貴様の玩具を2つもナイツに入れおって。
これは決定事項だ。」
ガラハドはグリモアの反論を無視し、命閣の意思に介入しようとする。
……だが上手くいかない。
それはつまり。
「……貴様。」
「……何を勘違いしているガラハド。
カケラは私が作ったものだ。
貴方に支配権など存在していません。」
「ならば余が直接出向くまでだ。」
ガラハドが立ち上がる。
出鱈目な圧力が魔城全体にかかる。
グリモアの意思端末にもヒビが入り始めるが。
「……貴方が直接行ったところで未踏が首を縦に振るわけがない。
それ以前に貴方とこの国との全面戦争が始まるだけでしょう。」
「それも一興。」
「……それは貴方にとって不完全燃焼の闘争にしかならないでしょう。
あと1年。
あと1年以内に状況は動く。
砂上楼閣が連盟改革のための準備を進めている。
連盟同士のいがみ合い。
貴方の好きな闘争だ。」
「余の相手は双剣鬼か?」
「……具体的にどう転ぶかはまだ分かりませんが、その可能性は極めて高いでしょう。」
「………」
30秒ほど間が空く。
ガラハドは再度玉座に座り込んだ。
「……1年だ。
それ以上は絶対に待たん。
何も起きなければ余は余の好きなように動く。」
「……砂上楼閣の改革時期に。
あの矛盾曲、巡真那が必ず何らかの仕掛けを動かす。
ウルイエルも裏で手札を用意しているという情報がある。
陰謀と闘争が蠢く物語の舞台。
何も起きないことはありえない。」
「当たり前だ。
そのために余はこの国に来たのだからな。」
意思端末の目玉が消える。
アルファは一部始終を見守った後、ガラハドに話しかける。
「未踏の件は、もう宜しいのでしょうか?」
「今は保留だ。
未踏はそもそも騎士には向いていまい。
あの男が一国ごときの歯車として動くのもあまり面白くはない。」
「御意。」
おそらく"その時"が来るまで、もうガラハドは命閣に介入しないとアルファは予想した。
いくら機嫌が悪くても自分の主人は約束を反故にする真似はしない。
とはいえ機嫌が悪いことは確かだ。
「そういえばガルガン様が面会を希望していましたが。」
「ほう、珍しいな。
入れて構わん。」
「御意。」
事前にガルガン様に相談をしておいて良かったとアルファは内心思っていた。
「これはこれはガラハド殿!
今回は随分辛抱強いことよのう!
ぐっふっふっふっ。」
初っ端から余計なことを言うガルガンにアルファは苦笑していたが、ガラハドは気にせず返した。
「5年、6年、だったか?
それほどまで長くこの国にいたと言うのに、今更何もないでは困る。
あと1年くらいは構わぬよ。」
「ふむ、それは確かに。
果報は寝て待て、だったかな?
拙僧も少し前から人間の幼子を育てているのだがなぁ。
大層、拙僧を慕っておる。
いや、片方はそうでもないか?ぐふふふ。」
「貴殿も相変わらず好きものよ。」
「いやいや。
もしかしたら予想以上の成長を見せるかもしれぬではないか。
人間の可能性は無限大とな。
ぶわっはっはっはっはっ!!」
笑いながらガルガンは1本の酒瓶を魔城の床にドンと置く。
「……なんだそれは?」
「酒じゃ。知らぬかガラハド殿。
結構行けるぞよ。」
「それは知っている。
そんなものを我等が摂取することに何の意味があるのかと問うている。」
「意味ぃ?
知らぬなそんなことは。
飲みたいからじゃ。戯れたいからじゃ。
他になかろうガラハド殿。」
そう笑いながらガルガンはもう1本の酒瓶をガラハドに投げた。
ガラハドがそれを受け取ったのを確認したと同時に、ガルガンは瓶のままでその中身を平らげた。
「酒とはそんな飲み方をするものだったか?
緑騎士はすぐに酔っていたが。」
「どうせ我等では酔えぬ。
ならばいっそのこと豪快に飲んだ方が愉しかろうて。」
当たり前だが、七罪魔に酒は効かない。
酔うことなどありえない。
こんなものを飲むことにガラハドは価値を感じなかったが。
「まぁそれも一興か。」
ガラハドはガルガンに倣い、瓶のままで酒を飲みつくす。
飲食など彼には必要ではないが、命閣と同調してる間には味覚らしきものを感じることはある。
その時に酒を飲んだことがない訳ではないが。
「まずいな。
これは安物であろう、ガルガン。」
「おや、さすがガラハド殿。話が分かる。
それはとっくに封を開けて中身はしおしおの一品じゃ。」
それを聞いたアルファはさすがに口をあんぐり開けた。
だがガラハドは気にせず次を促す。
「貴殿の一番のお気に入りをよこせ。
それで貸し借りなしとしよう。」
「ぐっふっふっふっ。そう来なくてはな。
やはり味の分かる者と飲まなければ張り合いがない。
フェイリィ殿はしおしお酒で満足してそのまま眠ってしまったからな。」
「あれに物の価値など分かりまい。」
ガルガンはガラハドにもう1本瓶を投げ、自身もまた瓶のまま平らげる。
酔うことは出来ずとも味は理解できるのか、アルファには分からなかった。
「おやアルファ殿。貴殿も一杯どうじゃ?」
「御意。ではお言葉に甘えて。」
アルファには酒の味は分からない。
美味しいともまずいとも思わない。強いていえば味がない。
しかしこの方たちもそれは同じの筈なのだがと内心不思議だった。
いずれにせよガラハドの機嫌は戻ったようにアルファには見えた。
ガルガンが訪れて50分後。
20本ほどの酒瓶はあっという間に空となり、ガルガンは立ち上がる。
「さて、今日はこの辺で仕舞いとしよう。
さすがに飲み過ぎたわ。
一気に10万ゴールド平らげるのも悪くはないが、またここまで集めるには時間がかかるなぁ。」
「貴殿の子飼いに集めさせれば良かろう。」
「いやいや、あの二人はまだ子供ゆえ酒は早い。
わざと飲ませたことはあったが、なかなか後始末が面倒であった。」
「育つまでに貴殿が我慢できるとは思えんがな。」
「ぶわっはっはっはっ。
それを言われてしまうと何も言えんのう!
では失礼。」
飲むだけ飲んでガルガンは帰っていった。
ガラハドはずっと玉座に座ったままで酒を飲んでおり、今も座ったままだった。
「まぁ悪くない趣向ではあった。
だが余が酔うことが出来るのは終わらぬ闘争だけだ。」
何故と言われてもガラハドには分からない。
自分のルーツがどうだの、七罪魔のシステムがどうだの、ガラハドには一切関心のないことだ。
そして再び目を閉じ、瞑想する。
あと1年以内。
その時になれば自身の望む闘争がやって来る。
傍に控えていたアルファは主人が眠りに入ったことを確認すると、転がっている酒瓶の片づけを始めるのだった。
片づけが終わった後、ガラハドは部屋に一人となる。
来たるべきその時まで部下たちがこの部屋に入って来ることはない。
物語のプロローグはもうすぐそこまで迫っている。
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