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1話 あれから5年



大都市イムヌス。

この国はかつて上層、中層、下層の3階層に分かれ、各層ごとで人々の生活基盤は大きく異なっていた。
上層は連盟や貴族と呼ばれた支配者達による資源の独裁が進んでおり、逆に下層は明日の生活も儘らない者たちが多数を占めていた。

だがそれも過去の話。
5年前にそんなありふれた人々を襲った災厄。
その災厄の名こそは闘争の悪魔ガラハド。

魔王といっても過言ではないこの怪物は、自らの配下達を差し向け人々をただただ虐殺した。
日数でいえば僅か3日程度の出来事であっただろう。
だがその3日で失った命は約400万とされ、それは国の総人口の半分にも達していた。
もしこの戦いがあと数日も続けば、国は間違いなくこの災厄によって滅ぼされていたことだろう。

だが人々は決して絶望しなかった。
イムヌスには国の象徴とされた騎士達がいたからだ。
騎士達は最後まで決して諦める事なく、魔王の軍勢に果敢に立ち向かった。
そう、彼等こそが国を守護する騎士達。
魔王を退け、国を守り抜いた英雄達。
ナイツ・オブ・グローリア。


この国はいつでも活気に溢れている。
5年前、この国は陰鬱な雰囲気がいつもあった事を僕は覚えている。
かつて下層と呼ばれた場所の住民であった僕は、いつも他人の食べ物を盗むことでその日を凌いでいた。
今でもその行為に後悔はない。
そうでなければ僕たちは生きていく事が出来なかったのだから。

だが今は違う。
そんな格差社会はあの日、終わりを告げたのだ。
あの地獄のような3日間を忘れる事など、誰にも出来ない。
だがあの3日間がなければ、今でも僕は、他人の食べ物を盗むような生活をしていたのではないかと。
そう、思わずにはいられない。
あの日々は確かに人々の心を一つにしたのだ。
どこか荒れ果てていた人々の心を。

今日も僕は、”彼ら”の帰還を一市民として出迎える。
ここからでは彼らの顔がよく見えない。
そんな困ってる僕を見兼ねたのか、国の兵隊さんが僕を担いでくれた。
その気遣いに僕は心からの礼を言う。
僕の周りの人々も彼らの帰還を笑顔で出迎えていた。

そう、彼ら。
北方の邪悪な竜の討伐から帰って来た僕たちの英雄。
ナイツ・オブ・グローリアの凱旋だ。

「はぁい♪
 みんなお出迎えー、ありがとぉっ!!」
紫騎士様が笑顔で僕の方を見た、気がした。
ちょっと顔が赤くなってしまった。恥ずかしい。
「チルッチル殿。
 今は控えて頂きたい。」
黄騎士様が紫騎士様を窘めている。
めんご〜とかいう軽い声が聞こえる、気がする。
「まぁそう硬くなるなよイエーロ。
 これもナイツの仕事の一環だろ?」
「青騎士殿がそう仰られるのでしたら……」
青騎士様だ。
忘れもしない。僕の命の恩人だ。

そして一際大きい歓声が上がった。
その理由は分かっている。
今日これだけの人々がナイツの凱旋を出迎えたのは、あの方がいるからだ。
零騎士グレイス様。
魔王を討伐した、英雄の中の英雄が。

「こらぁっ!!零騎士様の道を塞ぐでないぃっ!!」
大きな声が上がった。
あの鎧の色は、橙騎士様?
いつも零騎士様の側近のように振舞っている橙騎士様だが、こんな声を荒げられた事はなかったように思える。
「よせ、アカシャ。」
「し、しかしグレイス様……」
何かトラブルでも起きたのだろうか?


浮ついている。
私達を英雄のように迎え入れる人々。
正直、大袈裟過ぎる。

今回は紫竜バイオメタルという毒々しい竜の討伐任務だった。
そこそこの強敵ではあったといえるが、私達ナイツ・オブ・グローリアにとっては死闘には程遠い。
たぶん四色ドラゴンよりも格下だろう。
そもそも今回はどちらかといえば序列下位ナイツ達の戦闘訓練が主の戦いだった。
始めから負ける余地などない。
そうでなくとも、この桃騎士音羽、いや……
零騎士グレイスがいる以上、万一の事態はなかっただろう。
とはいえ、市民を安心させるのもナイツの仕事といえば仕事。
私達は国の希望なのだから。
「………」
……国の希望。そう。そうあらねばならない。
あの闘争の悪魔を倒したのは私達ナイツ・オブ・グローリア。そうでなければならないのだ。
たとえ事実は大きく違っていたとしても、だ。
一瞬、脳裏に掠めた忌々しい女の幻影を振り切り、私はナイツの一角として静粛に振舞う。
前の馬鹿紫と馬鹿黄色がまた何か揉めているような声が聞こえたが、エクスさんが丸く収めてくれるだろう。
「こらぁっ!!零騎士様の道を塞ぐでないぃっ!!」
……何事ですか?

「よせ、アカシャ。」
「し、しかしグレイス様……」
何事かと思い、私も前に出る。
そこにいたのは黒い鎧に身を包んだ、小柄な姿。
私よりも年下、だろうか?
「どうした?
 何か俺たちに用でもあるのか?」
グレイスさんが声をかける。
だがそいつはただ沈黙するのみだった。
ホモオレンジではないが、流石に私も見かねる。
「ちょっと貴方。
 零騎士グレイスが声をかけているのですよ。
 流石に礼儀がなってないとは思わないのですか?」
「………」
そいつは私の方には見向きもせずに……
「……似非英雄、共。」
そんな声が聞こえた、気がした。
「……零騎士、グレイス様。」
だがそいつは先ほどとはまったく違う声色でグレイスさんの前に跪き。
「ボクを、ナイツに入れて、ください……」
「……へぇ。」
ナイツへの志願。
言うまでもなく今ここですることではない。
案の定。
「き、貴様ぁぁぁっ!!時と場所を弁えんかぁぁぁぁっっ!!」
ホモオレンジが怒鳴りつける。
まぁ激昂する程ではないが、意見自体には同意する。
だがその前に聞こえた、似非英雄という言葉。
あの様子だとホモオレンジには聞こえなかったのだろう。
あいつに聞こえていたらこの程度の怒号では済んでいない。
ただ私に聞こえたものがグレイスさんに聞こえていなかったとは思えない。
いずれにせよ。
「いいぜ。
 とりあえず訓練場まで来てもらおうか。」
ナイツ序列1位・零騎士グレイスがそう判断した以上、私から言えることはない。
「……っっ!!ぅっっっ!!」
ホモオレンジは見るからに不満そうだが序列7位如きが口を挟むことは出来ない。
「お嬢ちゃん。」
……小娘だったのか。この黒いやつ。
「………」
その小娘はコクリと頷くとグレイスさんの後についていくのだった。
礼儀がなってないにも程があるが、グレイスさんが何も言わない以上は致し方ない。

ここから私達の、いや、私の運命が大きく動き出すなどと。
その時の私は思うはずもなかった。


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