SS TOPに戻る 前へ 次へ


18話 呪いと悟りと戒



「あの男をあの村に連れてきたのは、やはりお前か。」

封座聖磨と会った翌日。
俺はあの老人がどこから来たのかと、村人たちに聞いた。
「えぇ、最初は驚きましたよ。
 この村には聖女様の結界がある筈なのに。
 でもさすがですね。
 聖女様はドラゴンの醜悪な見た目で判断したりはしませんでした。」
……ドラゴン。
ドラゴンが死にそうだった老人をこの村に運んで来た。
ティーナはそれを受け入れたのだろう。
そんな事をするドラゴンについて、俺は一体しか心当たりがない。
「ギルセイヌ。」
「……まさかこんな形で、再会する事になるとはな。
 息災だったか、聖い……」
「前も言っただろう。俺のことは戒と呼べと。」
「う、うむ……
 じゃがあの村では聖一と……」
「聖女が俺を聖一と呼んだからその名称が広まってしまった。
 仕方なくそれに倣ったに過ぎん。」
今更、封座一族の名前など名乗る気は一切ない。
ギルセイヌは何故かしどろもどろしているが、別に攻め立てる気などない。
ギルセイヌがあの男をどうしようと俺には関係ないからな。
「単に確認がしたかっただけだ。
 邪魔したな。」
俺はギルセイヌに背を向ける。
アートも一言も発することなくそれに続く。
「ま、待ってくれ!
 一つだけ聞かせてくれっ!」
立ち止まる。
「……お前はどうするつもりじゃ?
 聖磨を……殺す気なのか?」
何を言うかと思えば。
あぁ、やはり何か勘違いをしているな。
「どうもしない。
 あの男が何かやらかした場合、その処遇を決めるのは村人たちだ。
 俺とはまったく関係のない人間だからな。」
「……お主の気持ちは理解できる。
 だが聖磨とて昔は……」
「昔など知らん。
 知る価値もないし、興味もない。」
俺にとっては二度と会う気も起きない唾棄すべき男。
ただそれだけだ。
ギルセイヌはまだ何か言葉を探していたようだが、それを聞く気は俺にはなかった。


セリアリアに戻って来る。
……何やら少し騒がしい。
まさかと思うが。
「……あ、聖一さん。」
村の女性に声をかけられる。
少し怯えたような表情。
……どうやら嫌な予感は当たりのようだ。
「その……聖女様が聖一さんが来たら……」
「分かった。」
村で一番大きな家。
とはいっても、中層の一般家庭の家くらいの大きさ。
ティーナは此処で寝泊まりしてるようだが、はたしてどれだけ眠れているのか。
「アート。分かっているな。」
前回の事もあるので、一応言っておく。
「分かってますよ。
 結論を決めるのは戒一人の判断です。」
あからさまに不機嫌な態度を取るなという意味だったのだが、まぁいい。

俺は家の中に入る。
家にいるのはティーナ一人だけだった。
不用心……と言いたいが、俺がそれだけ信用されているのかもしれない。
ティーナは熱心に本を読んでいたが、俺の姿を見て本を閉じる。
「申し訳ありません。 
 聖女様が私を探していると伺ったもので。」
「あ、はい。分かってます。
 あと、その……」
ティーナが何か言いたそうに指をつんつんする。
久々に見る歳相応の姿に俺は苦笑した。
「了解した。
 今は誰もいないようだからな。」
「は、はいっ!」
その笑顔は少しだけ男児のそれに見えた。

俺は普通に話し始める。
……戒としての普通ではなく、聖一としての普通で。
俺はティーナの隣に座り、早速本題を切り出す。
長々としたい話ではないだろう。
「あの男が何かしたんだな。」
「……はい。」
ティーナは先程とはうって変わって強い瞳で俺を見た。
……あぁ、やはり気づいていたか。
「すまなかった。
 あの男が封座聖磨の記憶を取り戻したのは俺の失態だ。
 俺の読みが甘かった。」
「いえ、あの方をこの村に入れたのは私です。
 私の責任です。」
お互い自責の念を話す。
「では、お互い様だな。
 その話は止めよう。」
「……くすっ、はい。」
その笑顔は少女らしいそれに見えた。
人は二面も三面も持つのが普通だが。
彼は何面もの顔を持っている。
そうなるしかなかった。
「あの方は此処に来て言いました。
 私を巡教会の聖女に推薦するから、
 代わりに自分が連盟になるために協力しろと。」
完全に終わっている。
それ以外の感想を抱きようがない。
「暴れたのか?」
「はい。
 お断りしたら急にナイフを出して。」
目的も過程も手段もまるで一致していない。
狂人以外の何者でもなかった。
「大事はなかったか。」
「そうですね。
 正直そうなる予感がしてたので、眠らせました。」
ティーナはたははと笑う。
俺はその苦笑にひっかかりを覚えた。
「失礼する。」
「え?」
俺は彼の服を少し脱がし、胸元を確認する。
「……え?
 えぇぇ?聖一、さん?」
「やはりな。」
胸の少し下。
明かなナイフの傷だ。
しかもこれは。
「……あの、その、聖一さん。
 恥ずかしい、です……」
ティーナは本気で恥ずかしがってるようだった。
……この歳でその手のものを意識してしまうのだろうか?
「……男だろう。お前は?」
「そう、かもですけど、そうじゃない、です……」
「それよりもこの傷だ。
 奴が持っていたナイフはどんな種類だ?」
「……それは。」
服を整えたティーナは自分の机からナイフを取り出す。
俺はそれを手に取る。
カイゼルの時の術式が刻まれた方の手で。
「……呪いの類だな。」
「………」
本来、手に取っただけで呪いの類かを判断することなど俺には出来ない。
だがカイゼルで得たこの術式はそれを可能としていた。
感覚的に、それを理解できるようになっていた。
そして、この呪いは……
「……死の呪いだ。
 俺の知り合いの冒険者がかかっていた類のものに似ている。」
呪い憑き。
呪いをかけた張本人を殺さなければ死に至る。
「あの男を殺せば解けるのか、いや……」
呪いをかけたのは、あくまでこのナイフだ。
ではナイフさえ破壊すれば……
「無駄ですよ。」
ずっと冷ややかに俺たちの様子を見ていたアートが言葉だけを淡々と投げた。
「そのナイフは、呪肉の芽吹きという呪物。
 それはある存在の肉を剥がして造られたもの。
 それを造った張本人と、その大元が誰かを教えてあげましょうか?」
「……あぁ。」
何故そんな知識をあっさりと授けてくれるのか。
そんな理由は一つしかない。

「造ったのは掌握の悪魔グリモア。
 そしてその大元は醜悪の悪魔ダルバックです。」
知ったところで無駄だからだ。

「……それって、七罪魔の名前ですよね?」
「………」
掌握の悪魔は死んだ。
それでも呪いは解除されていない。
ならば答えはどうしようもなく明白だった。
「呪いを受けてから死ぬまでどれくらいかかる?」
「個人差ありますね。
 その呪いは純粋に肉体を蝕むものですから。
 肉体が強靭な人、特に優れた戦士であれば数年。
 一般的な戦士で1年。
 普通の若者の男性なら半年。
 女性なら3,4ヶ月くらい、だったかな?」
「さっさと結論を言え。」
分かってて言っているだろう。
「身体の出来ていない幼い子供なら、
 まぁ一ヶ月ってところじゃないですか?
 あくまで目安ですけどね。」
一ヶ月。
その間に醜悪の悪魔を殺さなければティーナは死ぬ。
……居場所は不明。
……伝承だと七罪魔の中でも最強クラス。
……とどめに封印されており手出し不可。
絶対に不可能。
馬鹿でも分かる結論だった。
「聖一さん。」
ティーナは俺の前にいつの間にか立っていた。
……いつの間にかなどある筈がない。
単に俺が余計な思考をしていただけだ。
「とりあえずそのナイフは壊してしまいましょう。
 とても危ないですから。」
「あぁ。」
俺は淡々とナイフをティーナに返した。
なんでこんなものを封座聖磨ごときが持っていた?
奴は今日まで何をしていた?
……それを知ったところで意味はない。
そんな無駄な事にリソースを割く位なら、次の事を考えた方が良い。
俺の理性は既にやるべき事を見据えていた。
聖二の時と何も変わりはしない。
「ごめんなさい、聖一さん。
 ご心配をおかけしました。
 でももう大丈夫です。」
話を急かしてくる。
悟ったような瞳。
……一体いくつ悟らされれば気が済むのか。
「あぁ、失礼する。」
俺の精神は既に聖一ではなく戒に戻っていた。
”戒”という男に、”他人”への情などない。
俺もティーナも、ちょっと世間話をした、程度に軽く別れた。
「………」
俺が来る前に何を熱心に本で調べていたのか。
そんな事を考えることも、無駄でしかない。

家を出る。
アートは何も話しかけては来ない。
こいつにとっての懸念がなくなったからだろう。
俺が手を掛けようが掛けまいが、結末は確定しているからだ。
「で、これからどうします?
 ナイツが闘争の奴に負けた時に備えて、何か準備を?」
だからもう眼中になく、次の事を話し始めた。
だが。
「虚偽の悪魔について徹底的に調べる。
 最優先だ。」
アートはつまらなそうな顔で返した。
「なんの意味があるんですか?今更。」
「思考が停滞してるのは貴様だ。」
「……なんだって?」
アートは不満気な顔をする。
しかしこいつも表情が分かりやすい奴だ。俺が慣れただけかもしれんが。
「七罪魔が呪いごときで死ぬか?
 今の虚偽を受け継いだ人間。それがティーナだとすれば。
 死ぬのはティーナだけで、虚偽の悪魔は死なない。
 適当な誰かにまたその概念が受け継がれる。
 その可能性は絶対に潰さなければならない。」
「あ……」
アートはハッとしたように間抜け面を晒した。
らしくもないのはどちらか。
1ヶ月。
もう時間がない。
手段は一切問わない。絶対に虚偽の悪魔について真実を掴む。

(……すまないな。)
どこまで行っても俺は。
誰かを殺す事しか出来ない男のようだから。
あぁでもその前に。

(封座聖磨は殺しておくか。
 これ以上面倒を起こされてはかなわん。)
ついでのついで程度の感覚で、俺は自分の父だった男の殺害を決めた。


SS TOPに戻る 前へ 次へ