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17話 封座聖磨
封座聖磨。
俺と聖二の父親。
血縁上は。
そう、血縁上。
二桁になる少し前から、俺はあの男を父親などと思ったことはない。
正直、楽天やギルセイヌがあの男に多少なりとも親しげを覚えてることが不思議でならない。
昔は良い奴だったとか。
実は凄い理想に燃えてたんだとか。
息子に厳しいフリをしてただけで、本当は子供達のことを愛してたんだとか。
仮にそんな俺の知らない事実があったところで。
俺にとっては二度と会う気も起きない唾棄すべき男。その評価は一生覆らないだろう。
その点だけでいえば俺にとっては真那をも凌駕する。
あくまで現時点だが、真那も死んでいる以上、今後も変わらないだろう。
……たとえば、そう。
「聖一よ。」
「はい。父さん。」
「英雄後継プロジェクト。
覇帝の力の一部を手に入れた連中がいるようだ。
まぁ遺伝子レベルではあるだろうが。」
男は俺の方を振り向かない。
分かっているな、という合図だ。
「分かりました。父さん。
俺はその施設でその力を手に入れてみせます。」
「そうだ。それで良い。
我々封座一族こそが彼の英雄の後釜。
それ以外など、要らん。」
事務的な会話。
実際あの男との記憶はそんなものしかなかった。
覇帝の遠い子孫と謳われていた封座一族。
自分達こそが覇帝の第一の側近となるべき一族。
あの男はそんな狂信に憑りつかれていたのだろう。
狂信は狂信でも、自身が信じた道への狂信だが。
「まぁ、今の俺も大差はないがな。」
自身で定めた破滅への道を淡々と進んでいる。
神殺しなどという、先がない道を。
あの男こそ、もっとも唾棄すべき存在だった筈なのに。
今は鏡を見れば、そこにはもっとも唾棄すべき男が映っている。
「とことん救えない。
こんな男は地獄に落ちてもまだ足りん。」
守るべき者を守れなかった、滑稽な男。
そこで歩みを止めればいいものを、それすら出来ない、愚かな男。
いまだに前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ、前へ。
それしか出来ない破綻者。
その先に歩ける道など存在しない。
ならばその最期は明白だ。
「誰に似たのだろうな。」
無駄な問い。
そんなものに答えなどない。
希殺は修羅の道などと讃えていたが、そんな”上等”なものではない。
歩き続けているように見えて、ただ墜ち続けているだけだ。
悪堕ち?それも違うな。元から俺の本性などこんなものだ。
自問自答をどれだけ繰り返しても結論は変わらない。
「全て殺す。」
くだらない運命を用意した超越者共を悉く。
こんな葛藤すら、葛藤してる演技に過ぎない。
最初から自分の中で結論が決まってるのだから、自慰行為以下だ。
だから、そう。
鏡以外でこんな男を見ることはない。
ゆえにあり得ないのだ。
「……何故、貴様が此処にいる?」
とうに魔物に殺されている筈の、この男がいることは。
「……おや?どなたですか?」
その老人は不思議そうに答えた。
穏やかに。
「……寝ぼけている?
いいや。
まさかと思うが……」
記憶喪失?
ふざけろ。そんな三流の展開は求めていない。
「……何故そのような顔をされているのですか?
きっと貴方も辛い目にあったのですね。
でしたら聖女様と会いなさい。
きっと貴方のその焦燥も解いてくださる。」
「………は?」
……自身の聴覚を疑ったのはいつぶりのことか。
……これほどまでに思考を放棄したことがこれまであったか。
「……まさか、別人?」
ない。
絶対にない。
俺の直感、感覚、理性、その全てがこの男が封座聖磨だと答えている。
……だったら、なんだ?
……この男は本当に自己の狂信を放棄したのか?
「聖女様は素晴らしいお方ですよ。
あれこそきっと神様からの贈り物なのでしょうね。
私達のような醜い人間への。」
穏やかに。
悟ったように。
満ち足りた顔で。
その老人は俺に語り掛ける。
……気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。
これ程までの嫌悪感を俺は他人に抱いたことはない。
だが。
”それ”をも抑え込む。
”自覚的”に、俺が育て上げてきた理性で。
……聖二の死を聞かされた時と同じように。
だから。
「……聖女様の本名をご存じでしょうか?」
俺はニコリと笑い、そう語りかけた。
「はい?」
老人は呆れような顔をした。
分かっていませんね、と若者に諭すかのように。
「あの方は神の子ですよ。
人の名などありません。
聖女様に対して無礼ではありませんか?」
「………」
……あぁ。
なんだ。
”何ひとつ変わってないじゃないか”
「聖女様の本名はティーナと言うようですよ。」
だったら教えてやろう。
「あ、でも少し前は違う名前だったようです。」
貴様の狂信が。
「……確か、封座聖子(しょうじ)、だったかな。」
なんの価値もないはりぼてだということを。
そう。彼は、封座聖子は俺の親戚だ。
俺の母親が、封座聖磨ではない別の男と作った子。
その子の妻が産んだ子供。それが聖子だ。
まぁ厳密ではないかもしれないが、俺の甥ではあるのだろう。
聖子の母親とはほぼ面識がないが、父親の事は多少なりとも知っている。
あえていま俺は封座と言ったが、そんな苗字をもう名乗ってはいなかった。
俺が名乗らないのと同じ理由だ。邪魔でしかない。
そう、多少なりとも知っている。
あくまで、多少だ。
だから、これはただの偶然に過ぎない。
封座聖郎(せいろう)。それが聖子の父の名。
封座聖磨からすれば、自分以外の男の血が入った子供など唾棄すべき塵屑。
聖二が産まれる前に封座一族からは追い出された。
俺より少し年下だが俺が幼い頃、多少勉学を共にした。その程度の関係の男。
イムヌスで彼と再会したのも単なる偶然。
俺とは異父兄弟になる訳だが、昔の馴染みくらいの関係だった。
だが彼は、ある女性と親しくなっていたと彼の口から聞いた。
その女性こそが聖子の母親、巡真莉(まり)。
本来、”巡教会の聖女となるべきだった少女”だった。
そう。”巡真那が予定していた聖女"だ。
最終的には俺と楼閣の細工によって、巡静に変えられたわけだが。
封座聖磨が望んでいた、封座と巡の血を引く子供。
それはこんな形で皮肉にも叶えられた。
だが封座聖郎は最初、彼女が巡一族出身である事を知らなかった。
知っていたら付き合おうなんて考えなかっただろう。
だがお互いが親密になればそんな事は関係なくなる。
そして巡真莉は子供を身ごもった。
封座でも巡でもない、平穏な家庭の子供になる筈だった。
だが運命は残酷だった。
その子供を身ごもった時期に、よりによってあの闘争事変が起こった。
その時の魔物に負わされた傷によって、聖郎も、真莉も、もう長くはなかった。
それでも二人は子供を産む事を決意した。
……はっきり言って愚かな行為だ。
……親が二人ともいなくなって、その子供はどうやって生きていく?
せめて二人の愛の結晶が欲しいと、そういう考えは理解できる。
だがそれは親のエゴに過ぎない。
産まれて来る子供には関係ない。
……まぁそんな俺の考えは置いておこう。
真莉は子供を産み、亡くなった。
残った聖郎は子供を預けられる場所を探していた。
彼と俺が再び会ったのは、そんな頃だった。(無理矢理相談を受けただけとも言うが)
イムヌスの施設に預けろ。それがもっとも現実的だと俺は提案した。
だが聖郎は頑なにそれを拒んだ。
もしその子の母親が巡教会の聖女候補だったと知られれば、と。
国の貴族だの政治だのの陰謀に巻き込まれると思ったらしい。
俺からすればそんなものは的外れな危惧に過ぎない。
何故なら産まれた子供は男児だったからだ。
正直呆れていたし、彼が俺の昔馴染みでなければ、とっくに見捨てていただろう。
気は進まなかったが、俺はもう一つ提案した。
そこで紹介したのがセリアリアだ。
聖郎は妻と子供でこんな場所で暮らしたいと、以前俺に話してたことがあった。
だから聖郎が気に入ると思った。それだけの話だ。
セリアリアは刹那が結界を壊したせいで、今は決して安全な場所ではない。
イムヌスの方がよほど安全なのだが、聖郎はどれだけ説明してもそれを受け入れなかった。
だったら好きにすればいい。俺はそれだけ言ってもう聖郎には関わらなかった。
俺にとっては聖郎も真莉もその子供も、特段の愛着があった訳でもない。
ただ昔馴染みの延長戦上。それを超えるものでもなんでもない。
残った子供がセリアリアで魔物に殺されようが俺にはどうでも良かった。
……だが。
「……結界、だと?」
数年後、セリアリアの結界は復活していた。
寄ってみたのはたまたま近くまで来たから単なる気まぐれ。
ただで寝泊まり出来るかもしれないな程度の理由だった。
だからこんな結界があるなんて、と思っていたら。
「……聖一、さん?」
……小さな、小さな少女。
だが同時に美しい少女だった。
「……どういう、意味だ?
貴様は何を知っている?」
見た目の幼さに惑わされるような俺ではない。
だが不思議と剣を抜く気にはならなかった。
「……赤子の頃にお会いしました。
私は、聖郎の子です。」
さすがに愕然とした。
聖郎の子であった彼は、齢4にしてセリアリアの聖女になっていたのだから。
その赤子は奇跡を起こした。そう、人々は言う。
その治癒の力はどんな難病をも治し。
”彼女”の言葉を守ることで、魔物の襲撃を防ぎ。
その多くの実績が、彼を、彼女を、聖女にしてしまった。
性別の垣根すら無視して。
……そして彼は、ティーナという名を得た彼女は、それを受け入れた。
受け入れるしかないのだと、幼いながらに悟ったのだ。
(……考えてみれば。)
彼の母親、巡真莉はあの真那が予定していた聖女なのだ。
そこから産まれた子供に特別な何かが宿っても、それほど不思議はなかったのかもしれない。
彼の父親も母親も、現実が見えていない人間だった。
悪人ではなかったとしても、だからこそタチが悪いこともある。
親の短慮さ、無計画さの責任を子供が負った、最悪の例。
おまけに力を持っていたせいで、男児であるにも関わらずセリアリアの聖女にまでなってしまった。
その過程も始まりも知っている俺からすれば、同情するほかない。
だがそんな同情も、もしかしたら侮蔑なのかもしれない。
何故なら彼女は、強い意思でその聖女を続けている。
たとえ本人の本意ではなかったとしても、だ。
……あぁ、アートの指摘も否定は出来ないな。
このままでは、俺は彼を”身内”扱いしてしまう。
あまりにもその過程と出生と状況が特殊過ぎた。
それは俺にとって、幸運なのだろうか、不幸なのだろうか。
老人は愕然とする。
一つ残らず、ではなくとも、その過程を説明してやった。
「貴方が塵屑とみなした封座聖郎は、奇跡の子を産んだ。
それが貴方が聖女と呼んだ子供の正体です。
理解されていますか?」
この男は。
封座聖磨は。
記憶喪失に"なりきっていた"だけだ。
……神の子。
……人間として見ていない。
……聖女という、心の安寧を守るための道具。
今も昔も、貴様は同じだ。
「貴方のしてきた事は、
全てが間違えていた。」
老人は、その事実を受け入れる事が出来ない。
……と思えた。
「……そうか、そうか。そうかっっ!!
私は、正しかったんだな!」
「……?」
”だから”発想を変えた。
自分が”正しかった”事は変えないまま。
「だから私はあの塵屑を一族から追放した。
この時のために。
神の子を生み出すために。
私は、成し遂げたんだ。
封座一族は、ここから世界に羽ばたくんだ!」
先程まで穏やかだった男は、歓喜していた。
かつての狂信は何も変わってはいなかった。
希殺ですらこんな都合の良い思い込みはしない。
「………」
「はははははははっっ!
さぁ待っていろ、連盟、そして覇帝よ!
今こそ私達の血筋が、あの国を……」
俺の心は完全に冷めていた。
改めてこの男の息子であることを、心の底から憎悪した。
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