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20話 聖一と聖女



日が沈み、夜の帳が降りる。
この村の人々の眠りは早い。
それは聖女とて変わらないだろう。
ただそれは眠りにつく事が出来たらの話だが。
「……そろそろいいか。
 貴様は此処で待機していろ。」
「別に邪魔なんてしませんって。」
「そうじゃない。
 誰かが来たらすぐに知らせろというだけだ。」
アートを家の前に配置する。
「正直な事を言えば。」
ぼそりと。
「この村は虚偽の奴に滅ぼされてると思ってました。
 奴は人間側の精神が追い詰められると覚醒します。
 そこまで積まれた負の感情を贄としてね。」
俺は聞き耳だけ立てる。
「奴に詳しい訳ではないですが、
 たぶん産まれた瞬間から死に際まで一度も覚醒させなかった人間はいませんよ。
 そこだけは評価しましょう。」
家の中に入る。

「……聖一、さん?」
「申し訳ありません。
 夜分に恐れ入ります。」
俺はあくまで聖女に対する姿勢で話す。
やはり家の中にはティーナ以外はいない。
前回もそうだったが普段からそうなのか、それとも。
「……ごめんなさい。
 今日は体調が優れず、その……」
「あぁ、その点は大丈夫です。
 用事はすぐに済みますので。」
ティーナは寝込んでいた。
だが眠れている様子はない。
……身体の痛みでもう眠れないのだろう。
いつからそうなのかは分からないが。
「お伺いしたいことがあります。」
「………」
寝込んだまま俺の言葉をただ待つ。
顔色はあまりに白い。
昼間は何らかの魔法で誤魔化していたのかもしれない。
「貴方はご自身の中に”ある”ものをご存じですね?」
「……はい。」
だるそうに、だがそれでも座る態勢になる。
その態度も姿勢も、凛として。
最期までそう、臨む。
「……たぶん私が産まれたときからだったと、思います。
 頭の中で何かが強く、囁くように言いました。
 あぁ、暴れたりない、殺したりない、って。」
そいつが虚偽の悪魔そのものだろう。
「俺はこの1ヶ月、虚偽の悪魔について調べていました。
 奴は人の中に寄生し、
 宿主が精神的な不調を起こすと現れる。
 そして人々に災厄をもたらす。」
淡々と説明する。
だがティーナは首を横に振った。
「……最初は、確かにそうでした。
 でも私が聖女を始めてから、1年くらい、でしょうか。
 その囁きは私の中から聞こえなく、なりました。」
(……なに?)
俺の反応を見て、彼女はくすりと笑う。
上品な笑みだった。
「分かってくれたんじゃないかなと、そう思います。
 聖女が村の皆さんを酷い目に合わせるのは、駄目ですから。」
「……残念ですが聖女様。
 それはありえない事です。」
退廃。暴虐。掌握。闘争。
今まで出会った七罪魔に人に害をもたらさない奴はいなかった。
もし今まで何もしなかったのであれば、それは単なる気まぐれか。
(……お前が、抑えていただけに過ぎない。)
誰も憎まなかった。
誰も恨まなかった。
自分の人生は不幸なんだと、悲劇の主人公などに見立てたりはせず。

「……別に戒の好きなようにすればいいと思いますよ。
 ただやはり七罪魔はこの世界の悪役的存在。
 同盟という形は”この”物語としては美しくない。
 物語に反した流れが都合よく回るとはあまり思えないもので。」

いつぞやのアートの言葉を思い出す。
七罪魔がこの世界の悪役的存在だというのであれば。
彼等は人類や世界に害をなすために存在している。
その理から、彼等自身も逃れられないのかもしれない。
「俺は虚偽の悪魔を殺しに来た。」
俺は少女に剣を向ける。
「そのために、お前の近くにいたに過ぎない。」
嘘だ。
知ったのは偶然に過ぎない。
「……聖一さんは嘘が下手ですね。」
「殺せないと思っているのか?」
「そうではないですけど……でも。
 それだけなら”聖一”さんではいてくれなかった。」
「あぁ。だがその時間も終わりだ。」
弟も、父も、もういない。
いまさら甥を殺す位、なんてことはない。
「……ダメなんですよね?それでは?」
だが。
「それだけなら1ヶ月も要らなかった。
 私を殺してもダメなんですよね?
 ね?聖一さん?」
彼は。いいや彼女は。
「同じ、苦しみをまた誰かに負わせたくないですから。
 だから、ちゃんと教えてください……
 私は、最期までちゃんとやりたい、ですから……」
身体が限界に達したのか、ずるりと崩れおちる。

「………」
……失敗だ。
脅しでもなんでもない。本気の殺意を俺はぶつけていた。
俺の殺意で、彼に俺への殺意、または恐怖を引きずり出し。
虚偽の悪魔を覚醒させ。
それを俺が殺し、終わらせる。
……これでも殺意には自信があった。
……そう言い切れる位には殺して来た。
……それがまさか少しの殺意も恐怖も引き出せない等と。
「……完敗だよ、聖女様。」
敗北。
これで何度目の敗北か。
考えてみれば、俺は今まで誰かに勝利した事があったのだろうか。
俺は剣を仕舞い、倒れている彼女を抱きかかえた。
「……私が勝ったので、お姫様抱っこでお願いします……」
敗者に拒否する権利はない。


……そういえば闇月が言っていたな。
カイゼルの件の少し後。

「私はこれでも人を見る目があると思ってたんだけどねぇ。
 いやまぁ今でも思ってはいるけどさぁ。
 ……でもさ、相手が心身成長しきってない子供とかだと何かズレが出る。
 実際賢ぶった大人とかの方が簡単に騙せるしねぇ。
 ……それがそう、死を間近に控えた子供とかだったりすると余計に。
 子供と死って本来は遠いものでしょぉ?
 死ってのは老人にこそ近いものだし。
 そんななんていうか神秘性?アンビバレンス?あっちとこっちが極端みたいなのが重なると。
 ……マジで行動と言動の予測がつかなくなる。
 今まで培ってきた汚い大人の手札なんて、見破られてしまってる気分になる。
 ……まぁあれだね。気持ち悪いっていうか、うん、ぶっちゃけおっかねぇ。」

王女の件で何か思うところがあったのか。
あまり関心がなかった俺にはいまいち闇月の言いたい事が分からなかったが。
(……アンビバレンスという意味では。
 ティーナの在方は極端に極端を重ねている。)
救いを求める大人の村人と、それを導く子供。
少年の身体と、少女を模した聖女。
死を迎える幼子に、悟ったような精神性。
にも関わらず、稀に出す年相応の悪戯坊主。
「確かに、俺たちのような汚い大人には天敵なのかもしれないな。」


「……いや、なに意味不明なこと言って黄昏てるんですか、戒。
 というかその子供をお姫様抱っこしてどこ行く気ですか?
 計画は……」
「見て分からないか?失敗した。」
「……失敗って、そんな簡単に……」
アートが何言ってんだこいつ的な顔をしていたが、無視する。
既に俺に策はない。

「だから、ちゃんと教えてください……
 私は、最期までちゃんとやりたい、ですから……」

だが彼女は何かをする気だ。
だから俺はそれに従っている。
本当にそれだけの話なのだ。これは。
「……あちらです。神殿の、方……」
霞んだ小さな声が、俺を導く。
でも、同時に。
「……あ、あと……
 私が勝ったんですから……
 残りの時間は、聖一さんでいてください……」
「………」
その勝ち誇った年相応の悪戯坊主みたいな顔が。
いろいろと俺の中で結びつかない。
どこか眩暈がするのだ。
闇月の持論は正しいように思えた。
……だから、そう。
このまま彼女に従っていれば、俺の目的は達成する。
そう、思えた。
(……超越者共相手の方がよほど簡単に事が済む。)
奴らは力まかせの莫迦しかいない。
殺すか、殺されるか、それしかないからだ。
策謀家気取りのラピスティア、掌握ですら大差はない。
奴らの考えてる事は分かりやす過ぎた。
だがティーナの考えてる事は俺にはまるで見当がつかない。
(考えてみれば、刹那も似たようなものか。)
真那とはどこか感覚がずれるのだ。
それはあれの中身が幼子だからか、はたまた別の要因か。
それに気付いてると認識を誤り、気づけていなかったのがあの時の俺の敗因なのかもしれない。
2度も同じ轍を踏むとか、馬鹿か俺は。
賢ぶった大人とはよく言ったものだ。


「あ、此処です、この辺りで……」
俺は彼女に言われるがままに、神殿の近くに彼女を降ろす。
だがすぐに足が崩れ落ちて神殿の壁にダラリと寄りかかる恰好になってしまう。
普通の大人ならそんな子供を見て助けようとするのだろうが、俺はしない。
それは彼女が望んだことだからだ。
「……ふぅ。
 この神殿って、どなたが造られたか聖一さんはご存じですか?」
「……この地の前の聖女。巡真那だ。」
あれを聖女と呼んだことで俺は急激な吐き気を催した。
その様子を見てティーナはくすくす笑う。
「あはは。
 村の皆さんの話を聞いてて、なんとなく想像してたんですけど……
 とっても、駄目な方みたいですね。」
散々な言いようだ。微塵も否定する要素がないが。
「……でも私、この神殿の事は好きです。
 というか、こういう風に朽ちていって、誰が造ったものかも分からなくなる。
 そういうものが、何か憧れなのかもしれません……」
その感覚は俺には分からない。

「だから私……
 死ぬ時は此処でって決めてました。」

「……お前がこのまま死んでは俺は困る。
 分かっているだろう?」
俺は悟りなんて開けないから、彼女の感覚には共感が出来ない。
だから俺は俺にとって大事な事だけ確認した。
「……私の身体を、私の中にいる方が乗っ取れば解決なんですよね?
 なら簡単な話ですよ、聖一さん。」

何がどう簡単なのか……

「私が私の中の方のお話を聞いて、悩み事とか聞いてあげます。
 いつも村の方とやってる事です。
 それで一緒に外に出てみようって、勇気を振り絞って……」

……俺にはまるで理解が出来ない。

……だがそれはすぐに起こった。
ティーナの身体が光る。
燃え盛る炎のような魔力。
「……いや待て、本当に……?」
「……難しくないです。
 だっていつも、寝る前にお話ししてましたから。」
対話と妥協。
人間社会においてそれは必須のスキルだ。
だが相手は七罪魔で……

「聖一さん。」
そんな俺の悩みなど大したことないと言わんばかりに。

「さようなら。」
最期は悪戯っ子な笑みで。
少しも寂寥感などその後に残さず。

ただただ、静かに、穏やかに、この世を去った。


「………」
「……貴様が、虚偽の悪魔か?」
ティーナの姿のまま、降臨した筈のそれは壁に寄り掛かったまま、無気力気味に空を見ている。
俺は既に剣を、彼女だったものの心臓に向けている。
「そのやり取り、必要?
 さっさとやる事やればいいんじゃないかしら?」
それは、そうなのだが。
何故、何も抵抗しない?
「……こんな子供の身体で暴れて何が出来るってのよ。
 それに、まぁ、此処で暴れたらまるで私が空気読めない奴みたいじゃない?」
「……そうか。」
簡易なやり取り。
お互いに一切を知らない相手。
にもかかわらず何故か俺たちは。
いま同じ相手のことを考えているように思えた。

それは一瞬。

味気ない動作で、あっけなくその存在の心臓を抉る。

本当に一切の抵抗はなかった。

「あんな風に生き”きられて”しまうとねぇ……
 私だけが虚偽に満ちてるようで、やる気を失うのよ……
 いつもなら人間の方も虚偽に満ちて、いい感じになるのにねぇ……」
まぁ、でも、と……
「悪くはない、日々だったかしらね。
 たまには暴れないのも……」

その身体は崩れ落ちる。
七罪魔は死体すら残さない。
その身は炎となり、花となり。
背後の神殿を燃やし、彩る。

「………」
趣のある神殿、とはお世辞にも言えないが。
その光景は、この時代の終わりを感じさせた。
「……人間の考える事は本当に分かりませんね。」
「奇遇だな。俺にも分からない。」
「なに勘違いしてるのか知りませんが、戒のことを言ってるんですよ。」
別に普通だろう。
俺の考えてることなど。
よくいる汚い大人に過ぎない。
「だが一つだけ分かった事もあるな。」
俺は独り言を呟くように。
「聖女というものは実在するらしい。」
「……きもちわる。」
同感だが、本心だ。
まぁそう言っても、信じてはもらえないだろうし、信じてもらう気もない。

俺は神殿に背を向ける。
眺める者は何事もなかったように後に続く。
(……そうだな、悪くない日々だったかもしれない。)

……”だから”こそ。

(封座聖一の生は、この地で終わる。)
少しばかりの、穏やかな日々と共に。

(残るのは、ただ超越者共に絶命を刻むだけの破綻者だけだ。)
殺す。
根絶やしにする。
七罪魔というシステムと共に。
……哀れで残酷な虚偽のシステムも含めて。

退廃。
暴虐。
掌握。
虚偽。
4つが落ちた。
醜悪はその封印が解けることはなく。
ゆえに残るは1つ。

闘争の悪魔ガラハドのみ。

終わりの刻が迫る。


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