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21話 英雄達の裏で



北方の大地。
この地は数年前、七罪魔や魔狼が暴れた影響であちこちが穴だらけとなっていた。
特に掌握の悪魔が自身の潜伏のために汚泥と腐臭を撒き散らしたおかげで、大地そのものが死に絶えていた。
だが。

「やれやれ。これでようやく元通りになったのう。」

その戦いの余波の影響は今では残っていない。
その地は彼等が暴れる前……否。
掌握の悪魔が潜伏するよりも前の、自然の営みそのままの大地に戻っていた。
無論、僅か数年で自然の恵みにより、かつての大地を取り戻した訳ではない。
それだけでこの大地が元通りになるにはのべ数百年は要した事だろう。
ならばこの地が元通りになったのは……

「アルファ殿の依頼とはいえ、
 どうせその主がまたこの地を荒らすというにな。」

純白の大地に人影。
黒いローブにとんがった帽子。
これぞ魔法使いと一目で分かる容姿の女性。
とどめに古典的ともいえる箒まで持っているのであれば、それは筋金入りだろう。
「とはいえ今はガラハド卿の側にいるほかない。
 どうせこの世の人類文明はまた逆戻りしてしまうのじゃからのう。」
古臭い年寄り染みた口調。
見た目は妙齢の女性とはいえ、その恰好を鑑みればそれほど違和感のない振舞いであろうか。

「お疲れ様です。エイプリル殿。」

その女性の前に一回り大きな人影が現れる。
否、それは獣の脚に悪魔の翼。一般的に悪魔の貴族と呼ばれる姿。
顔だちこそ比較的美形と言えるかもしれないが、その姿は10人中10人が悪魔と呼ぶものだった。
「あぁ、まったくだな。
 いくら時を戻せると言っても、これだけの広範囲を戻すには1年を要した。
 妾(わらわ)の苦労、分からいでか、アルファ殿?」
「いいえ。分かりません。」
「クハっ。相変わらず労いのない奴め。」
エイプリルと呼ばれた魔女は笑い飛ばす。
「準備が整ったのであれば、俺はガラハド様にご報告を。
 エイプリル殿もこの場から動かないように。」
「ケハハハ。動きたくともこちとら疲れて動けぬわ。」
事務的なやり取りだけしてアルファと呼ばれた悪魔は去っていく。
(どうせこの苦労の甲斐もなく、数週間後には水の泡となる。
 やれやれ、ナイツとやらがさっさと負けてくれれば妾の仕事も少なくて済むが、なぁ。)
魔女は帽子を降ろし、指でくるくる回す。
すると帽子は姿を消し、そこにはまったく同じ姿の魔女が映っていた。
「さぁ”300年前”の妾よ。
 妾は動くなと言われた以上、此処を動けぬ。
 代わりに視てきておくれ。今の人の国の姿を。」
同じ姿の魔女は同じ声で話す。
「あぁ、あぁ。理解した、”300年後”の妾よ。
 まったく今も昔も彼の闘争が人の文明を洗い流してしまう。
 だからその前に見ておきたい。
 未来の人の国の姿を。」
後から現れた魔女がスッと姿を消す。
残った魔女は相手もいないのに、語りかけるかの口調で。
「今も昔も大して変わらぬよ、300年前の妾よ。
 唯一そこに変化があるとすればそれは夜子殿。
 この時代に其方がおらぬことだ。」


大都市イムヌス。
この国は今から10年前、闘争の悪魔とその配下達により、壊滅寸前にまで追い込まれた。
人々は悪魔の恐怖を忘れた訳ではない。
だがその恐怖を上回る熱狂がいまの人々の中にはある。
その中心にいるのは。

「零騎士様〜〜〜〜!!」
「白騎士様〜〜!こっち向いてください〜〜!」
「赤騎士様〜〜!いい加減、児童誘拐で新聞に載るのやめてくださ〜い!!」
「ハッ、ミーハー女どもめ!
 今の話題は新世代騎士に決まってるだろうが。」
「やっぱり俺は黒騎士ちゃんだな。あの微妙に世間ずれしてるところが良い。」
「いやそれなら緑騎士ちゃんの方が。」
「灰騎士はなんかどっかの国の王子って噂だけど、本当なのかね?」
「さぁナイツの事なら私に聞きなさい!美男美女全員抑えているわ!」
「俺は敢えてホモオレンジを推すぜ!俺も男を愛しているからな!」
「そ、そうだったのか。実は俺もお前の事が……」

騎士達の凱旋。
この国のもはや恒例行事。
たとえあの災厄がもう一度降りて来るとしても、彼等さえいれば自分たちは安泰なのだと。
そう思わせるだけの活躍と実績を彼等は積んで来た。
無論それは。
(政治、でもあるのですがねぇ。)
熱狂の背後で眼鏡の男が皮肉げに呟く。

さすがに当時の姿でいる訳にもいかないが、まぁ僕を知る者など今では殆どいない。
(最後に勝つのは人類か、はたまた魔王か。)
興奮する。
人類の命運を賭けた英雄劇。
ここ数年の努力の成果がついに身を結ぶのだ。
(まぁ僕自身はお払い箱ですけどね。)
連盟構成員マーティン・ハイケル。
元暗部であった僕が名乗っていた名前。
だがその名を持つ男は実在する。
本物はちゃんと国のために、国の中枢に関わっている。
その実態は砂上楼閣ほか一部の連盟しか知らないし、僕も何をしているか等知らない。
そしてそれは僕にはどうでもいい事だ。
(用が済んだらそうなるのは分かっていたのですが。)
地方の新世代の強者をナイツに組み込む。
その目論みはもはや成った。
あとは決戦の刻を迎えるまで。
ゆえに希殺などという危険人物をいつまでも飼う訳がない。
僕という人間は国の暗部を知り過ぎている。
(それにしたって情がないですよねぇ。
 あれほど誠心誠意、僕は国に尽くして来たというのに。)
クク、と笑いながら眼鏡をクイと手にかける。
この仕草は強者の証だ。基本に忠実ですよ。

……スゥッ……

「……ん?」
自分の視界を”何か”が掠めた。
眼鏡のピントでもずれたような、そんな違和感。
「……ふむ。」
目の錯覚か。
一種の気の迷いか。
よくありますよねぇ。そういう主人公。
(僕はそういう違和感は調べる事にしてるのですよ。)
気のせいが、本当に気のせいである訳ないじゃないですか♪


「さて、と。」
さすがに都市のど真ん中で催涙ガスを撒く訳にもいかない。
こういう時は、直感、直感♪
地方の強者を探り当てた僕の直感を舐めないで欲しいですねぇ。
どれだけ賑わった都市でもこの手の路地裏には。
何か、あるものなのですよ!

「にゃ〜お。」
「……ま、そんな訳はないか。」
路地裏は路地裏である。
いるのは野良猫一匹。
虱潰しに路地裏探したら何か騒ぎが!?
なんてものがそこら辺にあるなら、僕の人生は薔薇色に満ちている。
自分で何か起きるように仕向けなければ、何も起きないものです。

僕は表通りに戻る。
明日用の変装の準備でもするか、と。
そんなつまらない事を考えていたが。
「……です、お願いします。」
見覚えのある顔。
僕は即座に物影に隠れて様子を伺う。
(雨宮古都?)
それとメイドが一人。
決戦が迫ってるこの時期にいったい何をしているのか。

雨宮古都は今は連盟の一人。
だが世間では彼女が連盟である事はあまり知られていない。
だから表通りで普通に歩いていても、あ、偉い人だ、とはならない。
そもそも彼女の恰好が偉い人のそれじゃないですし。
(他の連盟は中年、老人、そんなのばっかりですからねぇ。
 そりゃ若い人たちからの人気が連盟なんかに集まる訳もなし。)
当たり前だが政治は若い力の勢いでどうにかなるものではない。
結局のところ必要なのは老獪さだ。
そしてその手のものは一般大衆は嫌いだ。
一般大衆というものは、上に立つ者にはそれなりに高潔で潔癖でいて欲しいのだ。
常に正々堂々としている、若くて美男美女の映えがあるナイツの方に人気が集まるのは当たり前。

そんな中。
雨宮古都はある意味特異な存在だった。
考えてみれば彼女は謎が多い。
元々国のために動くような熱意のある人物ではなかった。
当時は英雄となる少女のため、その語り部として目をつけてはいたが。
肝心の英雄少女がいなくなった以上、僕にとってはどうでもいい人間。
結局、この国の英雄はナイツがそれとなった。

(妥当なんですけど、なんか違うんですよね。)
彼等が嫌いな訳ではない。
彼等が人々のために死せる覚悟も、魔王と戦う覚悟も持ち合わせている事は理解している。
でもなんというか、もっと、劇的な何かが欲しいのだ。
東方の肉塊の件も、西方の白竜の件も、そのために僕が演出した物語ではあったのだが。
(それも割と順当に収まった。
 あの頃は拙かった若い彼等も、今では立派な騎士。
 でも逆に言えばそれだけだ。)
……物足りない。
あぁ要するにそれだけだ。
人生は常に刺激的であり、張り合いがなくてはならない。
(調べてみるか。雨宮古都を。)
どうせ星の中心の件は、闘争の悪魔が倒されない限りどうにもならない。
僕は暇つぶし程度の感覚で、メイドと共に何処かに向かう雨宮古都を眺めていた。


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