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最終話 その、未来へ
「……うーむ。」
なんか寝覚めが悪いな。
見慣れた天井。
ご飯の匂い。
特にいつもと変わらない朝。
だが今日は何かがいつもと違う気がしていた。
「え、どうしたの聖二君?
そんな悟った顔するの久しぶりじゃない?」
「俺もそう思う。
きっとこれは神様の加護だな。」
「うん、まだ寝ぼけてるね。
顔洗って来て。」
「そうだな……」
雫に言われたとおり、洗面所で顔を洗う。
しかし下層で普通に水が使えるのは便利だなぁ。
「……やべ、また下層って言ってしまった。」
そんな境目がなくなってからまだ久しいが。
少しずつではあるが国だって変わっている。
まぁ俺のような小市民は国のことなんて気にしてる暇はないが。
「聖二君。琉唯にミルクあげといて。
私、もう出るから。」
「おーう。」
雫に言われるがまま俺はミルクの準備をする。
この製品も便利だよなぁ。
なんだっけ、新島悟とかいう奴が特許持ってるんだっけ?
機械仕掛がそういうことに興味ないから、奴の技術の一般化を今は促進してるとかなんとか。
兄貴からはそんな話を聞いてはいるんだが。
「……しかしなんで今日は雫の方が早いのに。
あいつが朝食作ってるんだ?」
言うまでもなく俺が寝坊したからだが。
……やべ、たるんでるな。
しかしなんか今日は身体が重い。
昨日は酒の付き合いで長かったからかな?
うーむ、そんなに弱くはないと思うんだが。
「よーし、飲め琉唯。
人類の技術の結晶だぞー。」
「きゃっきゃっきゃっ。」
我がやんちゃな息子にミルクを飲ませる。
もはや慣れたものだ。
兄貴が慣れない手つきでミルクをあげていたことを思い出す。
あれはなかなか見ものだった。
完璧と思ってた我が兄にも苦手なことがあったらしい。
そんなことを考えていたらこんこん、と。
入口のドアからノック音がする。
「おう、ミリィちゃんか。
おはよう。」
「おはようございます、聖二さん。
あれ、もう雫さんは出ていっちゃったんですか?」
「あぁ、なんか今は立て込んでるらしくて。」
雫は元中層の医療施設に今は勤めている。
そんなこんなで俺もその付近に家を構えているわけだが。
「兄貴の方は元気か?」
「え、お兄ちゃんとは昨日一緒に飲んでませんでした?」
「あ、あぁ。
そういえばそうだった。」
……どうにも今日は調子が悪いな。
おっと、そんなことを駄弁ってる場合ではない。
俺もそろそろ出ないと。
「じゃあ今日は悪い。
琉唯のことよろしくな。」
「はい、いってらっしゃい聖二さん。」
ミリィちゃんに琉唯のことを任せ、俺も家を出る。
ったくライゼルの野郎、急に仕事を入れて来やがって。
まだ子供が小さいから、今は俺と雫は当番制で仕事に出ている。
今日は俺が家の担当だった筈が、急な仕事が入って出る羽目になった。
それで今日は琉唯のことは近所のミリィちゃんにお願いしたというわけだ。
……誰に向かって説明してるんだ、俺は?
「遅ぇぞ聖二。」
「うるせぇライゼル。
急に仕事入れて来やがったくせに。
今の俺はガキだっているんだぞ。」
「そりゃ悪かったな。
とはいえ噂の都の話は知ってるだろ?
あの件で今はいろいろと忙しい。」
「あぁ……」
なんでもイムヌスの南方。
”前からあったはずの”魔法使いの都カデンツァとの貿易やら交流やらで国中が慌ただしくなっている。
そう、前からあったはず、らしい。
確かに俺たちはかつて廃墟となったあの都を訪れた。
にもかかわらず、まるで未来が書き換わったかのように、あの都は突然現れた。
奇妙な話だ。
「まぁ、その辺の裏事情もおいおい明らかになっていくだろうよ。
連盟はさておき、その補佐たちは超優秀だからな。」
どうも今の連盟には補佐官みたいなものがついてるらしい。
仕事を碌にこなさない一部の連盟のために、付け加えられた役職とかなんとか。
そして我が兄はいまは機械仕掛の補佐官となっている。
元別派閥の人間同士だから当時はどうなのかと思ったが、兄貴の話だと意外と上手くやっているらしい。
「で、今日の仕事はなんだ?
なんか俺じゃないといけない急な仕事って聞いたが。」
「……あぁ、それなんだがな。
例のカデンツァって都との交流が進んでるって話はしただろ。」
「あぁ。」
「で、だ。
今日あちらの外交官の一人と会う段取りなんだが。
そいつが、な。
お前を連れてきて欲しいと依頼して来たんだ。」
「……は?」
意味が分からない。
行ったこともないぞ、魔法使いの都なんか。
いやまぁ廃墟の時には確かに行ったが、それは関係ないだろう。
「俺にもさっぱりだが、別に無碍にする理由もなかったんでな。
俺と共にお前にも来て欲しい。」
俺は今日は休みだったんだが。
「来て欲しいって、カデンツァって場所にか?」
「いいや、まさか。
立場はイムヌスの方が上だからな。
向こうから来るから俺達は上層に上がるだけだ。」
「……まぁ、それなら問題ないか。」
よく分からないが、ギャラは多く出すってことらしいので致し方ない。
俺はライゼルに同行して上層に上がった。
上層に来るのももはや慣れたものだ。
下層と中層の境目はなくなり、今では市民層と一緒くたに扱われているが。
上層は未だに貴族層と呼ばれ、市民層との間には境目が存在している。
以前よりはマシになったとはいえ、連盟同士、貴族同士の諍いは未だ健在ということだろう。
(……ん、そういえば誰に会うんだっけか?)
なんかあちらさんの外交官に会うとしか聞いてなくないか?
それとも俺が寝ぼけて聞いてなかっただけか?
(うーん、今日は本格的に寝ぼけてるな。
これが終わったら今日は帰らせてもらおう……)
そんなことを考えながらも俺は向こうの外交官様を待つ。
そしてその男は入って来た。
「………?」
違和感が、あった。
身なりに覚えはないが、どこかで見た顔立ちのような。
「失礼致します。
本日はお招きいただき誠にありがとうございます。」
「いいえ、こちらこそ。
私はライゼル・ジークリードと申します。
そしてこちらが……」
ライゼルに促され、男は頭を下げる。
「……私は封座聖二と申します。」
「……えぇ、"お久しぶり"です。
私はハイド・サンドドルと申します。」
ずきりと。
俺の脳裏に知らない光景が広がった。
「……え?」
……これは、なんだ?
何処とも知らない建物。
魔法、学、院?
知らない、学友、たち?
そして、この男、は?
「……聖二?おい。」
ライゼルが俺の方を見て驚いた顔をする。
それは、そうだろう。
だって、俺は。
「……なんだよ、これは?
どうしてこんな……?」
俺は、泣いてるんだから。
「………」
ハイドと名乗ったその男の顔は見えない。
だが彼は右手を前に出す。
「いつの日か、また会おう。」
「あぁ。」
「……そう、か。」
これは、俺の知らない。
封座聖二の物語。
きっと、それはあの時に。
あの時に一瞬だけ出会った、封座聖二の。
「だから、頼む。」
その軌跡を、俺は知らない。
「俺が守れなかった平穏を、願いを。」
だってそれは俺が勝ち取ったものなんかじゃない。
「……それが、私たちの望む未来で。」
それは、俺ではない封座聖二が歩んできた道で。
「私たちが真に望んだ、結末だ……っ!!」
あいつら全員が、知らない人たちが、勝ち取ったもので。
「確かに受け取ったぜ。
封座聖二。」
……でも、あぁ。
俺は確かにそう言ったんだ。
受け取った、と。
だから、俺は。
目の前に右手を出す。
「分かっている。」
その男は優しくそう言った。
「お前ではないことは。
分かっているんだ。
それでも、今はこう言わせてくれ。」
「……あぁ。」
俺達は握手する。
かつての別れの時と同じように。
でも言葉は違うものを添えて。
「……また、会えたな。
封座聖二。」
「あぁ、ありがとう。
この時代まで、繋いでくれて。」
だってそれは。
「……さすがに、100年だ。
人の身でない俺にしか、これは出来ないことだった。
そうでなくとも、俺がやるべきだと、そう思った。」
地獄の道を歩み続けた、封座聖二のための、祝福。
だから、俺も同じように。
「……ありが、とう。
本当、に……」
共に、祝福した。
封座聖二を。
そして、いま。
ここにたどり着いた、人が紡いだ、奇跡を、未来を。
「……いいんだな、これで。」
「あぁ、過ぎた祝福だよ、俺には。」
俺はその世界の光景を見て、涙していた。
あぁ、こんな俺の想いをこの時代まで繋いでくれたんだ。
どこに文句をつけるというのか。
「悪かったな、心。」
「うぅん、私は別に。
沢山の人が願えば、想えば、これくらいは当然だよ。
だって神様だもんね。」
「そりゃ有難い神様なことで。」
なんとか軽口を叩く。
いつまでも湿っぽいのは得意じゃない。
俺はなんとか頭を切り替える。
「……さぁ、行こうぜ、兄貴、心。」
「……いいのか?
無理することはないんだぞ。」
「無理くらいするさ。
この平和をぶち壊すような、くそったれがまだ残ってるんじゃな。」
俺達は歩き始める。
そう。
多くの夢の世界に、掌握の悪魔と醜悪の悪魔を送り込んだ元凶。
その影響が現実の世界にまで広がる可能性は十分にあった。
そんな所業は絶対に許されない。
「真那の計画に乗るのは癪だがな。」
「まぁ、それは俺にはなんともいえない、けどさ。」
細かいことは兄貴に任せるさ。
「確か、夢幻、とか言ったっけ?」
「あぁ。
俺たちは今や意思が形を持ったような存在だ。
その意思を、元凶が自ら作り出した夢の世界に送り込む。
まぁ記憶は改竄されてしまうことは予想できるがな。」
意思、か。
そういやルドーワの奴も言ってたな。
俺たちにとって大事なのは肉体なんかではなく、心なのだと。
今ではその考えに強く共感できる。
「哀音、リオン。」
「うん。」
「あぁ。」
共に歩んできた仲間たちと共に俺は前に進む。
「行こうぜ。
俺たちの、あいつらの未来を守るために。」
夢の世界の。
過去の世界の。
人の想いは、軌跡は、未来に繋がった。
その未来を、守るため。
彼らは、歩み続ける。
世界の可能性は無限に存在する。
滅びの可能性も。
誕生の可能性も。
これはそんな可能性をめぐる戦いの物語。
そして。
人が紡いだ、人の奇跡の物語。
その未来に祝福を。
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