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3話 音羽の受難



「父上!母上!おはようございます!」
私は敬愛なる両親に朝の挨拶をする。
「おはよう、音羽。」
「うむ。今日も音羽は貴族の模範として素晴らしい。父は嬉しいぞ。」
「はい!」
私の一族は桜坂(さくらざか)家。
由緒正しい貴族の家柄だ。
下働きの者たちが朝の料理を運んでくる。
今日も良い味だ。流石は桜坂家に仕える料理人。
「そういえばナイツの方は順調なのかしら?
 話によるとついに12人目が入ったと聞いたのだけど。」
「そ、そうですね。
 少々礼儀がなっていないお子様なのが問題ではあるのですが。」
少々どころではない。
「あらそうなの?
 それってナイツとしてはいいのかしら?」
「いえ、良くはありません。
 ちゃんと私がその辺りの礼儀を叩きこまなければなりません。」
「ほう。音羽が?
 となるとその者の教育係に音羽が選ばれたのか。
 流石は私の娘だ。」
「は、はい。それはもちろん。」
正直あまり続けたい話題ではない。
私は上手い具合にその話題を誤魔化し朝食を終えた。

「やぁ、音羽。お邪魔するよ。」
「こ、幸玄(こうげん)叔父様。
 おはようございます。」
この人は私の叔父、桜坂幸玄。
貴族でありながら、ナイツ序列9位・灰騎士幸玄でもある。
つまりは私の師、灰騎士裂憧の後釜でもある。
叔父は師と昔からの知り合いだったらしい。詳しい事は知らないが。
しかしあまり家に寄るような人ではないのだが。
「昨日は少し騒ぎだったようだね。
 なんでも新人の教育を音羽が任されたそうじゃないか。」
またその話題か。
「え、えぇ。
 ですが東方から来た田舎者ですので、まずはこの国の案内をと。」
そういう事がユグドさんの教育カリキュラムに書いてあった。
「……東方か。」
「叔父様?」
「まぁ頑張ってくれよ音羽。
 早いところ若い子に沢山ナイツに入ってもらって、叔父さんは引退したいからね。」
「またそのような事を……」
それだけ言って叔父様は帰って行った。
私の両親に会いに来た訳ではないらしい。
私への労いだろうか。

かつて中層と呼ばれた場所の一区画にある酒場みたいな建物。
冒険者組合だ。
冒険者とナイツは今では協働体制を組む事も多い。
此処の連中への瑪瑙の紹介も兼ねて、此処に来るように指示しておいた。
しかし私の方が先に来るとは、ナイツの後輩としての自覚はあるのか?
その辺りもちゃんと教育しないと。

………
………………
………………………
………………………………遅い。
もう約束の時間を30分も過ぎている。
舐めてるのか。

………
………………
………………………
………………………………来ない。
いやマジでふざけるなよ。
もう1時間過ぎてるぞ。
まさかと思うが寝坊でもしたんじゃないだろうな。
私は組合の受付に奴の写真を渡し、こいつが来たらナイツに連絡するように伝え、宿舎に向かった。

ナイツの中には毎朝移動が面倒だからと、上層の宿舎で寝泊まりする奴がいる。
瑪瑙もその類らしく、昨晩はこちらに泊まった筈だ。
だが管理人に聞いた限り、瑪瑙は既に外出済みという。(聞けるのはナイツ特権です)
となると入れ違いにでもなったのだろうか。
いよいよもって面倒な事になってきた。

私は道行く人、道行く人にこんな小娘を見かけなかったかと聞いて回り、12人目にてようやく情報を掴んだ。
ってこっちはまるっきり冒険者組合とは逆方向じゃないか。
まさかと思うが道に迷っているのか?
……いやでも冷静に考えてみると、つい先日この国に来た奴に冒険者組合に来いというのは、結構ハードルが高かったか?
いやしかし分からないなら分からないと言えばいい訳で、うぐぐぐぐ。

そしてようやく奴を見つけた。
結局、巡教会まで来てるし。しかもあれは。
「あー此処は巡教会って場所。
 冒険者組合はあっちの方ね。」
「……そう、なんですか……?」
あの魔女みたいな帽子の姿恰好はエキドナだ。
5年前から身長が20cm以上伸びて、私の身長をあっさり追い越して行った。
矛盾曲の人形っていったい。
いや今はそんな事はどうでもよくて。
「なぁにをやってるんですかぁ、貴方はぁぁ。」
「……あ、音羽先輩……遅刻、です……」
「遅刻はお前だああああああっっ!!!」
「……え?で、でも……」
いちいちムカつくなこの小娘。
これは本格的に教育が必要だ。
「よー分からんけど、この子はあんたの知り合いか何か?」
エキドナが呆れ気味で私に尋ねる。
今日は鎧姿ではないのでナイツだとは分からないのだろう。
「……えぇ、そうです。
 昨日ナイツに入った黒騎士瑪瑙です。」
「へぇ、そうなんだ。黒騎士って男がなるものだと思ってたわ。」
「特にそういうルールはないですね。
 そんな事より、瑪瑙。
 貴方はこんなところで何を油売ってるのですか?」
「……だって此処、広すぎる……」
「……まぁ冒険者組合を待ち合わせ場所にした私にも非はありますが。」
「てかあんたのところの訓練場とかを待ち合わせ場所にすれば良かったんじゃないの?」
うぐっ。エキドナがもっともな事を。
いやまぁこの女は割とまともなツッコミを昔からする奴ではあるのだが。
「ま、まぁ、今回は私にも落ち度はありました。
 そこは詫びましょう。」
「…………」
なんだその目は。
というかお前も詫びろ。
謝罪が出来ないタイプか?これだからお子様は。
いくら強くても騎士の模範であるナイツがこれでは困る。
「まぁいいです。
 せっかくこの教会まで来たことですし、ここから案内しましょう。」
「……教会。……なんの、教会……?」
「さぁ?
 それは知りませんがこの教会の神官の回復魔法は、戦いにおいて非常に有意義で……」 
「……知らないんだ……」
ぐわあああぁぁぁぁぁぁあっっっ。
我慢、我慢、我慢、我慢。
私はナイツの先輩。ナイツの先輩。ナイツの先輩。ナイツの先輩。
「あー。
 此処は巡の神っていう輪廻転生を司る神様を崇めてる教会ね。」
「……輪廻、転生、ですか……?」
エキドナが見かねたのか説明をしてくれる。
「そうそう。まぁ死んでも来世で生き返るっていう考え方のことね。」
「来世……永遠……」
瑪瑙が教会の方を見上げる。
見上げるというよりかは、睨んでる?
「ま、まぁそんな教会です。
 此処はそんなところですね。
 さぁ時間が推してます。早く次に行きますよ。」
「……はい……」
瑪瑙はなんか言いたそうな顔をしていたが無視だ、無視。
エキドナはなんか知らんけど頑張れという言葉をかけてくれた。
あの女、もしかして結構いい奴?

それから私達は国中を歩いて回り、国の重要施設を紹介していった。
瑪瑙の反応はいまいちよく分からない。
頷く位の反応はあるのだが、ちゃんと分かってるのだろうか。
というかはっきり喋ろと何回も言っているのだがまるで改善される見込みがない。
もしかしなくても私は舐められているのではないか?
いずれにせよ、その辺りの事は問題点としてメモを取っておく。
あとでユグドさんのところに報告するのだ。
というか問題点が多すぎてメモが足りない。

私達は中央広場に来ていた。
ここには歴代ナイツの筆頭を勤めた零騎士の彫像がある。
勿論その中にはグレイスさんのものもある。
砂上命閣のものもあるが、ナイツ筆頭があの闘争の悪魔だったなどと国民に知られる訳にはいかないという大人の事情だ。
「彼らは私達の偉大な先達です。
 私達も彼らに恥じないよう、常に自身の向上と、ナイツとしての責務を忘れず……」
「………」
瑪瑙は砂上命閣の彫像を指指す。
「……あの、人は……?」
「……その人は先代零騎士、砂上命閣です。
 まぁ、なんていうか……」
この場でその話題をする訳にもいかない。此処は少し人が多すぎる。
私達は場所を変え、話すことにした。
「……彼は闘争の悪魔ガラハドの擬態でした。
 よくは知りませんが、カケラ、と呼ばれるもので擬態をしていたようです。」
「………」
瑪瑙は無言で私の話を聞いている。
グレイスさんの攻撃を受けた時の視線を私に向けて。
どこか寒気がする。この視線。
「ですが私達ナイツ・オブ・グローリアによって、奴は倒されました。
 特に零騎士となったグレイスさんの一撃が……」
「……似非……」
以前も聞いた言葉を呟く。
何が言いたいんだ、この小娘は。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「っっ!?」
悲鳴!?
私は急いで悲鳴の下に駆けつける。
「うがぁぁぁぁぁぁっっっ!!!
 どいつも、こいつも、このケレマンド様を馬鹿にしやがってぇぇっっ!!」
「うぅ……あぁうぅ……」
そこにあったのは如何にもやばい目つきをしている男が、子供にナイフを突きつけている光景だった。
いや、突きつけてるどころではない。
既に、切られているのか?
「お、お願い、やめてぇぇぇぇっっ!!」
あれは、あの子供の母親か?
いずれにしても、あの男のあの目つきはやばい。完全に精神が逝っている。
「お、落ち着くんだお前っ!!
 ま、まずはその子供を離して……」
「あぁぁぁぁぁっっ!?
 てめぇもこの俺を馬鹿にしてるんだろうがぁぁぁっっ!!」
「ひぃっっ!?」
正義感に駆られたらしい若者が男を止めようとしてるようだが駄目だ。
あれは言葉が通じる類じゃない。
一歩間違えれば子供の命が奪われる事となる。
なんとか奴を誘導させ、後ろから子供を助ける以外にはないか。
だが無駄に人が集まっており、後ろに回るのも精一杯だ。見世物じゃないというのに。

その時だった。

「………あ?」
男が子供に突きつけていたナイフがボトリと落ちた。
いや違う。
ナイフが落ちるような音ではない。
落ちたのはナイフを持っていた腕自体だ。
「う、ぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!」
男は腕を斬られた激痛で、のたうち回る。
このままでは子供も巻き込まれる。
そう他の連中は考えただろうが、その心配は既に杞憂だった。
既に子供は保護されている。
「……大、丈夫……?」
瑪瑙だ。
いつの間にあそこにいたのか。
否、いつの間にあの男の腕を斬り落としていたのか。
そもそも今日は剣なんて持ってなかった筈だ。
となると。
「う、うあぁぁぁっ!!ああぁぁぁぁっっ!!!」
子供は恐怖のあまり瑪瑙に泣きついた。
暴れていた男は駆け付けた守護兵たちにより取り抑えられた。

「……今日はお手柄でしたね、瑪瑙。」
日も暮れた頃、私はそう話を切り出した。
あと少し遅れていればあの子供は命を失っていたことだろう。
「ですがどうやってあの男の腕を……?」
「……腕……?」
瑪瑙は不思議そうに私を指さした。
これはどういう意味だ?
「……すとん……」
すとん?
…………
…………………いや待て。
指を落としたら腕が落ちたとかいうつもりじゃないだろうな。
「い、いや、いくらなんでもそんな事は……」
出来ないか?
まともに考えて素手であんな真似を出来る人間などいる筈がない。
ただそれは。

あの女を、人間扱いしなければ、の話だが。

奴なら出来ただろう。
あの女、刹那なら。
となると瑪瑙は奴と同じ力を持って、いるのか?
「……貴方は……」
瑪瑙は話し出す。
いつものボソボソ声ではない。
「助けられなかった……」
私はゴクリと唾を呑む。
「子供、一人、助ける事が出来ない騎士……」
「う………」
またあの視線だ。
「似非英雄……」
瑪瑙は私にその言葉を投げる。
「音羽先輩……貴方に……」
そして。
「序列入替戦を、申し込みます……」
それは突きつけられた。


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