SS TOPに戻る
前へ
次へ
7話 小娘
「おいお前、聞いたか!?」
「え、聞いたって何が?」
「何がじゃねぇよ!?
あの零騎士グレイスが決闘だってよ!」
「け、決闘!?
あの英雄様がっ!?」
「こうしちゃいられねぇ!
急げぇ、特等席は俺のもんだぁっ!?」
「いやもうおせぇよ……」
……人々は未だこの会場に集まり続けて来る。
あんな後ろの方じゃどのみち見えやしないだろうに。
どうして下々の人間というのはこうミーハーが過ぎるのか。
とはいえ騒ぎ立てるのも無理はない。
今日行われるのは序列入替戦。
私も先日行い、結果はまぁ置いておいて、連盟1名とナイツ5名もの立ち合いのもと行われた。
だが今日のそれは先日の比ではない。
私達ナイツはおろか、普段は縁がない一般市民連中までもが殺到している。
本来なら神聖なる私達ナイツの戦いを、一般市民が見物するなどありえない事なのだが。
「さぁさァ、よってらっしゃい、見てらっしゃい!
ナイツの偉大なる筆頭・零騎士グレイスと、
下剋上を目指す新星・黒騎士瑪瑙の決闘ダ!
こんな機会、またとなイ!
これは世紀の一戦になるダロウ!」
……マーティン・ハイケル。あの男の仕業だ。
あの男が中層を中心にこの戦いの情報をばら撒いたと思われる。
……ちなみに私と瑪瑙の決闘の顛末まで知られているらしい。ちくしょう。
高い見物料まできっちり取っているのはたぶん雨宮古都のせいである。どいつもこいつも。
とはいえ連盟筆頭を中心に、他の連盟も反対行動をしていない以上は、上層部の意向なのかもしれない。
いつもの決闘場ではこの人数が入りきらず、わざわざ主天閣に会場を用意するという大がかりな話となった。
当然ナイツも東方出張中の緑騎士リードレイトを除き、全員がこの場に集まっている。
「……おのれ、頭がお花畑の市民共。
これがどういう状況か本当に分かっているのか。」
私の隣で橙騎士アカシャが露骨に舌打ちをする。
このホモオレンジはこの入替戦が成立してからというもの、ずっとこんな感じだ。
とはいえ無理もない。
序列入替戦は過去何度も行われたが、筆頭の零騎士がこの入替戦を行うのはこれが初めて。
いくら分際を弁えない新人であっても、さすがにあの闘争の悪魔を倒したとされる零騎士グレイスに挑もうなど考えもしなかった、という事だろう。
まぁもしかしたら挑まれた事はあったのかもしれないが、入替戦が成立していない以上、グレイスさんにとって戦う程の相手はいなかったといえるだろう。
にもかかわらず何故、この入替戦が成立したのか。
「元はと言えば貴様があの小娘に負けたから、
このような事になったんだぞ、桃騎士音羽!」
「……ぐ……」
否定が出来ないのが悔しい。
私が負けたせいで序列6位に繰り上がった瑪瑙は調子に乗り、グレイスさんに挑んだという見方は否定できない。
とはいえ事はそう単純な話でもないのだろう。
なにせこんなミーハーな催し物にあの連盟筆頭・砂上楼閣まで出席しているのだ。
雨宮古都が言っていた通り、いろいろ厄介な事情が裏にある事はもう間違いないだろう。
「貴様との戦いの時から考えて、
どんな卑怯な手を用意してるとも知れん!
おのれ、常に正々堂々な零騎士様に対してなんて無礼な……っ!」
「……いやさすがにそれは。」
力を隠し持っていた程度で卑怯はないだろう。
とはいえ多少卑怯な行動があったとしても、これだけの観衆がいる中、万一零騎士が敗北した場合、それは公然の事実となるだろう。
……私との戦いはそのための伏線、だったという事は考えられないか?
まぁあれこれ考えても仕方ない。
今の私はこの戦いを見守るほかない。
……ついにこの時が来た。
いやこれ以上はないだろう。
似非英雄の筆頭・零騎士グレイスとこれ程の人々の前で戦えるのだから。
もしこの戦いで零騎士が敗北すれば、この国の英雄伝説は地に堕ちる。
そう、それこそが……
「……瑪瑙様。」
黒鉄が心配そうにボクの名前を呼ぶ。
「問題は、ない……最高の、舞台だ……」
相手は零騎士。この国最強の騎士。
あとのことなど考える余裕は一切ない。どんな手を使ってもこの戦いには勝つ。
当の零騎士は落ち着いた感じで腕を組んで沈黙している。
ただそれだけの姿が、貫禄に映るのはボクの錯覚だろうか。
……いや、そんな筈はない。所詮はこの男は成り上がりの似非英雄。
絶対に負ける訳にはいかない。
そしてこの国の権力者側の席から一人の人間が立ち上がり。
「これより序列入替戦を執り行う。
挑戦者はナイツ序列6位・黒騎士瑪瑙。
対するはナイツ序列1位・零騎士グレイス。
零騎士が勝利した場合、序列の変動はなし。
黒騎士が勝利した場合、序列の入替が行われる。
両者、異論は?」
「ない。」
「……ある、訳が、ない……」
「了解した。
この戦いの行く末は連盟筆頭・砂上楼閣が責任をもって見届けよう。
では。」
右ではなく、”左”の刀を構える。
「入替戦、決闘、開始!!」
即座に左の刀に力を籠める。
相手は零騎士グレイス。桃騎士音羽などとは強さの次元が違う事など明らか。
ボクに勝機があるとすればそれは初手のみ。
ボクは一度この力を前回の入替戦、桃騎士音羽との戦いで披露してしまった。
当然その場にいたこの零騎士にもその力の発動を見られてしまっている。
初見ゆえのアドバンテージは既にない。
だが。
「な、なんだあれ!?」
観衆の席から声が上がる。
ボクの左の刀が黒く染まる。
黒。黒。黒。ただただ純粋な黒。
殺意の黒。
憎悪の黒。
復讐の黒。
これを全てぶつける事が出来る機会などこの戦い以外にない。
ゆえにこれは初見。
黒が全てを塗りつぶす。
観衆にはそれが巨大な黒の刃にしか見えなかったことだろう。
だが、ボクは既に零騎士の前に立っている。
ボクは既に黒そのもの。
この元黒騎士がボクを黒騎士に任命したのも何かの因果か。
黒の刃が偽りの英雄の喉元を貫く。
いまここに、その因果は成立する。
「なんだ、その顔は?」
……はずだった。
その騎士はボクを冷たく見下ろしていた。
「お前はこの国の騎士になったんだろう?」
ボクの黒はただ淡々と受け止められた。
”素手”で。
「そんな顔で、いったい誰を守るつもりだ?」
……守る?
違う。ボクが本当に一緒にいたかった人はもういない。
でも。
それなら、そう。
「少し頭を冷やせ。」
重い一撃がボクのお腹に直撃する。
剣すら抜かれてはいない。
ただの拳だ。
「………あ………」
ボクは、あたしは、空中に投げ出された。
とても、ゆっくりと、ゆっくりと。
空に見えたのは、あの方の、父様の……
「勝負ありだ。」
砂上楼閣がそう宣言したと同時に、観衆から大熱狂の喝采が起こる。
英雄万歳、零騎士万歳、ナイツ万歳、と。
元々のグレイスさんの人気もあれど、あの漆黒の刃をあっさりと叩き割ったのもそれに拍車をかけているだろう。
あの絶望的ともいえる黒は5年前のおびただしい程の魔物を思い返すものだった。
それを一瞬で叩き割ったのだから爽快、痛快といえるだろう。
「さ、さすがは零騎士様だ!!
私は一生貴方についていきますぅぅっっ!!」
隣でホモオレンジが涙を流しながら平伏する。きも。
というかそもそも負ける可能性が僅かでもあるとこいつは思っていたのだろうか。
前回の私との戦いを見ていたから、あの謎の力を発揮した瑪瑙に対し、どこか得体の知れない不安を抱えていたのかもしれない。
だが私からすれば、今更あの程度がなんだ、という話だ。
私は確かにあれに敗北したが、私達はその黒の絶望の頂点を知っているのだ。
グレイスさんはじめ当時のナイツにとっても同じ。
……闘争の悪魔の絶望に比べれば、あんなものは児戯に等しい。
そして私達ナイツはその闘争の悪魔の再臨に備えて、この5年を過ごして来たのだ。
当時のナイツで今更あの程度で臆する者などいる訳がない。
……とはいえ。
私は瑪瑙に対し、あの女の再来のようなものを感じた事があったのも確か。
得体の知れなさを感じたのは、あの黒い力ゆえか。
それとも瑪瑙自身から来る、彼女の黒い感情ゆえか。
……だがあの小娘は泣いていた。
グレイスさんの一撃を受けて空中に放り出された時、たしかに。
ならば、そう。
それは、私の思い違いに過ぎなかった。
瑪瑙は、ただの小娘だ。
あんな意味の分からない、理解不能な何かとはまったく違う。
だったら、私は……
SS TOPに戻る
前へ
次へ