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19話 最後の希望
かつてこの国は。
英雄や騎士といった言葉がブームとなっていた。
だがそれも、過去の話。
今のこの国は、そう。
人形ブームだった。
カデンツァ三魔女達が造り出した自動人形。
安く、お手軽に造れ、マスターの言う事をなんでも聞く。
そんなものが人気となっていた。
それも、いつまで続くかは分からないが。
そんな呑気さもまぁ、平和な世の証であるのかもしれないが。
かつての英雄達の記念碑にて、感謝を捧げる者ももう殆どいない。
民衆が泣いてすがるのは自分が苦しい時だけ、というのは誰の言葉だったか。
当時の闘争事変と違い、闘争の悪魔が国を攻撃しなかったためか、実はやらせだったのではと言う者まで出て来る始末だ。
こんなものと言えば、まぁこんなもの。
分かってはいたし、別に下々の人間の品性などに元から期待してはいない。
そんな事は別にいいのだ。
そんな事、よりも。
私は上層の建物の一つに足を運ぶ。
他の建物に比べれば豪華とも言えない、小さな建物。
暗い廊下を渡り、そのドアを開ける。
「……ほら。
今日も貴方の好きな餡子を持って来てあげましたよ。
音羽先輩の気遣いにたまには感謝してください。」
その小さなベッドには、あの時のままの姿の瑪瑙が眠っていた。
あの日。
私は瑪瑙を運び、ルームメイターの門を潜り、まず最初に巡教会の神官達を頼った。
だが時間帯は既に夜。
まず人っ気がない。
そもそもこんな状態の人間を見せて、私は巡教会の神官達にどうしろというのか。
……支援魔法のスペシャリスト、マイクソンならゴッドアライブという蘇生魔法が使えるという。
だがそれも遺体の状況次第、との事らしいのだが。
それ以前に、その彼も今はまだ病院だ。
……永遠の雫の欠片は余ってないのか?
まさか、残ってる訳がない。
国のものは全て決戦のためにグレイスさん達が持っていった。
「……それでも……っ!」
何か、手はないのか。
何か。
「……音羽?」
瑪瑙の負力を感じて来たのか、そこに現れたのはエキドナだった。
「……エキドナ?
っっ!
お願いです、どうか……っ!!」
私は事情を説明し、エキドナは落ち着いて私の話を聞いていた。
彼女は比較的軽傷だったので1週間程で退院したのが功を奏した。
とはいえエキドナに回復魔法は使用できない。それでも、何かいい手は、と。
「……ちょっと待って。」
エキドナは魔法電話で誰かに連絡を取る。
今の彼女は、この国にとって得難い魔法使いの一人。
よって国でも貴重な魔法電話を支給されている数少ない一人だ。
「……えぇ、分かった。」
そうエキドナは電話で応え、エキドナに言われるがままについて来た先が、この建物。
その建物の、その部屋にいたのは。
「待っていましたよ。音羽さん。」
雨宮古都。
何故この女がこんな場所にとは思ったが、今はそんな事はどうでもいい。
「どうですか?行けそうですか?」
「……はい。大丈夫だと思います。」
雨宮古都と一緒にいたのは、どこかで見たメイドだった。
「……音羽様。
瑪瑙様をこちらに。」
「……あ、はい。」
私は瑪瑙をベッドに寝かせる。
メイドが瑪瑙に両手をかざす。
「……リバース・ワールド……」
瑪瑙を中心に空間が淀んでいる。
……魔法、だろうか?
見た事もない魔法だ。
「……1週間前。これが今の私の、限界です……」
「えぇ、ありがとうございます。」
1週間前。
簡単に言うと瑪瑙の状態を1週間前の状態に戻した、らしい。
時間操作魔法、の類だろうか?そんな魔法が存在したのか?
だがあの戦いが行われたのは2週間前だ。
1週間前では、結局は。
あと少し早く、私が見つけていれば……
……だが。
「……生体反応。」
僅か。
そう、本当に小さな生体反応。
瑪瑙は僅かに息を吹き返した。
命は、繋がれた。
たとえ、それだけ、だったとしても。
それが私に残った、最後の、希望なのだ。
私は寝ている瑪瑙に、今日もいろいろな話をする。
たとえば、そう。
あの決戦場の跡地には、ちゃんとしたみんなのお墓が出来た、とか。
現実的ではないし、国には何の利益もない、と声を上げる者は多かった。
せめて国内にとか、あれこれ言う人は多かった。
だが元ナイツのリードレイトさんや幸玄叔父様が中心となってその案を通す事に成功した。
特に長年ナイツの副リーダーを務め、元貴族達とも良い関係を築いてきたリードレイトさんがいなければこの案は通らなかっただろう。
私にとっては、あの人はやはり偉人だ。
「……今度、ちゃんと会いに行きましょう。
今の、私達の、報告も、兼ねて……」
だから。
早く目を覚ませ。
あれからもう。
何年経った、のかな。
いまいち最近の日々の出来事に実感がない。
ナイツは、解散となった。
元より既に私一人であり、もはや志願者も期待できない。
私は桃騎士音羽ではなくなり。
貴族制度も完全に廃止されたいま。
ただの音羽でしかなかった。
今日も賑やかな町を私は一人歩く。
……そろそろ私の歳だと結婚、とか考えないといけないのかな。
そんなどうでもいい事を考えつつ、いつでも能天気な民衆の顔を見る。
……やれもっと税金安くならねぇかなぁとか。
……もっと魔物退治頑張って欲しいよなー、お国様はーとか。
そんな声が私の耳に聞こえる。
今の私の姿を見たところで誰も元ナイツだとは思わない。
まぁ当時から既に成長の止まった落ち目ナイツとか、陰口を叩かれてたのは知ってるけど。
でも別にそれでもいい。
可愛い後輩の活躍とかを、その頃は聞けてたから。
でも今は、それもない。
「……?」
……あれは?
路地裏をチラリと見た時に感じた違和感。
黒い、鎧?
「まさか……?」
私は走る。
その鎧にはところどころヒビが入っていたが。
「黒鉄さん!?」
懐かしいその姿は、確かに黒鉄さんだった。
「……音、羽様、ですか……?」
「そ、そうですっ!
私は桃騎士……いいえ、ただの音羽です!」
「……そう、ですか……
ご無事、でしたか……」
「そ、そうですね。
私は、まぁ……」
いやそんな事よりも。
「……それよりも、大丈夫なのですか?
貴方も、病院に……」
「……いいえ、問題は、ありません。
ただの、稼働限界、ですから……」
「稼働限界……?」
黒鉄さんの身体に触れる。
何かピりっとしたものが私に流れた。
「……機械?」
まさか、とは思うが。
「……人形?
これは、どうして……?」
「……私のことなど、よりも……音羽様……」
「え、えぇ……
そ、そうだ!
瑪瑙は、瑪瑙はまだ生きてますっ!」
彼が望む事など、それ以外にない。
私は余計な説明は省き、彼に瑪瑙の場所に行って欲しいと頼む。
もしかしたら、と。
「……そう、ですね……
最期に、お願いできます、でしょうか……」
私は足取りも不安な黒鉄さんを支えながら歩く。
普通なら私の体格で支えられる重さではないが、元ナイツの私にはこれ位、屁でもない。
あの建物に向かう間、私は黒鉄さんの話を聞いていた。
「……えぇ、そうです。
お察しの通り、私の創造主は、巡、真那様……
ですが、音羽様のいう矛盾曲、の事ではありません……」
「……どういう、事ですか?」
「……この国は、伏せている、ようですが……
それは、遊ぶ者プレイの、擬態の姿……
巡、真那様は、とうの昔に……
お亡くなりに、なられました……
私は、東方で未踏様と会う事を、命じられ……
それだけを、使命として、生きてきました……」
そう、それが使命。
瑪瑙の事は、本来なら無関係と。
かつて、彼はそう言った。
でも、今の彼にとってはきっと。
巡真那の事などよりも、ずっと。
「……私に、出来る事は、あるかもしれません……
音羽様、この機会を与えてくださり、
本当に、ありがとう、ございます……」
「……それは……
私から、言う言葉です……」
心からの言葉だった。
黒鉄さんは寝ている瑪瑙の前に立つ。
「……これは……まさか瑪瑙様の心が……」
「……心?」
「……瑪瑙様の、心が、こちらに、来ていない……
何者かが、”あちら側”に……?
まさかとは、思うのですが……」
「どういう、事ですか?」
言っている意味がよく分からない。
「……瑪瑙様の心を、
”あちら側”……
夢の世界に、引き込んでいる者がいます……
それが、おそらく……」
「……瑪瑙が、目を覚まさない、原因……?」
言われてみれば。
瑪瑙はずっとこの黒いものと肉体が繋がっている。
……雨宮古都に聞いた話だが。
この黒いもの、負力は瑪瑙の命を少しの間、繋いでいたという。
闘争の悪魔が残した瘴気を、自らの命に変換する事で。
本来なら1週間も生きられる筈もなかった状況だが。
かつて瑪瑙を苦しめた負力が、今度は瑪瑙を助けたのだ。
だがこのままでは。
「……今度は負力が逆に足枷になっている、ということですか……
瑪瑙はよくも悪くも、この力に振り回されて来たって事ですか。」
「……そうかもしれませんが、もはや切り離す事も出来ないでしょう。」
この力があるからこそ、瑪瑙はいま生きていられる、ということか。
負力なら命力をぶつければ消す事が出来るかもしれない。
桃騎士奥義・桜ノ調ならそれはおそらく可能。
だがそれは瑪瑙を殺す事にしか繋がらないという事だ。
かつて雨宮古都にその話を提案したのだが、それは短絡的な手段と断じられた。
悔しいが奴の方が正しかった、ということか。
「だったら、どうすれば……
何か、方法はないのですか?」
「あるかもしれません。」
私達の話をいつから聞いていたのか、雨宮古都が後ろから現れた。
「それについては、私は経験があります。
境界線と呼ばれる場所。
おそらくそこに、瑪瑙さんを”こちら”に戻す事を阻害している存在がいる。
私はそう推測しています。
黒鉄さんのお話と合わせて確信が強まりました。」
「……確信?
雨宮古都、貴方は何がしたいんですか?」
「そんな事より貴方がどうやって境界線に行くか、の方が重要ではないですか?」
境界線?
どんどん訳の分からない単語が出て来るが。
「巡真那の人形なら、可能かもしれません。
彼女は境界線の存在を知っている。
人形達にそのための手段を残している、という可能性は?」
「……申し訳ありません。
機能はあっても、それを運用する手段が、私にはありません。」
「……運用って?」
「私は、魔法使いではありませんので。
あの方の人形で、かつ魔法使いでない、限りは……」
「いるでしょ。此処に。」
「エキドナ!?」
今度はエキドナが現れた。
お前ら絶対示し合わせしてるだろ。
「そうですね。条件は揃いました。
音羽さん、準備は良いですか?」
「いやいやいや。
あんたら話を進めるのが早すぎじゃないですか!?」
私はまるで話についていけていない。
というかエキドナはともかく、雨宮古都がこんなに協力的な事にも違和感がある。
「ごちゃごちゃ考える必要はありませんよ。
貴方は境界線とかいう場所から、
瑪瑙さんを連れ戻せばいいだけです。」
「そうよ。
細かい段取りは私がやってあげるわ。」
「………」
まぁ、それもそうか。
理屈なんてどうだっていい。
「……じゃあ、お願いします。エキドナ。」
「えぇ。頑張ってらっしゃい。」
私の意識は突如、その”世界”から閉じた。
そこに見えたのは。
どこまでも同じ風景が続く世界。
幾何学的で、幻想的、とでも表現するべきなのだろうか。
此処が、境界線?
そこに、瑪瑙は、いた。
だが、それとは別に。
「くす、くす、くす。
貴方のせいで、向こうから入って来れてしまっている。
どうするの?」
”ナニカ”が笑っている。
それは人?女?人形?天使?悪魔?それとも?
そして、もう一つ、何かがいる。
ポニーテールのその女は、どこか愉快そうに、私の方を振り向いた。
「エキドナと、黒鉄かぁ。
これは少々予想外の組み合わせではあったかな。
で、君は誰なんだっけ?」
その髪色。
その雰囲気。
いつか見た矛盾曲の姿が成長した、ような?
……否、違う。
どちらかといえば、あの刹那に、近い?
……まさか。
「……貴方が、巡真那?」
「いいや。
私はただの夢の残骸に過ぎないよ。
まぁ敢えて名付けるなら、巡り続ける真那とでも名付けようかな。」
そうして私は。
その存在と、対峙する。
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