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2話 闇月の潜入ライフ
朝6時。
私はきびきびと動いて侍女の服に着替える。
猫耳と尻尾を服の裏に隠すのも忘れずに。
はい精神集中。思考を侍女モードに切り替える。
「おはようございます。カレン様。」
声のトーンも完璧。
ここまで約5分。あと2分くらいは短縮できるだろう。
そこまで短縮しなくても良いが。
誰もこの姿を見てイムヌスの元暗部、闇月だとは思わない。
厨房に入って朝食の準備。
相変わらずイムヌスに比べると狭い厨房だ。
私は王女カレン・カイゼルの朝食を侍女長から任されている。
この国の王族は家族全員で同じ時間に朝食をとるという習慣がないようだ。
今はいろいろと忙しい時期ということなのかもしれないが。
イムヌスの貴族との交流。今後のこの国の未来を左右する外交だ。
まぁ私の知ったことではないが。
「おはようございます、カレン様。」
「う、うぅ……」
私は王女の部屋をノックし、恭しく、だが有無を言わせぬ雰囲気で食事を運ぶ。
朝7時。王族は起きる時間。
王や侍女長より王女は朝が弱いが、ある程度容赦は要らないと命じられている。
それでも王族への敬意と忠誠は忘れず、あくまで貴方の将来を気遣ってですよーという感を出しながら。
王女カレンは仕方ないという感じで寝巻きで起きて来る。
私は寝ぼけ目の王女の服を、他の侍女と協力して着替えさせる。
さすがに王女の世話をこの国に来て半年の侍女一人に任せるほど、この国も抜けてはいない。
侍女複数体制であるのは、侍女同士で監視させることも狙いとしてあるのかもしれない。
面倒なことだ。
やはり”他の”手段を検討する必要がある。
そんなことを思考の裏で考えつつ、表の思考は王女への敬意と親愛を穏やかな表情で表現。
(しかしまぁ……)
この齢10程の小娘が今、このカイゼル王家の継承者。
カイゼル王の第4子。4番目にしてようやくといったところだろうか。
隠蔽能力。もっと言えば隠蔽を行う結界を張れるということだ。(今は力量不足だろうが)
魔法のことは詳しくないが、空間生成魔法に近いものかもしれない。
少なくともあの男はそう言っていた。
「空間魔法の使い手を探すぅ?」
あの男、戒と再会してから半年ほど経ったある日。
私は戒、希殺と共に大昔の施設にいた。
月詠夜夜子とかいう、昔の矛盾曲だったという狂人が造った施設らしい。
やっぱり矛盾曲ってクソだな。
「そうだ。現状俺たちはこの結界を突破できない。」
周りはただただ漆黒の空間。
ここが人が造った施設の中とはとても思えない。
その通路は自分達の足元にある金網だけ。
ここから落ちたらどうなるのか。興味はあるがさすがに自分で試す気にはならない。
だが”その場所”だけが際立って特異な場所に見えた。
まるで自分たちの世界と、その先の世界を隔てているかのように。
「混沌斬でもまるで手ごたえがない。
少なくとも俺たちでは突破できない代物ということだ。
だがここを突破しないと、星の中心に辿り着くことは出来ん。」
星の中心。
私達は半年程かけてこの施設の資料を読み漁った。(戒はそれ以前から読み漁ってたようだが)
その結果分かったことの一つとして、この先に星の中心と呼ばれる場所があること。
そしてそこは神の棲家となっているということだった。
もちろん本当のところは怪しかったが、今この場所を目にして私の中で真実味が出て来た。
”ここはやばい”
私の勘が、警報をガンガン鳴らす。
その場所の周りには6つの魔法陣。
そのうちの5つが怪しく光っており、残りの1つだけがその輝きを失ったかのよう。
この魔法陣の意味も既に理解している。
「しかし妙ですねぇ。
あの戦いで倒された七罪魔は退廃と闘争の2体の筈なのに。」
希殺が疑問を口にする。
そう。
この魔法陣は七罪魔の活動状況を示している。
勿論これも月詠夜夜子の施設の資料を読み漁った末の結論だが。
「この輝きが全て失われたとき、星の中心への道が開く。
となるとやるべき事は明白、だが。」
口で言うのは易し。
だがその実現はとてつもなく困難だ。
早い話が七罪魔全てを倒さない限り、星の中心とやらに辿り着けない。
「現実的ではない。
やはり他の手段を考えるべきだろうな。
暗号魔法で生み出された障壁。
人為的に作りだされた空間。
いろいろ可能性はあるな。それぞれの可能性を当たってみるほかないだろう。」
戒はそう結論づけてこの場は解散した。
各々やるべき事を決めながら。
私達は所詮独善的なエゴで集まっただけのグループ。
共に協力して、なんてやり方ではかえって効率が悪い。
各々が自分のやり方で動いた方が良いのだ。
「えへへ。今日もとても美味しいです、ラインさん。」
「お誉めに預かり光栄です、カレン様。」
という訳でその結界魔法を扱えるかもしれないのがこのカレンという小娘な訳だが。
素人目に見てもこの小娘は明らかに未熟。
この娘が大成するには少なく見積もってもあと5年は要る。
現在の使い手であるこの娘の父親を攫う方が手っ取り早いだろう。
……あの王子さえいなければ、とっくにそうしている。
カイゼル王の第1子、エイジ・カイゼルさえいなければ。
序列下位のナイツを上回る力量。正面から彼と戦闘になれば私は負けるだろう。
もちろん正面からやり合う気などないが、それでもそれ以外の有象無象の兵等も含めれば、カイゼル王の誘拐は不可能に近い。
更に言えばこの国の外との行き来を出来なくする力を、カイゼル王が持っている可能性すらある。
正面突破はさすがに下策。戒や希殺と協力して事を運べば話は別だが。
「却下だ。今はまだ手札を準備している段階。
イムヌスとも交流がある国と、直接事を構える訳にはいかない。」
ということだ。
……私一人ならやってもいいとは言わないあたりが実に狡猾だ。
そうでなくともルキ・サンドドルは既にイムヌスでは大罪人。
これ以上イムヌス、というか砂上楼閣から睨まれるのはさすがに避けたいということだろう。(だったら最初からやるなという話だが)
だから私はカイゼル王の事は諦め、この小娘に狙いを切り替えた訳だが。
実のところ、本当の理由はそこではない。
「カレン様。本日は9時から教練の時間でございます。
本日はイムヌスより彼の高名な大魔導師オーガスト様をお招きしております。
またとない機会です。」
「は、はい……」
王女は緊張気味だ。
頼りないことこのうえない。
だが、そう。
私はカイゼル王よりも、この小娘の方が"当たり"だと睨んだ。
根拠といえるほどのものはない。ただの勘だ。
ただこの手の勘を私は軽視しない。
それが本当に意味するところは、私自身分からないのだが……
「イムヌスよりオーガスト様が到着!とうちゃくー!」
うるさい声が宮殿に響き渡る。
私はカレン、複数の侍女と共に宮殿の入口に向かう。
(……は?)
その入口にいた顔ぶれを見てギョッとする。
侍女長が挨拶している老齢の男。その貫禄からみて相手は大魔導師オーガストだろう。
だが私が驚愕したのは勿論そこではない。
オーガストの後ろに控える4人。
(……ナイツ……?)
鎧に刻まれた称号。あれはナイツのものだ。
一人ならいざ知らず、いくらオーガストといえどその護衛にナイツが4人?
さすがにありえない。
「ではオーガスト殿。
私達はカイゼル王とお話しがありますので。」
「うむ。お主たちも頑張ってくれい。」
そのナイツの先頭に立つ白い騎士がオーガストと挨拶を交わし、その場を離れる。
残りの3人もそれに続く。
白、黒、桃、黄色。
白はさすがに分かる。白騎士ユグドだ。
桃は……5年前からいた気がする。
黒と黄色は新顔だ。
特に黒の小娘の方。こいつは強い。
私と同じ混沌斬を放っていた得体の知れない小娘。
カイゼル王子同様、新世代の強者といったところか。
いずれにせよ。
(……なぁんかめんどくさい事になって来そうだなぁ。)
私は王女への忠誠と親愛を向ける思考の裏で、溜息を吐くのだった。
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