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11話 外道の宴



「……夢から覚めた、ですか?」
「え、えぇ。まぁ……」
三色団子を食べながら、私は蜜柑さんに話す。
楽槙様のことを知っているなら、と思ってついつい話してしまった。
「……笑うかもしれませんが、真実です。
 ですから私はかつて戦った人たちを……」
「……いえ、笑いません。
 楽槙様もたまにそのお話、されていましたから。」
楽槙様の元弟子である蜜柑さん。
その話は確かに私が夢で見た内容そのものだった。
私はその話に頷く。
「じゃあ貴方が……?」
「……はい。私がその花千代です。」
少しだが、救われた気分になった。
誰も、あの戦いのことを思い出してくれなかったから。
彼はその当事者ではないが、信じてくれただけで胸が熱くなる。
「……ありがとうございます。会えて良かったです。」
私は立ち上がる。
私はまだ、戦える。そう思えた。
「……待ってください。」
蜜柑さんが座ったまま。
「楽槙様を、探すのですね?」
だが顔は私の方を向かず。向くことができず。
私は黙って彼の話を聞く。
「……僕はあの人たちと戦ったあとお姉ちゃんを探しました。
 ……どれだけ、探しても、見つかりませんでした。
 僕も、この世界の残酷さは知っています。
 もう、生きてはいないのだと。
 ……それから半年後です。
 僕は楽槙様と再会することが出来て、お姉ちゃんの事を真っ先に聞きました。
 でも……」

「……ふぅむ?……あぁ、あぁ。
 そういえばそうであった。忘れておったわ。
 いやいや歳とは怖いものよのう。」
いつもとなんら変わらない調子で、僕の口を掴み。
「笑え。」
「……ふぁ……?」
「お主が生還したことを笑え。
 生と死が世界に満ちていることを笑え。
 取るに足らない塵屑が、いくら潰しても困らないものが、永遠に存在する祝福を笑え。
 ほれ、笑え。笑わんか。
 そのような顔をしてはお主の姉君を泣かせてしまうぞ。
 まぁ、どんな泣き顔かは忘れたがなぁ。」
「……あ、あぁ、あぁぁぁぁ……」
……ボクは……ボクは……ボクは……
「ところで蜜柑とやら。
 一つだけ気になった事があるのじゃが。」
あの方は急に真顔になる。
そして両眼をくわっと開かせて僕の両肩を掴んだ。
肩の骨が折れるような力で。
「その女物の服はお主の勝負服か?
 つまりは”そういうこと”とみなして良いか?
 いやいや、みなまで言うことはない。
 拙僧はこれでも経験豊富。
 男児の気持ちくらい察せねばならんからなぁ。」
その言葉の意味を察した。
「うわああぁぁああぁぁああああぁぁぁあああああ!!!」
「ぶわっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」

「………」
「……本当は、知っていたんです。
 正しいのは、あの人たちの方だって。
 でもお姉ちゃんが、夢見るように楽槙様を慕っていたから。
 その間だけでも、夢を見せてあげようと思って、しまったから……」
「……まぁ、そうですね。
 あの方は、悪魔ですよ。本当の意味で。」
私は正直な感想を言う。
都合の良い夢を見ていたのは、私も同じだ。
あの方は、その時の気分で慈しみ、その時の気分で壊すだろう。
それはもう十分なほど理解している。
けれど。
「たぶん私。
 殿方を見る目がないんです。
 それはもう絶望的に。」
人を見る目はあるつもりなんですが、と虚勢だけは張って。
「では、行ってきます。」
笑顔でそう伝えた。


「……やぁれ、やれ。
 こちらが欲しているときは相手をしてくれなかったというに。
 そっぽを向いたら向いたでそちらの方からやって来る。
 それでは犬というよりは、どちらかというと猫ではないか?」
白竜をも超える巨体。
3つの首を持つ神の獣。
「なぁフェンリル殿。
 まぁ狼が犬の分類なのかは知らぬがのぉ。」
魔狼は6つの眼でぎょろりと足元の僧を睨む。
「戯言を聞く気はないわ、暴虐。
 何故にワシがこの地に伏しておるか、分かっておろうが。」
楽槙のゴーレム達が魔狼にとびかかる。
だが10メートルを超える魔狼の前では文字通り、それは人形遊びの体を出なかった。
「アルティメットブレス!!」
3つの口から同時に放たれる咆哮。
一発はゴーレム達。
一発は楽槙。
そしてもう一発は。
「……無視してくれる筈もないか。」
俺たちに向かって。
白竜の後ろに避難する。
これでどれだけ凌げるか。
「ま、待ってくれェ旦那ァ。
 ワイにもその盾使わせてくだせェ!」
ロイはじめ、希殺、キラ、アートが続く。
アートが避難したところでブレスの余波が到達した。
既に動かない白竜がどこまで持つか。
「お前の連れて来た英雄信者達はさすがにお陀仏か。
 闇月はどうした?」
一応、希殺に確認する。
回答は分かりきっているが。
「う〜ん。あの新しく現れた方のせいで吹雪も止みませんしねぇ。
 哀しいですが。」
「まぁそうか。」
闇月を見捨てるつもりはなかったが、如何せんどうしようもない。
この猛吹雪の中ではその姿すらもう確認する事が出来なかった。
「ある意味チャンスだ。
 楽槙があの化物と戦っている間に、エバレストを調査する。」
「まぁ確かに。
 あんまりモタモタしてると逃げてしまうかもですし。」
「やはりそういうタイプか?掌握の悪魔は。」
アートが久々に意見してきたので確認する。
「まぁ逃げることを雪辱とか屈辱とか思うタイプではないですね。」
「ならば急ぐぞ。」
俺たちはその場を後にした。


「さぁ気張るがよいダイバーンよ!」
楽槙最強のゴーレムが空を飛ぶ。
だが懸命に飛んでも、巨大な魔狼の視界から逃れることは出来なかった。
魔狼の眼が不気味に光る。
するとダイバーンは急激に落下を始めた。
「やれやれ。まさかゴーレムを眠らせるとは。
 これでは拙僧が直接相手をせねばならぬではないか。」
「抜かせ。いつまで遊んでいるか。」
「さてはて。
 それはお主の方ではないか?」
楽槙が魔狼に向かって飛ぶ。
その老躯からは想像も出来ない速度で。
「婆娑羅羅漢拳!!」
無数の拳が魔狼の身体に放たれる。
その衝撃と爆風は巨大な魔狼をも呑み込んだ。
だが魔狼本体は微動だにしていない。
「誰に向かって拳を振り上げている?
 不敬者めが!」
魔狼といえど獣。
四本の脚でその巨体を支えていた、が。
突如その獣は、後ろ脚だけで立ち上がった。
「魔狼爆砕拳!!」
前脚2本を拳のように操る。
その衝撃は楽槙の拳を上回るものだった。
「ぐほぉぉぉぉっっっっ!!」
楽槙はたまらず雪の大地に向かって落下する。
そのまま魔狼は容赦なく踏みつぶした。
何度も、何度も。
「肉体言語など、ガラハド殿と語っておれぃ!」
だが楽槙も負けてはいない。
その巨体の脚に両手両足で捕まり、そのまま一瞬で魔狼の上半身まで駆け上がった。
「小癪な!」
「さぁ今度はこういうのはどうじゃ!」
楽槙が空中で数珠を掲げる。
すると空間にいくつもの穴が開いた。
その穴からは大量の人型。
冥府の鬼たちの大量召喚。
「ウオオオォォォオォオオォォオオォオォッッッ!!!」
鬼たちが咆哮を上げ、魔狼に襲い掛かる。
鬼の1体1体の大きさは2メートルから3メートル程。
魔狼の前では小さく見えてしまうが、その数はざっと20から30。
さすがにそれだけの数で囲まれれば、外から見た魔狼の面積も小さくなる。
「うわはっ!うわははははっっ!!」
鬼たちは碌に考えもせず、ひたすら殴る蹴るを繰り返す。
まるで踊るように。
その様子は実に愉し気であった。
「さぁさぁ、宴じゃ宴じゃフェンリル殿!
 神魔の宴、愉しもうではないか!
 酒がないのは片手落ちだがなぁ!!」


戒たちが離れてすぐのこと。
完全に沈黙を保っていた、白い竜。
その腕がピクリと動く。
既に死骸であったその肉体が。
(……ハァ、ハァ、ハァ。
 ようやく、戻ってきた……)
力が満ちる。
”大地”から自分に力が注がれるのが分かる。
その力を色で表現すれば、黒?濁った紫?
いいや、そのいずれも不適切。
何故ならその力は。
(……悪く、はないな。
 寧ろ竜だった時よりも、僕には馴染む。)
混沌。
捻じ曲がりただそこに存在するもの。
歪み、歪み、歪み、歪み。
(いまだ自分たちが最強だと粋がる同族共が王道だというのならば、
 邪道で結構。)
僕にはこの歪みこそが相応しい。

竜界。
僕たちドラゴンの故郷。
ドラゴンに比べれば全ての生命は芥に等しい。
ときおり小さな生物が生まれるも、そんなものは相手にもならず。
加減したつもりでも、殆どの種は弱すぎてあっという間に絶滅してしまった。
その世界にも人間は存在したが。
手足を上手に千切れるかとか、何匹まで貫けるかとか、そんな遊びが流行ったことしか記憶にない。
まぁその遊びもすぐに飽きられ、今では天然物の人間など存在しない。
竜工物の中で子供を産み、その子供も子供を産み、そいつらも食糧としての価値しかない。
その味も次第に飽きられ、絶滅危惧種に近い存在。それが竜界の人間。

そう、ドラゴンは最強だった。
神に究極の生命として生み出された種。それがドラゴンだ。
僕自身もそう思っていたし、誰も彼もそれを疑ったことなどなかった。
だがそれも。
終わりの時がやって来る。

魔黒隻(まこくせき)。
竜界を襲った災厄。
竜王が悪魔王から大事なものを奪い、その戦争は始まった。
そんな事を伝え聞いてはいたが、まぁ戦争の動機なんてどうでもいい。
その戦争は終わらなかった。
負けていた訳ではない。ただいつまで経っても終わらない。
敵も味方も死に続けた。
だから、そう。
その戦争に耐えることが出来なかったドラゴンもやはり存在したのだ。
そんなドラゴン達を束ねたドラゴン、それが竜将軍イントラーダ。
彼は竜界の戦争から降りた。
僕も含めた多くのドラゴン達と共に、竜界を脱出することで。
そうして辿り着いた先は、かつてイントラーダがたまに訪れていたという地。
そう、この星だ。

だがこの星に来たとき、イントラーダ自身も少し驚いていた。
まさか人間という種がこんなに繁栄しているとは、と。
僕は人間というものを知らなかった。
飽きられた食料。そのくらいの認識だった。
だが適当な集落を襲い、僕は人間を見てこう思った。
……なんて魅力的な玩具なのだと。
これで遊ぶことに比べたら、竜界の戦争とかクソ以外のなにものでもない。

同族たちは僕を軽蔑した。
あいつには竜族の誇りがないと。
人間はただの食糧だ。それで遊んで喜ぶとかどうかしていると。
……竜族の誇り?なんだそりゃ。
逃げてきた奴らが今更なにを誇るんだよ。馬鹿かおまえら。
本音を言えよ。お前らだってもう誇りなんて持ってないんだろう?

そうして僕は僕と同じ考えを持つドラゴン達を集め、揃ってある方の配下に鞍替えする。
掌握の悪魔グリモア。今の僕の主だ。
もちろん忠誠なんて少しもありゃしない。
七罪魔というこの世界の巨大勢力に組してた方が人間で遊べる。ただそれだけの動機だ。
ただ僕はあの方に対して、忠誠はなくとも一定の評価はしていた。
……あの方には誇りがない。
一目散に逃げることにも、陰湿で卑劣なやり口にも、少しの抵抗も関心も持っちゃいない。
あの方が評価するのは結果だけだ。
その過程でそいつが何を感じたか、どんな戦い方をしたかなんて須らく無意味だ。
そう。結果さえ出せば、どんな遊びも許される。
……ガラハド様。あの方は戦いに関してのあれこれがうるさい。そもそも部下に関心がない。
……ガルガン様。変に僕の遊びに参加して来そう。だいたい馴れ馴れしすぎる。プライベートで上司に来て欲しい部下がいるか。
……フェイリィ様。何もしない方の下にいてどうする。おまけに理論破綻な八つ当たりが飛んでくる。
……ダルバック様。論外。
結果にすら興味がない他の七罪魔に比べれば、僕にとっては理想の上司だった。
僕にとっての理想の上司とは、僕にとって都合の良い上司と同義だ。
ゆえに裏切る気もない。あの人間に言った言葉は当然出鱈目だ。あの方がやれって言ったから実行しただけだ。

そして今。
僕の身体はあの方の混沌の力で満たされていた。
”大地”から流れる新たな僕の力。
まさか、”そこ”にいるなんて、奴らは想像もしていないだろう。
検討外れにあの山を探しに行きやがった。
「ははっ。はははははははははっ。
 あーははははははははははははははははははっっっ!!!」
僕の身体は美しい純白から、濁った青紫の肉体に変化する。
もはや聖なるドラゴンではない。
だが一向に構いやしない。
「僕の玩具になれることを光栄に思えっっ!!
 このカオスラピスティア様のなぁっ!!」
誇りも美しさも捨てた混沌竜は、おぞましい咆哮を上げた。


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