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12話 混沌覚醒



白に染まった思考。
既に私自身の意思はない。
だがその純白の世界の先で。
私は忌々しい過去を見る。

あぁ、見えて来る。
私の人生最大の汚点が。

「真那ぁ。
 見ろ見ろー。
 こぉんなに捕まえたんだぞー。」
「へぇ。凄いじゃん。」

私が奴になにかを自慢している。
あぁ、これはなんだ?
私に対する嫌がらせか?

「い、痛い痛いぃ〜。
 痛いよ真那ぁ。」
「あーちょっと待ってねぇ。
 この実験の結果がもうちょっとで……
 よし、終わったぁ。
 で、なんだっけ?」

これは私が生まれたばかりの頃の記録だ。
……そう、記録だ。
記憶と呼ぶのもおぞましい。
だってそう呼んだら、私の中にこの光景が残ってる事になってしまうじゃないか。

私はカケラと呼ばれる存在と、人間の受精卵によって生み出された。
その実験を行ったのは、謡さん。そしてあの女。
謡さんはペットに愛情を注ぐような人ではない。
この頃、私の面倒を見てたように”錯覚した”のはあの女だ。
……あぁ、少しの記録だけでも見えてくる。
奴の、私に対する関心のなさが。
最初から知らぬ存ぜぬを貫き通していた謡さんの方が遥かにマシだ。
あの女は、本当は関心がない癖に私の行動に一応は反応してくるから。
もしかしたら私のことを見てくれてるのかもしれない、そう思ってしまうのだ、子供心は。

「もー真那ぁ。
 もしかして真那は私が凄いって認めてくれないのかー?」
「え?あー、すごいよ、うん。
 君はすごいと思うよ。
 唯一の人と混沌の融合体だからね。」
唯一。
素晴らしい。なんて良い言葉だ。
私は唯一の存在。
私は世界の中心。
……子供心の私がそんなことを考えているのが、今の私に伝わって来る。
いい加減にしろ。あまりの羞恥に本気で死にたくなる。
さて冷静に分析すれば奴の言葉の意味は。
人の受精卵と混沌で生み出した存在は、”うまくいかない”からもう作らなくなった。
”だから”唯一。
という意味である。
それをすごいとか表現するあの女はいったいなんだ?

「あ、そうだ。
 君は以前、何か面白いものを見たいって言ってたよね?」
いま思いつきましたという風に奴はそう言った。
「ん、そうだぞー。
 少しは何かご褒美よこせよなー。」
「うんうん、いい子だねー。
 だったら私がとびっきりのご褒美あげちゃうよ。
 ちょっとだけ目を閉じてねー。」
「どきどき。何が貰えるのかなぁ?」
目を閉じて。
開く。
一瞬だった。

「………はぁ?」
北方の最果て。
混沌の世界。
この世界こそが”奴にとっての”面白いものである。

見たこともない形容し難い植物みたいなものが、私を捕まえようとする。
あれは、動物?そもそも、生物?分からない。
何一つ確かなものがない。そんな捻じ曲がった世界。
死ぬ。融合させられる。これが私にとっての。
私と同じもの達が、集まった、世界。
混沌の、世界。

何日?何週間?何か月?
どれだけ私は其処にいたか分からない。
その感覚を、私は身体中で味わっている。
いま現在”進行形”で。

そうだ。
私は帰ってきたのだ。
私は戻ってきたのだ。
あそこで味わった世界に。

「こんっ、とんっ、ぎりぃぃぃぃいいぃいいぃいい!!!」

だから私は。
この世界を壊すために。
あの女との記録を穢すために。
その力を身に着けたのだ。

……あれ?それって昔のことじゃなかった?
どっちが、いま?
……壊したい。壊したい。壊したい。
……殺したい。殺したい。殺したい。
純白の世界を穢せ。
忌々しい記録を、混沌に染め上げろ。
もっと。もっと。もっと。もっと。

「く、きゃは、あははははははははははははははははははははははっっっっっ!!!!」


「……なんだ、あれは?」
白竜の心臓は確かにこの剣で貫いた。
念のため頭も潰しておいた。
機械や生成生物の類でなければ、生物でさえあれば、頭と心臓を潰せば死ぬ。
ならば、奴は。
「生物ではなくなった。
 そういう事かもしれませんね。」
アートが淡々と答える。
ならば奴はもう、白竜ラピスティアではない。
「僕の玩具になれることを光栄に思えっっ!!
 このカオスラピスティア様のなぁっ!!」
奴の言葉どおり。
混沌竜ラピスティア。
「さぁ、僕も知りたいのさ。
 今の僕の力が、どれほどのものかをなぁぁぁぁあぁ!!!」
「ちっ!」
混沌竜からブレスが放たれる。
この巨大な山を呑み込むかと思える程の規模。
「ぐ、あああぁぁあああぁぁあああ!!!」
回避の術はない。
希殺が、ロイが、キラが、悲鳴を上げる。
俺以外は一撃で死屍累々だ。
俺とてもう一撃を耐えられる自信はない。
「く、くはっはははははははは!!
 もう終わりかい?
 さっきまでの威勢の良さはどこいったのさ。」
一瞬で混沌竜が俺との距離を詰める。
それならば。
「混沌斬っ!!」
目には目を。
混沌には混沌を。
奴と同じ混沌の色の刃は、確かに奴の身体を引き裂いた。
「はっ、痛い、痛いね。
 ははははははっ!痛い痛い!
 ひゃは、ひゃはははははははははははっっっ!!!」
混沌竜は狂い笑う。
ダメージは確かに入ってるように見えた。
ただ単純に耐久力が格段に跳ね上がっている、といったところか。
「……こちらの気力が持たんな。」
先程からの猛吹雪でこちらの体力や気力は根こそぎ尽きかけている。
あと5,6発は混沌斬を撃てるだろうが、それで倒せる相手かどうか。
「覚悟を、決めるしかないか。」
俺にとっての本番は今ではない。
だがそんな悠長な事を言ってられる相手ではないだろう。
気力薬を切るときだ。
そう思って、腰に手を伸ばし……
「……?」
俺は混沌竜の”後ろ”に光る闇を見た。


あぁ、素晴らしい。
竜であることを誇りに思っていた頃の自分に見せてやりたい。
歪み。
穢れ。
混沌。
あまりにも自分に馴染む、この力。
穢れのない純白などくだらない。
いまの僕は、長い竜生のなかで、間違いなく最高潮だ。
目の前の生物があまりに弱すぎて、哀れみすら感じる。
あぁこいつらはこの力の素晴らしさが分からないんだろうなぁ。
だがこんなむさい奴らにこの素晴らしさを教えてやる義理はない。
あ、そうだ。
こいつらをさっさと殺してコダマちゃんに僕の力を見せてあげよう。
僕の進化した知覚は、あの娘がいまいる場所を的確に捉えていた。
いっそのことこの力を流し込んで、あの娘が悶え苦しむ姿を見る方が、面白いかもしれない。
よし、そうしよう。そう決めた。
そう思って僕は後ろを振り向くと……
「……は?」
漆黒の夜叉がそこにいた。


混沌竜の顔がぺしゃりと潰れた。
それはもう冗談としか思えないほど容易く。

混沌竜の後ろに突如現れた漆黒の夜叉。
そいつの仕業だろう。おそらくは。
あまりに一瞬だったため、正確には判断は出来ないが。
夜叉の闇が薄くなる。
よく見るとそれは頭に長い耳。
……いや、姿がだいぶ変わっていて気づかなかったがあれは。
「……闇月さん、ですかねぇ……?」
満身創痍の希殺が、倒れたままそう呟いた。
闇月だと?あれが?
あれではまるで……

混沌竜にも劣らぬ程の青紫の肌。
銀色の髪。
紅い月を思い起こすような真っ黒な紅。(紅い月は見たことない。あくまで感覚だ。)
「……名前通りの、闇月だな。」
俺は皮肉げにそう言った。


「……あれぇ?」
自分と同じ”それ”に抱き着いたら勝手にひしゃげた。
あれぇ?自分と同じものではなかったのかなぁ?
「まだ、動くだろぉぉ?」
あぁ、全身が疼く。
生まれて初めて得る快感。
先程まで何を見ていたのか、何も思い出せない。
それが何故か、信じられないほど、爽快だ。
「くっ。あっはははははは。
 きっははははははは、ひゃははははははははははは!
 もっと、もっと、もっと、よこせよぉおおおっっ!!」
腕が黒い刃となる。
ただそれを振るうだけでその刃は。
「こんっとんっ、ぎりいいぃぃいぃいぃっっ!!!」
無数の混沌の刃となり、目の前の”自分”を貫いた。


「なん、なん、だぁ!??
 おまえ、はあぁあああああああっっっ!!!」
今の僕より最高潮なんて許せない。
最高で最低の気分だったのに、僕の許可なくぶち壊された。
「みと、め、られない、なぁぁぁっっ!!
 僕の方がずっとイケてるんだからなぁぁあぁぁっっ!!」
128色の色彩に彩られた混沌の咆哮が、混沌の刃を呑み込んだ。
……と思えたのも束の間。
貫かれたのは僕の力だった。
……あいつの世界が、僕の世界を、上回っている。
「ぐ、あぁぁああああああああああぁぁぁああぁぁっっっ!!!」
その無数の刃は僕の穢れた肉体を引き裂いた。
だが続く。
ただ続く。
終わりはない。
何十も何百もその刃は落下し続ける。
墜ちて来る。
僕より深い病(やみ)に。


「ちぃっ!!
 全員、もっと離れろっ!!」
俺は運びやすいアートを引きずりつつ、全員に発破をかける。
闇月だったものから墜ちて来る大量の刃。
あれが全て混沌斬だとしたら、この山が倒壊しかねない。
……というか、既に倒壊しかけている。
(さっきからなんだ?次から次へと。)
混沌竜ラピスティア。
全身混沌と化した闇月。
今も猛吹雪の先で戦ってるであろう、楽槙と魔狼。
魔狼出現辺りから、力が出鱈目に行使され続けている。
いつまでもこんな戦いが続けば。
(……この山どころか、北方の大地自体が危ういかもしれんな。)
そうなれば本格的に逃げ場がない。
空気が、空間が、キシキシ音を上げ続けているのは決して気のせいではないだろう。
いま暴れてる連中全てが七罪魔級の怪物共。
それは決して過大評価ではないだろう。
(だがラピスティアと闇月については偶然か?
 そもそも何故、奴らはああなった?)
ラピスティアは切り札を解禁したのかもしれないが、闇月にその理屈は当てはまらない。
あの混沌と呼ばれる力はカケラの源泉だったものと、同種のものだろう。
どちらも根本は同じ。
ではその共通点は?
「………」
俺は山を見上げる。
もはや倒壊が現実的になってきた、世界一高い山エバレスト。
「……成程な。」
いま俺から見える山の形。
地質学的にあり得ない形に”捻じ”曲がっている。

「……全ての元凶は、この大地そのものか。」

闇月とラピスティアの攻撃の余波で露わとなった、大地にあいた穴。
穴の底には、ただただどす黒い、悪臭と汚物が積みあがっていた。


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