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13話 地の底の1分間
目の前の”自分”が砕けていく。
あっけなく、ぼろぼろと。
しみじみと、ぱらぱらと。
(……なぁに、これぇ?)
なんか違うなぁ。
こんなものじゃない筈だ。
まだまだ私は駆けていける。
まだまだ私は飛んでいける。
だから私は”全身”で視る。感じる。
(……いる、いる、いる、いるよぉぉ!)
大きなもの。
今度こそそれは”私”か?
確かめたい。
壊したい。
抱きしめたい。
「くす、くす、くす。
あははははははははははははははっっっ!!」
私は其処に向かって駆け抜けた。
「……あれだけいた鬼共を全て蹴散らすとは。
さすがに年季が違うのぉ。」
「ほざけ。いい加減遊びは終わりだ。」
楽槙と魔狼の戦いも終盤が近いのか。
お互い相応の傷を負いながら次の攻勢に出ようとする。
だがその時。
「……なんだ?」
「?」
目の前の魔狼の視線が、疑問と共に拙僧から外れる。
今のうちに攻撃しても良かったが、まぁ気になるものは気になる。
だからそっちの方角を細目で見てみると…
「あっはははははははは!!
お前かああぁぁぁぁぁぁっっ!?」
何か小型の黒い光がこちらに向かって来る。
「……あれは、グリモア殿?ダルバック殿?
いや、そうではないか。」
感覚的に同じものと見なしてしまった理由はまだ分からない。
だがじっくり考える時間はなさそうだ。
その黒い光が腕らしきものを振るったと思うと、漆黒の刃が大量に降り注いだ。
「うぉっ!?」
今日の天気は刃の雨などと聞いておらぬぞ。
せめて予報くらいしてくれぃ。
だがよく見ると拙僧に振って来たのは流れ弾だったらしい。
「ぐおおおぉぉぉぉおおおぉおぉっっ!!」
何故ならその大半はフェンリル殿に降り注いでいた。
一撃一撃がおそらく結界や境界の先を貫くもの。
如何にフェンリル殿といえど……
「……たわけ……こわっぱ。」
目の前の魔狼の声の性質が変化した。
それを聞いて、察した。
まずい、と。
「……やれやれ、”戯れ”の”怒り”で済ませてくれなくなったぞ、黒夜叉よ。
拙僧は巻き込まれるのは御免じゃのぉ。」
まだ長生きしたいでな。
フェンリル殿の矛先が変わったのなら今が好機。
戯れたい気持ちがない訳ではないが、フェンリル殿が”あちら”の力を使うというのであれば話は別。
あの黒いのには気の毒だが、拙僧には拙僧の都合があるというもの。
さっさとこの場は退散するに限る。
「さて戒殿の方はどうなったかな。
まさかもうやられてるという事はないじゃろうなぁ?」
もしそうだったなら、まぁ、笑い飛ばしてやるか(笑)
……クソが、クソが、クソが。
僕は動きの鈍い身体を引きずりながら恨み事を呟く。
声が出せてるのかも怪しいが。
……なんでだ。今の僕は最強だ。七罪魔に並ぶ程の力を得た筈だ。
それは決して僕の過大評価などではない。
さすがにガラハド卿やダルバック様は別格としても、今の弱った主になら十分並べる筈。
それがどうしてこんな有り様で無様に這いつくばっている。
……さっきの奴はいったい?
皮肉にも頭の方は冷静になったので考えてみる。
僕の今の力はこの大地に注がれた力から生まれたもの。
……となるとさっきの奴も同じ理屈か?
だが混沌の力と上手く融和しなければ、力が馴染む前に肉体が自壊して終わりの筈だ。
これは強靭なドラゴンの肉体だからこそ成せる事であり、人間如きに成せる業ではない。
……ならほっといても自滅か。
僕はそう結論することで、先の戦いの結末に納得することにした。
惨めに敗北した屈辱などに固執する必要はない。馬鹿は大体それで失敗するんだ。
このまま大地に這いつくばっていれば、またあの方の力が僕に流れ込む筈だ。
それを待って……
「……ん?」
僕が追い詰めた筈の人間の一人が見える。名前は、確か戒。
……何をする気だ、あの人間?
激しい戦いの末、北方の大地はそこら中が穴だらけになっていた。
楽槙と魔狼の戦い。
混沌竜と闇月の戦い。
これだけ巨大な力が一度に大暴れすれば、寧ろ大地が崩壊しなかった事の方が奇跡だ。
だが奇跡など存在しない。
全ての物事には、相応の原因が存在する。
「それが……これか。」
大地に空いた穴の中でも、もっとも深いと思われる穴を見る。
その下に蠢くのは形も成していない、ただただ醜悪、汚泥の何かとしか表現できない、禍々しきもの。
(……あれが本体か?いや……)
根拠がない。
感覚は大事だが、理屈も大事だ。
感覚だけで混沌斬の無駄打ちは出来ない。
それに下手な攻撃を仕掛ければ、何が飛び出して来るか。
(そもそも此処に来た目的を考えろ。
魔狼の来襲。白竜の進化。闇月の変貌。
そんなものは全て予定外のトラブルだ。
俺たちの目的はあくまで絶命の書と呼ばれた、掌握の悪魔の本体の捕縛。
まぁ俺たちとしては破壊でも良いわけだが、何故そいつはここまでの事態になって何もして来ない。
仕掛けだけしてとうに逃げているのならば、それはそれでいい。
だが確かに此処に存在するならば。)
既に状況は不利とみなして北方から一目散に逃げるのも手だ。
だが俺たちにも時間はない。
大きな力がこの北方に集まっているこの機を逃せば、次に七罪魔と接触できる機会はもうないかもしれない。
俺はもう少し考える。
明確な根拠や証拠など確認できる状況ではない。
俺は自分の読みを信じる事にした。
(逆に考えろ。
何も”問題が起きていない”から、掌握の悪魔は表に出て来ないのだと。)
「……これ”以上”、この地に腐った臭いを撒き散らし続けるか。
下等なものどもが……」
魔狼が此処に来襲した際の発言。
これ”以上”。確かに奴はそう言った。
「さぁ、僕も知りたいのさ。
今の僕の力が、どれほどのものかをなぁぁぁぁあぁ!!!」
ラピスティアはこの力の事を知っていた。
奴は掌握の悪魔の部下だ。
裏切ったという発言が嘘だったのはとうに明白。
ならば奴はきちんと上司の言いつけを守って行動している。
「掌握の悪魔は、不確定要素を嫌います。
奴は、部下の裏切り行為なんて決して許さないでしょうねぇ。」
キラから得た情報を踏まえてもそれは明確。
全てが奴の想定を超えていないのであれば。
(……魔狼は楽槙の相手をさせるためにわざとおびき出した。
そう考えるべきか。)
闇月の変化はさすがに予想外とは思うが、奴はカケラと人間から生まれた存在。
元々この力に親和性があった。
そして”これ以上、この地に腐った臭いを撒き散らし続ける”という魔狼の言葉の意味。
それはこの北方の大地の現状そのものを指す。
更に楽槙がこの地に来たことによって、魔狼にとっての我慢の許容値を超えた。そんなところか。
俺は穴に近づく。
目も疑うばかりの黒い汚泥と混沌と悪意。
部下に任せて自分は逃げた。それをするならば手が込み入り過ぎている。
カイゼルの王女の一件。あれも含めれば猶更だ。
ならば。
「……いいだろう。賭けてやる。」
俺は鎧の中からあるものを取り出す。
パワーアップ。
ガードアップ。
マインドアップ。
バリアアップ。
まとめて一気に口にする。
そして躊躇なく穴に飛び込んだ。
(まずは一撃。)
核らしきものは見えない。
だが俺が通れる隙間さえあればいい。
(混沌斬。)
一撃目。
刃の大きさの分だけ、通り道が開く。
一瞬で他の汚泥がその通り道を埋めようとするが。
その前にホーリーブライトの巻物を放り投げる。
その光を受けて一瞬、汚泥の動きが止まる。それで十分。
そのまま開いた道を通り抜ける。
さぁ、ここからが問題だ。
奴の核が俺の想定よりも底にあれば、俺はこの混沌に呑まれて死ぬ。
更に奴は既にこの地にはおらず、逃げていると仮定すれば核自体が存在しない。ジエンドだ。
だがあの星の中心を守る結界より、深くは潜れない。
潜れるのであれば、あんな結界はそもそも必要ない。
どれだけ深くても10kmかそこら。
単純な自由落下なら、そこに辿り着くまでの時間は約45秒。
多く見積もっても1分。
1分なら俺の強化は解けない。
落下から約3秒。
通り道が狭まっている。
(混沌斬。)
底に向かって一閃。
帰り道は今は無視する。
もちろんすぐにまた通り道は狭まる。
明らかに自然の動きではない。
(この悪臭と汚泥を辿れ。
核より底に落下したら俺は終わりだ。)
この世界は”地表からの一定の位置から底にはいけない”ように出来ている。
ゆえに10km以内の地中に必ず奴はいる。
(混沌斬。)
後は同じことを続けるのみ。
僅かな位置のずれは軌道修正。
この悪意の根源を辿れ。
(人間の悪意を辿ることに比べれば遥かに楽だ。)
そう、貴様らは人間に比べて、”分かりやすすぎる”
同じ行為をひたすら繰り返し、落下から40秒が経過。
(近い。)
魔力を感じる。
地表からはまるで感じ取れなかった強大な魔力。
あれだけこの場所からラピスティアを強化していたのに、外からは何の魔力も感じ取れなかった。
そのカラクリはおそらくこう。
大地全てに力を染み渡らせる事で、自身の強大な魔力を分散。
更に混沌の壁を蓋とし、自身は底に閉じこもることで完全に魔力を遮断。
地上の方はラピスティアに見張らせ、必要に応じてその力を強化。
(策に溺れた、とは言いまい。)
混沌だらけの穴に突入するリスクを冒す輩はそうはいない。
隠蔽としては完璧に近かった。
(だが俺にも事情があるのでな。)
最後の混沌斬を放とうとして……
「やめてくれ!兄ちゃん!」
懐かしい声が響いた。
その姿はありし日の幼き聖二。
聖二は俺の腰にしがみつき、その顔を……
「”居場所を教えて”くれて感謝する。」
俺は斬り捨てた。
その行為に一切の無駄も躊躇もない。
(前言撤回だ。)
その人間にとって親しい人間を出せば、一瞬でも動きが鈍るとでも思ったのか?
聖二は既に死んでおり、こんな場所に出て来る道理は一切ない。
悪あがきに等しい行為だ。
そしてそんな事に力を使ったために。
(僅かながら魔力が漏れた。
正しく、策に溺れたな。)
これで無駄打ちの心配はなくなった。
躊躇なく、その方角に向かって全力の混沌斬を放つ。
その一撃は。
………………っっっ!!!
悲鳴らしきものと共に、その核を一閃した。
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