SS TOPに戻る 前へ 次へ


14話 空が墜ちる



「……んんんんっっ!?」
なんか調子がおかしい。
ぼろぼろと、しみじみと。
自分の身体から何かが剥がれ落ちていくのを感じる。
いやだ。やめろ。
”私”から”私”を奪うな。
そしてその瞬間。

「もー真那ぁ。
 もしかして真那は私が凄いって認めてくれないのかー?」
「え?あー、すごいよ、うん。
 君はすごいと思うよ。
 唯一の人と混沌の融合体だからね。」

ぶちり。
一気に先程までの爽快感が消え失せた。
何故だ、どうしてこうなる?
さっきまではどこまでも飛んでいけると思っていたのに。
まるで夢から現実に引き戻されたかのような、そんな感覚。
あぁ、ちくしょう、ちくしょう。

そしてようやく気付く。
我に返る。
目の前にとてつもなく強大な存在がいることに。
それは3つの首を持つ。
”黄金”の獣。
……こんなものを”私”と思うとか、どんだけ蒙昧だ……?

「……哀れな獣よ。
 こう名乗るのは不愉快だが、仮にも神獣としてこの世界に在る存在として。
 貴様に洗礼を与えてやろう。」
黄金の獣から黄金色のブレスが放たれる。
全能感を失った闇月に成す術は何もない。

「あぁ……」

その色は白かった。
またあの忌まわしい純白の景色が、私の記憶にこびりつく。
そんな理不尽な予感を感じながら、私の意識は落ちていった。


「………」
黄金の狼は、灰色の魔狼に戻っていた。
魔獣は闇月から目を背け、移動しようとする。
そのとき。
「にぃ〜〜〜〜!」
この場に似つかわしくない声。
魔狼の真上に光の球体。
その球体が割れたと思うと、赤髪のツインテールの少女が姿を現した。
「ヘ、ヘル!?
 何故貴様が此処にいる!?」
急に狼狽え始める神獣。
「な〜ぜ〜じゃない〜〜!
 それは使っちゃいけないって約束でしょ〜!
 あとヘルじゃなくてメギドだって!
 めーちゃんでもいいよっ!」
「……済まぬ。少し血が上った。」
「も〜〜〜。
 上に向かって撃ったから影響はないみたいだねー。
 下に向かって撃ってたら、お星様の結界、壊しちゃってたかもだしねー。」
「……面目ない。」
「……なんか嫌なことでもあったの?」
「……七罪魔共が臭い匂いを撒き散らしていた。
 いつまで経ってもこの地から出て行かないどころか、
 更なる悪食を持ち込んでいた。
 我慢の限界だったのよ。」
「ん〜〜??
 特に何も匂わないけど〜。」
メギドが更に上空に飛んでそう言う。
「……確かに消えたようだな。
 ならば今日はこの位で勘弁してやろう。」
「あ〜、でも”上”から何か来てるみたい〜。」
「……上だと?」
彼等が見上げた空。
……その空にあるもの。
……それは小さな亀裂。


「……ほぉ。
 どうやらまだ生きておったようじゃな。」
俺が地上に戻ってきてすぐ、楽槙が姿を現した。
……まずい。よりによってこのタイミングで。
もう気力も魔力もほぼ空だ。
いまこの場で裏切られたら。
「ほっほ。そう警戒するでない。
 それよりも。」
楽槙は俺の近くに寄って来て、俺の足元で転がるものに目を向ける。
「これはこれはグリモア殿。
 随分哀れな姿になってしまったことで。
 いやはや、まこと心からお悔やみ申し上げますぞ。」
まったくお悔やみする気のない面で、ニヤニヤ笑う。
反応は一切返って来ない。
俺の足元で転がるものは奇怪なオブジェのような姿。
例の肉塊に近くも見えるが、それに手だの尻尾だの訳の分からないものが生えてたりと、そんなものだった。
だがこれがグリモアとやらの核で間違いないだろう。
何故ならあれほど汚臭が広がっていた穴からは、もう何の嫌悪感も感じない。
捻じ曲がっていた山も既に倒壊している。
それはそれで問題かもしれないが。
「どうやら貴方も無事のようですねぇ。」
「さ、さすが旦那だぜェ。
 ワイの見込んだ男だァ。」
「きひひひひっ。
 よくやっていただけました。
 さすがはわたくしの見込んだ邪心の持ち主。」
希殺、ロイ、キラが戻ってくる。
簡単に言ってくれるが、戻って来るのも相当な命懸けだった。
詳細を語る気力も今はない。
「……何はともあれ仕事は完了だ。
 貴様にとって理想通りの結果だろう。
 約束通り、俺からの依頼にも応えて貰うぞ。」
「ぐっふっふっ、もちろんよ。
 拙僧は生まれてから今日まで一度も嘘などついた事はない。」
嘘臭いことこのうえないが、まぁいま裏切る気がないならそれでいい。
あまり長居をするべき場所ではない。さっさと……
「……戒。」
「アート?」
いつの間にか気絶から復帰していたアートが真剣な顔で言う。
……嫌な予感がする。
アートが上を見上げている。
……その空にあるもの。
……それは小さな亀裂。
……その亀裂はどんどん広がっていく。
……そして。

空は、墜落する。
何かの重みに、耐えられないかのように。


「……ハ……ハ……ハ……
 ガルガン。いつかやると思っていたがそう来たか。
 いい前座を用意してくれたではないか。」
落ちて来る。
……否。降りて来る。
「竜界の土産話でも、と思ったがどうやら不要のようだ。
 戦いの余波がここまで届いて来ているぞ。
 つれないではないか。
 だと言うのであれば。」
自然落下の物理法則を無視し、それを遥かに超える速度で。
「余の方から参戦するしかなかろう。
 そういう気性である事は十分知っておろう?」


「……まさか。」
「グ、な、なんだこりゃァ。
 なんだアレはァ!」
この場の全員が、空が墜ちる圧力に呑まれる。
それは比喩表現かもしれないが、案外的を得た表現のように思えた。
そしてその原因を生み出した存在は。
「……闘争の悪魔、だと……!
 馬鹿な、こんなタイミングで出来過ぎて……」
……いいや、違う。
「……図ってくれたのぉ、グリモア殿。
 フェンリル殿を呼び寄せるような真似。
 ラピスティア殿の強化。
 全てはガラハド殿が我慢できなくなり、”あちら”から戻って来させるための仕掛けということか。」
グリモアらしいオブジェは何も答えない。
空からの圧力は当然のようにグリモアにもかかっているようで、既にヒビが入っている。
……どのみち捕縛は出来ないように思えた。
俺の攻撃ではギリギリ崩壊しなかったが、駄目押しが上から来ている。
……つまり捕縛されるくらいなら死を選ぶということだ。
グリモアにとっての死が楽槙と同じものなのかは分からないが。
いずれにせよこうなった以上、やるべきことはただ一つ。
「全力で撤退だ!
 この北方の大地から!」
既にこちらは戦えるほどの戦力が残っていない。
そうでなくとも闘争の悪魔と戦う覚悟などこちらは用意していない。
その覚悟を持って今を生きているのはナイツだけだ。


人間たちがこの場から逃げ出す。
だが拙僧は一歩も動かない。
その行為が無駄であることは知っているからだ。
ガラハド殿が一番最初に狙ってくる相手は逃げる事は不可能。
その対象が誰になるかなど考えるまでもない。
一番愉しめそうな相手を狙って来るに決まっている。
「……ガルガン。」
人間たちがいなくなったからか、グリモア殿が声をかけて来る。
「あの娘に夢の世界の記憶を”戻した”のは貴方ですか?」
拙僧は何も答えない。
「月詠夜夜子と共に貴方は何をしていた?
 ウルイエルや遊ぶ者がいた事は知っている。
 その目的はなんですか?」
拙僧は何も答えない。
「………」
グリモア殿は無駄と思ったか、何も声をかけて来なくなった。
そしてその僅かな間に、ガラハド殿は既に大地に降り立っていた。
それに遅れて空”だったもの”が辺りに落下し、大地を破壊していた。
壊した筈の空が後から降ってくるという不可能現象。

「久しいな、ガルガン。」
「うむ、うむ。
 ガラハド殿も相も変わらずじゃのぉ。」
それは普段と変わらない、変哲もない会話。
「竜界の戦争は実に有意義だった。
 強かったぞ、あちらのドラゴンは。
 大将軍が三体も離脱してるにも関わらず、あの戦いぶり。
 さすがは最強の生命を誇るだけの……」
「竜界などに何をしに行って来た?」
ガラハド殿の話にグリモア殿が割って入る。
ガラハド殿は、あぁいたのか、といったような風で。
「余にはこんな奇怪な物体の知り合いなどいないのだが。
 まぁ今の余は機嫌がいいので答えてやろう。
 魔黒隻には余の旧魔がいてな。
 貴様と違って話が分かる男だ。
 久々にドラゴン殺しの数を競ったりと愉しい日々であった。」
ガラハド殿は珍しく上機嫌だ。
一縷の望みがもしかしたらあるのかもしれない。
グリモア殿は特に何も返さない。
ガラハド殿の話に興味がなくなったのだろう。
「……貴様から聞いておいて無視か。
 まぁいい。貴様はさっさと死んで次の時代の準備でもしていればいい。
 さてそんな事よりも……」
ガラハド殿から莫大な力が流れる。
拙僧に向かって。
……あぁ、まぁ、一縷は所詮一縷よな。
「”今回の”貴殿は敵対したのであれば、遠慮は要らぬよな。
 さぁ、始めようではないか。」
「ふぅむ。せめてダメージを回復したいのじゃが。」
したところで無駄だと分かってはいるが。
「その間に貴殿は逃げるであろう?
 どのみちエイプリルもいないし余では回復が出来ぬ。
 諦めよ。」
まぁそうさな。
既に詰みだ。
ならば。
「やれるだけやるとするかのぉ。
 人生の最期に大暴れ、というのも別に嫌いではない。」
愉しむまでよ。
盛大に、な。

「……だったら。」

拙僧の周囲に結界が張られる。
これは、物理結界か?
だがそんな事よりも。

「私も混ぜてくださいよ。楽槙様。」

拙僧の隣に。
夢で見た、いつぞやの娘。
その成長した姿が其処にあった。


SS TOPに戻る 前へ 次へ