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16話 憩いの地
西方は砂漠が多い地域だが、勿論それだけではない。
砂漠から少し離れれば、過ごしやすい場所もそれなりにはある。
かつて巡真那とかいう人類史上最大の善意災害はそんな場所の一つにこの地を作った。
それが。
「あ、聖一さんだー!」
元気な少年が俺の元に駆け寄ってくる。
俺は軽く挨拶をした。
「アートさんも、仕事は終わったんですか!?」
「……えぇ、まぁ。」
アートはめんどくさそうに適当に返す。
いつも通り、非常につまらなそうな顔で。
「聖女様にお会いしたいのだが、
会えるかな?」
「あ、はいっ。
大丈夫だと思いますよ!」
聖女の結界で守られた、人々の憩いの地。
セリアリア。
「……2年ぶり、か。」
俺は久々に訪れたセリアリアの地を歩く。
いつ見ても穏やかな場所だ。
生活水準は(当時の)下層以上、中層以下といったところだが。
人々は穏やかな笑顔で畑を耕し、子供達は屋根もない学校で学んでいる。
もしかしたらこの地の存在は真那唯一のまともな善行かもしれない。
……いや、それは今の聖女に失礼極まりないな。
……”今の”という表現すらとてつもない侮辱に感じる。
俺は心の底からそう思った。
西方、北方と楽ではない戦いが続いた。
特に北方で俺が受けたダメージは小さくない。
混沌の穴に飛び込む等という無謀をやらかしたのだ。
自身でも感じている身体の違和感。
何らかの後遺症が残ってる可能性がある。
此処に来たのはその治療のためでもある。
「……それ”だけ”が、目的だと思いたいですね。
私は。」
アートは不機嫌さを隠しもせずにそう言った。
セリアリアの神殿。
かつて真那が自分の目的のために造り出したもの。
今では単なるこの村の象徴に過ぎず、誰も中に入る事は出来ない。
刹那が破壊した暗号魔法の扉が復活したためだ。
真那も刹那もいない今、よほど強引な手段でなければ出入りは不可能だろう。
だがそこまでする程の価値はこの神殿にはもうない。
こんな神殿は、このまま朽ちてしまえばいい。
俺は心の底からそう思った。
「……さて。」
「道草多いですね。」
「聖女はまだ治療中とのことだ。
それが終わるまでは仕方あるまい。」
アートは相変わらず不機嫌だが知った事ではない。
だがそのとき。
「聖一さんっ!」
鈴を転がすような声が聞こえた。
美しい響き。
そこにいたのは。
「大きくなりましたね、聖女様。」
そこにいたのは、子供とは思えぬ美しい少女。
カイゼルの王女よりも更に幼い、だが意思を感じる瞳の少女。
俺は恭しくお辞儀をした。
棒立ちで立っていたアートにも、無理矢理お辞儀をさせた。
「せ、聖一さん!?
”その”怪我は、いったい……」
……まさか一目で見抜かれるとは。
聖女は事情を察したのか、すぐにまだ幼い顔立ちを切り替え。
「見せてください。すぐに診察室に。」
「……ありがとうございます。」
その態度から子供らしさは一切感じられない。
「………」
そしてアートは露骨レベルで不機嫌になった。
「……聖一さん、何があったんですか?」
聖女は真剣な表情で上を、俺の方を向く。
「何が、とおっしゃられましても。
それは、私のプライベートですので。」
「……胸の方に、とても禍々しい黒いものが出来ています。
それが何かは、分からないのですが……」
例の混沌とやらだろう。
詳しい説明をしないと治療は出来ないか、いやおそらくは。
「……ごめんなさい。私の力では、治せません。」
「……そうですか。
申し訳ありません。無理を言いました。」
「いえ……」
聖女は申し訳なさそうに、手を強く握りしめている。
気にする必要はない。などと言う資格は俺にはない。
「………」
アートは黙っていたが、不快感を露わにしていた。
後で仕置きだなという事だけ考えて、俺は診察室を後にした。
「明日にはこの地を出る。
そのあとは再度、結界魔法の使い手を……」
俺は親切にもあてがわれた部屋で、軽く方針を話そうとしたが。
「……何しに来たんですか。
時間の無駄だったじゃないですか。」
アートは二人だけになった瞬間、その不快感をそのまま口にした。
筋違いも甚だしい。
「黙れ。貴様の今日の態度はなんだ?
貴様の態度は、俺の評価にもつながる。
貴様の存在意義は、眺める者が持つ知識。
それだけという事を忘れたか?」
「知識、ねぇ……」
アートはそれを聞いて何かを考える素振りをして。
そして、ニヤリと笑った。
久々に見る、異形の笑み。
俺の嫌いな超越者の笑みだ。
「まさかこれを話す”許可”が出るなんて。
なら戒の望み通りにしてあげましょう。」
「……なに?」
驚くフリはしつつも、俺はアートからの情報に耳を傾ける。
「あの”少年”は、今の虚偽の悪魔の人間体ですよ。」
「………」
アートは今日の鬱憤を晴らせるかのようにそう口にした。
だが俺の反応がなさ過ぎると感じたか、すぐに疑問顔になる。
「……まさか、知っていたんですか?」
「つい最近だがな。」
「……つい最近。となると暴虐から聞いたんですか?
戒と奴の会合には私も参加してた筈ですが……」
「いや違う。
その情報を俺に伝えたのは掌握の悪魔だ。」
「は?」
結局、素っ頓狂な顔をする羽目になったのはアートの方だったようだ。
それはあの混沌の穴から脱出してすぐ後のこと。
俺は地の底から奴もろとも放り出された。
具体的にはドラゴンメテオ、トルネードソングの巻物、風の結界を合わせた応用技による結果だ。
まぁその組み合わせでどんな無茶な脱出をしたかは、想像に任せる。
「……これで貴様は終わりだ。
奴の気配が近づいている。
楽槙……暴虐の悪魔がもうすぐ此処に来るな。」
「………」
俺の言葉に対し、何か返してくるなど俺は考えてはいなかった。
だが奴は意外にも。
「……成程。
貴方の目的はあの星の中心の結界ですか。
ならばカイゼルの方の力は既に手に入れたのでしょう。」
まさかの返答があった。
ならばこのまま少しでも情報を引き出そうと考え、黙って先を促す。
「……だが無駄です。
ダルバック……醜悪の方は1000年前の戦いで非常に強固な封印がかかっている。
私をもってしても今は封印解除の術がない。
それはつまり、貴方の方からも手出しをする事が出来ないということ。」
封印はいわば世界からの断絶だ。
大きく分類すれば、結界魔法の一種なのだろう。
向こうから手出しが出来なくなる代わりに、こちらからも手出しが出来なくなる。
つまり醜悪の悪魔を倒す事は事実上不可能。
「……となるとガルガンも含め残り5柱は全て倒さなくてはいけない。
カイゼルの力では1柱分しか代用できない筈。
ですが見つけているのですか?
最後に残った虚偽の居場所を?」
見つけていない。
現状、一切の情報がない。
俺の無言がそのまま回答と受け取ったか。
「……あの巡真那が生み出した地、セリアリア。
そこにいるでしょう。
今の虚偽を受け継いだ人間が。」
「……なんだと?」
俺はそれについて問い詰めようとするが、そのすぐあとに楽槙がやって来た。
それ以降、奴は俺と口を利くことはなかった。
「……正直、信じられませんね。
奴がそんな情報を教えるなんて。」
アートはびっくりしているが、俺は奴があの情報を話した理由について一つ推測を立てている。
「そうでもない。
奴は七罪魔の司令塔なのだろう?
だがセリアリアの聖女は拷問されても奴の言いなりになどならない。
そう考えたらどうだ?」
「……あぁ、言いなりになる奴が欲しいってことですか。」
「だから俺に殺して欲しいのだろう。
とはいえあの白竜でもこの村に差し向ければ殺せそうではあるが。」
このセリアリアには聖女がかけた結界があるが。
七罪魔なら突破できないという事はないだろう。
そこまで急を要した訳ではなく、単に手間が減るから程度の理由かもしれん。
「まぁ掌握はもう死んだ。
奴の意図など今更どうでもいい。
問題は……」
「問題?何が問題なんですか?
あのガキを殺せば終わりじゃないですか。」
アートはあっけなくそう言った。
だが俺は何も返さない。
少しの沈黙が流れる。
……だがそれも一瞬。
アートは今度こそ不快感を今までにないレベルで露わにした。
「……は?
は?は?は?
まさか、殺さないとか言ってる訳じゃないですよね。
どういう意味ですか?世話になったからとか?」
「今はまだその時ではない。
それだけの話だ。」
「今はまだ……?
なんっじゃそりゃ。
醜悪を倒す事が不可能になった以上、残るターゲットは虚偽と闘争のみ。
闘争についてはそりゃ困難ですが、虚偽を殺すのはとてつもなく簡単になったでしょう。
この絶好の機会を逃すなど、戒とは思えない……」
「黙れ。
貴様の方こそ冷静になれ。
貴様はただ単にティーナが気に入らないだけだろう。」
俺は殺意と共にそう返した。
ティーナ。”彼”の、そして聖女の名前。
そういう事になったのにはいろいろ厄介な事情がある。
何故ならばそれは俺の父の……いやそんな事はいい。
「そもそもが疑問だ。
掌握の悪魔は、虚偽の力を受け継いだ”人間”と言った。
つまりティーナを殺したとして、それがイコール虚偽の悪魔を殺した事になるという根拠がない。
もしそうでないのであれば、まったくの無意味な殺人だ。
それが掌握の悪魔の目論見通りであったなら、輪に増して最悪だ。」
「……それでもいつもの戒なら、試しに殺すくらいするのでは?」
「俺が殺すと誓ったのはあくまで悪辣な超越者全てだ。
シリアルキラーの類と一緒にするな。」
ぐ、とアートは口ごもる。
だがそれでも、と言わんばかりに。
「……あの林檎とかいう子供には毒を盛ったじゃないですか。」
「比較対象にもならんな。
奴は暴虐の悪魔の手駒として、巡教会本部の人々を殺す手助けをした。
無論そうなると分かっていて。
俺は子供だから、女だからという理由で容赦をする気は一切ない。
今更こんなくだらない事を説明させるな。」
今度こそアートは押し黙った。
自分が眺める者として出過ぎた事にようやく気付いたか。
「仮にティーナを殺すとしても、
それは闘争の悪魔がナイツに倒された後だ。
この決定は”基本的に”覆す気はない。」
倒された、などと軽く言ったがナイツが勝てる保証などない。
ティーナの事などより、残った最難関は間違いなく闘争だ。
ナイツが負けた場合、闘争が疲弊した直後に奴に挑む以外、俺たちに勝ち目はない。
「話は終わりだ。
明日までに頭を冷やさなければ貴様を殺す。
いいな。」
俺はその一言で話を強引に切り上げた。
その日は、そう。
俺も少し不機嫌だったのかもしれない。
だが、だからと言って、そう。
「………?」
……こんな偶然が、あるものか?
どうしてこの村に?
「……馬鹿な……」
俺は信じられないものを見たかのように驚愕していた。
楽槙の時も、魔狼の時も、混沌竜、掌握、そして闘争の時でさえもこれ程の驚きはなかった。
そこにいるのは、そう。
ただの変哲もない老人だ。
北方で出会った強大な存在たちに比べれば、いや比べるという発想すら普通は湧かないだろう。
だが。
「何故、此処にいる……?」
俺にとっては、違う。
「封座……聖磨(せいま)……!?」
それはとうに死んだと思っていた……
”見た事もない顔”の、俺の父だった男だった……
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