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26話 彼等だけの戦い
その日。
人々は夜も眠れぬ時間を過ごした。
空から降って来るものが魔物のように見えた者もいた。
それどころか夜が訪れるだけで縮こまる者も。
闘争事変から10年。
その時間は当時の雨のように降って来た魔物の恐怖を忘れる程の長い時間ではない。
だがだからこそ、人々はこの世界の現実を認識する事が出来たのではという意見もあるが。
そして朝の6時。
北方の近くで待機していた国の部隊が戻って来た。
彼等はあくまで結末を見届けるための部隊に過ぎない。
国民はまだ戻って来たという事実しか分からない。
国からの正式発表まではまだ時間を要するだろう。
だが既に。
希殺は戻って来た部隊の兵士からその情報を入手していた。
その結末。勝敗について。
僕は先日の店の中に入る。
中には誰もいない。
既にこの店の人間は避難している。
人類の勝利を信じて避難しない者は約3割。
それ以外の7割は国が用意した避難指示に従っている。
決してその指示を強制はしていないとはいえ。
3割。
大した数字だと思う。
騎士達はそれだけの人々に勇気と希望を与えたということだ。
「……どうやら。」
僕はその姿を確認した。
「まだ生きているようですね。」
魔女エイプリルは先日と同じ席に座っていた。
だがその姿は壊れた機械のように明滅を繰り返している。
既にこの魔女の本体は死んだのだろう。
「……あいかわら、ず、いい度胸よ……」
魔女は掠れた声で喋る。
僕は先日と同じ席に座った。
「残念ながらお店の方がいないので、
今日は先日みたいに奢る事は出来ませんが。」
僕は手に持っていたものをテーブルに乗せる。
「これ位は差し入れしてあげましょう。
なにせ貴方の命日ですし。」
ドーナツが3つ。
この魔女にとっては物足りないだろうが。
「……そんな事は、どうでもいい……」
魔女は掠れた声で喋る。
まぁ僕もお菓子の差し入れをしに来た訳ではないが。
「戻って来た部隊から結果を聞きました。
国が発表する頃には貴方はもう消えているでしょうから。」
「………」
「勝利ですよ。人類の勝利です。」
僕は端的に結論だけを魔女に告げた。
賭けは僕の勝ち。
”騎士達”が勝ったかはさておき、”人類”は勝利したのだから。
「………」
魔女は何も言葉を発さない。
おそらく情報の真偽を疑っているのだろう。
「間違いだと思いますか?」
「……あたりまえ、だ。
所詮その者たちも、現場にいた訳では、ないのだろう……?」
「それはまぁそうですが。」
謡さんの遺作の数々によって、その戦いを監視する体制は十全に整っていた。
”生存者がいない”という状況に備えて、闘争の悪魔が倒されたか否かを確認するために。
彼等はそのために準備された部隊であり、そこに抜かりはない。
「僕は彼等の情報の精度は97%程と見ています。
少なくとも今日まで一度も情報に誤りはありませんでした。
ただまぁ現場が現場なので。」
「……100%でないのであれば、間違いだ。
そうに、違いない、わ……」
強情な魔女だ。
そんなに賭けに負けた事が気に入らないのか。
「そんなにも……」
それとも。
「自身の怠惰が認められませんか?」
もしくは。
「貴方もかつては運命に挑んだのでしょう。きっとね。
貴方の反応は分からされた人間によくあるものだ。」
ならば。
「自分達が成せなかった事を、この時代の人間が成せてしまった。
それを認める事が出来ないのですか?」
「……っっ!?」
魔女は図星とばかりに。
明らかに狼狽した。
またあれこれ言い訳が続くのかと若干億劫に感じていたが。
「……何故……」
そこにあったのは。
「……どうして、”今”なのじゃ……
妾たちの時代では、なかったのじゃ……
どうして、どうして……?」
疑問か。
後悔か。
懺悔か。
「……夜子殿……
何故、貴方はあんな事をしたのだ……
貴方さえ共に戦うことを選んでいれば……
きっと……」
この魔女が吐き出している感情。
それを的確に表す言葉は僕には分からなかった。
「……アイ殿と……貴方さえいれば……
きっと、我等だって……
何故、何故、何故、何故なんじゃああああああっっ!!」
この魔女の事情は知らないし。
僕から見れば負け犬の遠吠えに過ぎない。
ただまぁ。
「哀しいなぁ。
本当に。」
こうなってしまった人間は。
ただ終わった過去を嘆くことしか出来ない。
この魔女は過去の自分を残せると言ったが。
だったら何故、その悲劇の元を絶とうとしなかったのか。
(もう見たくないからだ。
何度も同じ悲劇を。)
耐えられなかった。
それだけの話。
たとえ過去に戻れても、また同じ悲劇に直面しなくてはならない。
やり直せる可能性があるならそれでもまだ立ち向かう事が出来るかもしれないが。
(その可能性を、この魔女は見出す事が出来なかった。
憐れなものです。)
僕は席を立つ。
もう間もなくこの魔女は消えるだろう。
正直あれとのやり取りで僕が得たものなどなかったが。
(ああはなりたくないな。)
それだけは強く思った。
だから。
「行きましょうか。
僕たちだけの最後の舞台に。」
僕”自身”の英雄劇を紡ごう。
夢を託す時間は、もう終わりだ。
国からの発表を聞いた人々は。
心から、英雄達の勝利に安堵した。
心から、自分達が生還した事を喜んだ。
魔物や悪魔に怯える時代は終わりを告げる。
それはこの時代の終わりであり、新たな始まりでもあった。
「…………」
北方の大地。
猛吹雪が止まない、極寒の大地。
そこに一人の男が地面に這いつくばっていた。
少しずつ、その身体を前に進めながら。
(……思考が、まとまらない。
戦いは、どうなった……?)
ずるずると。ずるずると。
少しずつだが前に進む。
鎧はあちこちが砕けており。
その鎧の隙間からはみ出るものは血と骨。
もしくは、それ以外の何か。
(……だが、まだだ。
まだ、死ねん……)
ずるずると。ずるずると。
男は前に進む。
ただただ、前へ。
だから。
「………」
私はその男を担ぐ。
……あぁ、思った以上に重いな。
「……戦いは、人類の勝利です。
こんな事になるなんて思っていませんでした。
……でも、勝ったのでしょう?
どういう戦いが行われたのかは、知りませんが。」
戒からの反応はない。
反応を返す余力がないのだろう。
だがその眼から感じられる意思だけは尚も健在だった。
足取りだけは、ただただ、前に向かって進んでいる。
「……ならば今更、語ることはないでしょう。
さぁ始めましょうよ、戒。
最期まで、その姿を、眺めさせてください。
貴方はあの方を、母を殺すのでしょう……?」
私達は牛歩のような足取りで国への帰還を果たす。
時代は、変わる。
七罪魔5体の撃破という異常事態。
それがどれ程の快挙なのか、それを”本当の意味で”理解している人間はおそらくいないだろう。
4体までなら幸運が重なれば、奇跡が重なれば、まだあり得ること。(実際今回も七罪魔同士の諍いの要因が大きい)
だが5体以上ということは、その中に闘争か醜悪のどちらかが含まれるということ。
奴らには、奇跡などでは対抗できない。
ならばそれを成したのは、間違いなく人類の力だ。
それは、そう。
人類が、世界が用意した悪役を上回ったという何よりもの証明。
この世界は、物語から脱却する。
もう、そういう準備が”内では”進んでいるはず。
だからそうなる前に。
「世界の中心に行き、攻め滅ぼしましょう。
これは貴方達だけの、戦いです。
人類の歴史になど、刻まれたりはしない。」
療養中の戒の前で私はそう呟く。
誰にも、世界にも、刻まれる事のない戦い。
でも私だけは、そう。
その戦いを眺め続ける。
この身が塵と、消えるまで。
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