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9話 平穏の終わり



カデンツァ魔法学院にはその区画内だけでもいろんな建物が存在する。
生徒や教師が一般授業等を行う棟。
実地試験等を行う棟。
生徒の寮となっている棟。
学院長はじめ教員が集まる棟。
そしていま俺たちが集まっている場所は。
「す、すげー……」
「う、うわぁ……」
ガライと詩織が感動の声を上げる。
そこには屋台と呼ばれる小規模なお店が沢山並んでいた。
その売り物の殆どは食べ物である。
「好きなものを買ってけよ。
 今日は俺の奢りだひよっこ共。」
「ま、マジですか!?
 ありがとうございます!」
教師の奢りとは事前に聞いていたが、この数を見るとなかなか太っ腹と感じる。
下層に住んでいた俺ではお目にかかれないようなものもある。
「しかしながらラーク先生。
 貴族である私が奢ってもらうなど……」
「そう言うなキリング。
 今日は俺の奢りだって言っただろ。
 人の好意は素直に受け取っておくべきだぜ。」
キリングはお金を持ってる側だろうからか、少々遠慮がちだ。
ちなみにコダマは真っ先にあちこちの屋台で買い漁っている。
「お金がないのよ。
 貧乏村だからね。
 貰えるものは貰うわ。」
「あっそう……」
切実だった。
先程まで試験で戦っていたとは思えない程、みんなはしゃいでるように見えた。
だが俺は。
「なんだ?
 お前は買わないのか、聖二。」
教師が声をかける。
確かに下層時代の俺なら奢りと聞いたら真っ先に買い漁るか、何か罠ではないかと疑っていたことだろう。
だが今の俺には……
「……俺には、やる事があるので。」
あんな風にはもう出来ない。
時の狭間を経ていま俺は、俺たちはこの場所にいる。
成し遂げなくては、いけないんだ……
「……そうか。
 まぁお前にどんな責務があるのかは俺は知らねぇが。」
ただなんとなく、と。
「これは俺の直感だが。
 お前は一人で抱え込み続けて、立ち続けていられるような人間じゃねぇ。
 出来ること、出来ないこと、いろいろあるだろう。
 お前だけでは出来ないことがあるなら、周りを頼ってみるのもいいんじゃねぇか?」
「………」
……頼る。そうだ。
俺は此処で名声を高め、力になってくれる協力者を集めなければならない。
こいつらになら、そう。

……話しても、いいのだろうか?

そう考えたところだった。

ドォォォォォォォォン!!!

「……な、なんだっ!?」
「な、なに、なにっ!?」
突然の爆発音。
動揺する周りの人々。
だがその爆発音は遠くから聞こえたもののようだった。
「おい、今の爆発はなんだ!?」
ラークが大声で問い詰めるように叫ぶ。
おそらく魔法通信機で話してるのだろう。
「……なんだって?
 おい、よく聞こえねぇぞ!」
近くでその様子を見ている俺やキリングにも緊張が走る。
「……魔導研究所が、爆発……?」
ラークの顔が青ざめる。
それは、確か……
「……危険な魔物を収容し、研究してる施設。
 まさか……っ!」
キリングも事態の深刻さを感じ取る。
だが俺はもっと悍ましいものを確かに見た。
「……あれ、は……」
そしてそれを見たのは俺だけではなかった。

「な、何、あれ……?」
「う、うわぁあぁ、ああぁぁぁ……」

爆発音の方角から見える異質で、巨大な、何か。
それは蔦のような、植物のような、否。
だが俺は、”それが何かを知っている”

ドォォォォォォォォン!!!

そして更に爆発音。
その場所はおそらくまだ遠い。
だが次から次へと、その爆発音は止まずに響き続ける。
その音は、どんどん近くなる。
「ラーク先生!
 この状況は、いったい!?」
「……っ!?
 全員ばらけるな!
 一か所に集まるんだ!」
ラークが声をかけるが、人々はまだパニックに陥っている。
「せ、先生っ!
 詩織がどこにも、どこにも見当たらねぇんだっ!」
「わ、私達の方も、コダマさんが……」
「落ち着け!
 まずは順番に話せ!」
ガライ始め、屋台で買い漁っていた生徒達が戻って来る。
詩織やコダマが行方不明?
いいや彼女等だけじゃない。
「……ど、どこ?
 さっきまで、確かに……」
「お、おい、どこ行ったんだ!おま……」
その時だった。
パニックに陥っていた一人の女子生徒の身体が突如。

ぎゅるり

掻き消えた。
それは一瞬過ぎて、何がなんだか分からなかっただろう。
だがその女子生徒の一番近くにいた男が。
「う、うわああぁぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁっっ!!」
「おい、どうした!?」
男が叫ぶ。
何か恐ろしいものを見たという形相で。
「い、いま……ずるりと……
 あいつが、し、下、下に……」
「お、おい、落ち着けっ!!」
「……っっ!?」
俺は走った。
後ろからラーク教師の声が聞こえるが、無視する。
俺にはそれを視認することは出来なかった。
視認できなかった理由は何か?
答えは単純。単に"速すぎる"からだ。
だが俺はその現象を知っている。
初めてではない。
いいや、それどころか。

”何度も”見ている。

(……引きずり込まれたんだ。
 いなくなった奴等全員。
 あの化物に。)
地の底に一瞬にして引きずり込まれた。
そして人々が消える頻度はどんどん早くなっていく。
僅か数分たらずで周りの人々が次から次へと消えていく。
俺は走る。
周りを見ないフリをして走り続ける。
向かう先は一番最初の爆発音があった方角。
魔導研究所と呼ばれる場所。
(……ちくしょう。
 なんで、どうして……?)
どうしてこの場所で、出て来る……?
まだ、早い筈だろ……?

忘れていた、わけじゃない。
だが、それでも、どうして、とそう問い続ける。
そんな答えが、返って来る事など、ありえないのに。

魔導研究所の場所を俺は知らない。
だが場所など知らなくても、”それ”は一目瞭然だった。
巨大な、醜悪な、あらゆる悪意が密集したその怪物。

「……七罪魔……醜悪の悪魔ダルバック……っ!!」

俺は怪物の前に姿を現す。
……現わして、それでどうなる?
……連れ去られた人々を、助ける?

なぁ、俺がそんなヒーローになれない事など、分かっているだろう?

「ふ、ふぅ……
 なんとか私も、役に立ててるのかなぁ……」
「あぁ、大助かりだぜ。」
「よ、良かった……えへへ。」

無駄だ。もう生きていない。
見るな。余計なものを。
考えるな。余計なことを。

(……だが、それでも……)

俺は足を止めない。
前に踏み出す。
あの化物の前に。
……だがその前に。

俺の姿は、その場から、消失した。




俺が目を覚ました時。
その周りにあったものは瓦礫の山だった。
もしくは、そう。
人であったものが、散らばっているだけの。
ただの……

「……哀音。」
俺の背後に立っていた少女の姿に気づく。
彼女は無言で俺のことを見ていた。
何をされたかなんて分かっている。
俺は哀音によってテレポートさせられた。
そしてその場を離脱した。
だから俺は助かった。

(……どうして?)
喉まで出かかった言葉をなんとか抑える。
どうしても何もない。
あの場で俺に出来ることなど何一つなかった。
そして今の、いいや先程までの俺は。
このカデンツァにおいて周りに認識された、今を生きる人々に近い存在になっていた。
つまりそれは。
あの化物に殺されたら、俺はそのまま戻って来れなくなる可能性を示す。
生身の人間なら、死んだらそこまで。
だからそうなる前に、俺は生身の肉体を放棄した。
哀音がしたのは、そういうことだ。

「………」
俺は瓦礫の山を見回した。
あの屋台の喧騒からどれくらいの時間が経ったのだろう?
分からないが、それほどの時間はきっと経っていない。
一瞬。
人の営みは奴等の気まぐれ一つで一瞬で消え逝く。

「………」
そうだ。
忘れるな。
奴等の自儘を許すな。
たとえ俺の何を犠牲にしたとしても。

「……っっ!!」
そう。
それはもう何度も行った決意であり。
慟哭であり。
二度と繰り返したくない、光景で。

「………」
哀音は俺を慰めたりなどしない。
ただ無言で返すだけだ。
リオンの奴も同じ反応をするだろう。
それでいい。
それが俺たちがこれからも永遠と続ける。
終わりなき輪廻の地獄なのだから。

その日。
人類の世界地図から魔法使いの都カデンツァの名は消えた。


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