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16話 魔女の家



「ふんふん、ふ〜ん♪
 さーて、そろそろ頃合いですかねぇ♪」
私はそれなりに良い気分で洞窟の入口に立つ。

「そうだけど、それは今はいいの。
 コダマちゃんと一緒に来た黒髪の男、いたでしょ?」
「あー、そうでしたっけぇ?
 いちいち全員の顔なんて覚えてないですけどぉ。」
「その男、明日の放課後に尾けておいてくれないかしら。
 勿論報酬は奮発するわよ。」
「……ふーん。」

アンヌ・ポルクスは私に聖二という男を尾行するように頼んだ。
だが言葉が足りなかったな。
尾行は確かにした。
けどそれはまだ続いている。
おそらくあいつはあの聖二とやらが自分のところに来たら、捕縛なり始末なりしろという意味で言ったのだろう。
(そんな都合よく解釈してあげる訳ないでしょぉ?
 ここはちょっとばかし遅れて、
 恩を感じさせておかないと。)
あの男が此処に入ってからそろそろ30分くらいか。
頃合いだ。
「……え?」
光。
突然、私の目の前が光に満ちた。
その光は。
「くぎゃぁっ!?」
私に向かって放たれた。
不意を突かれた私は後退する。
「な、なんですかこれはぁっ!
 そこに誰かいるのかぁっ!」
私は剣を構える。
だがそこには何の姿もない。
気配すら感じない。
「……姿の見えない亡霊さん、って感じですかぁ?
 何がなんだか分かりませんが。」
私は先ほどの光の発生地点めがけて跳ぶ。
そのまま剣を振り上げる。
「ここだっっ!!」
手ごたえが……ないっ!?
そして今度は。
「う、上からっっっ!?
 あ、あばばばばば……っ!」
上空から小型の雷。
く、麗しきメイクさんのお肌になんてことを。
こうなればもう遊びは終わりだ。
「本気で相手してやろうじゃないですかぁっ!!」


(……まずいな。)
いうまでもなくメイクに攻撃を仕掛けたのは、敵の援軍防止のために洞窟の入口に待機していた天衣魔縫ことリオンである。
彼は牽制の意味で先程の攻撃を放ったのではない。
それなりに本気の攻撃をしたつもりだった。
だが。
(この程度の相手に、然程効いていない。
 つまりこれがいま私が出せる力の限界、ということか。)
時の呪縛による影響。
それはこのメイクという女を攻撃すればするほど、強くなっていた。
だんだんと自分の身体が不自由になっているのを感じる。
それでも相手の攻撃に対応するだけなら問題はないが。
(肝心の攻撃が大して通っていない。
 攻撃の成果がないと分かれば、奴はこの場を強引に通り抜けてしまうだろう。)
つまりは時間稼ぎが関の山。
その前に聖二と哀音が決着をつけてくれると良いのだが。
このペースでは哀音の方も聖二を何度もサポートする事は出来ないだろう。
(……しくったな。
 実際に攻撃という形で、私や哀音が介入するのはこれが初めて。
 以前までの周でどの程度影響があるか検証しておくべきだった。)
時の呪縛の影響は予想を超えている。
正直、不可解ですらあった。
何故ならば。
(封座聖二は動けている。
 前の周も、今回も、何の問題もなくこの都の者たちと接触することが出来ている。
 実地試験とやらの時も特に自分の行動に不自由は感じていないとのことだった。)
もちろん哀音の作った強制認知の札の効果ではあるだろう。
封座聖二が私や哀音より力で劣り、呪縛の影響が小さいという理由もある。
だがそれにしたって介入”でき過ぎ”ではないか?
(……何かあるのか?
 封座聖二がこのカデンツァ内で介入しやすい理由が。
 もっと根本的な要因が。)
そんなものがあるのなら、最優先で判明させておきたい。
封座聖二しかまともに介入できない状況を脱することさえ出来れば、打てる手は大幅に増える。
だがいまはこの女を出来るだけこの場に留めることが最優先だ。

……ザッ

だがそこにもう一つの気配。
(あれは……)


(……ち、暗いな。
 夜の中で明かりがついてないんじゃそりゃ当然だが。)
俺は昨日に引き続き、この魔女の家に足を踏み入れていた。
アンヌ・ポルクスはこの家のどこかにいる筈だ。
奴の魔法が発動してる以上、その潜伏先はこの家以外ありえない。
(人の気配はある。
 だがなにか違和感が……)
「ふぇ!?」
「……は?」
突如響くやや幼げな女の声。
声の方を振り向くと予想に違わぬ形でその娘はいた。
「だ、誰……?
 あ、貴方は誰なんですかぁ……?」
女は目に涙を含みながら、びくびくと俺の方を指さす。
見るからに気弱そうな小柄な女。
髪は緑がかった黒髪。
……見覚えはない。少なくとも同級生にこんな女はいない。
だがどことなく誰かに似てる気がした。
(……アンヌ・ポルクスの関係者?
 此処にいるならそうだよな。
 どうする?)
雰囲気で油断させているという可能性もある。
アンヌ・ポルクスが魔法で作った分身?いや確かに人の気配を感じる。
……あまり気は進まないが人質、という形にしたらどうだろうか?
「お、俺は聖二って言う。
 昨日此処に来たときに忘れ物をしてな。
 探しに来たんだ。」
「わ、忘れ物、ですか……?」
俺は出来るだけ愛想よく振舞ってこの場をやり過ごすことにした。
こんな見るからにトロそうな女を人質にするのも気が引けるし、あの女に人質が通じるのかも分からない。
「じゃ、じゃあお姉ちゃんのお客さん、ですよね……?
 でもお姉ちゃん、いま出かけてまして……」
「……お姉ちゃん?
 それはまさか、アンヌ・ポルクス……いやアンヌ先生か?」
「……ふぇ?
 は、はい……」
じゃあこいつはアンヌ・ポルクスの妹?
だったら人質としての価値がある?
そもそも出かけてるとはどういうことだ?
「な、成程な。
 ま、まぁもう少し探させてくれないか?
 あとちょっとで見つかりそうなんだ。」
「……え、えっと……でも……」
「頼むよ。な?」
俺はなんとか頼み込む形になる。
これで駄目なら無理矢理おとなしくさせるほかないが。
「わ、分かりました……
 ちょっとだけなら……」
「サンキュー!」
俺はなんとか好漢を装って承諾を得た。
女はその場から動かず俺のことを観察してるようだが、この際もう構うまい。
そんなことよりも。
(……なんでアンヌ・ポルクスは出て来ない?
 けどそれなら……)
少しでもあの女の情報を。
……醜悪の悪魔が此処から呼び出された証拠を、何か見つけなければ。
俺は軽い火を灯して明かりをつける。
この位の魔法なら今の俺でも使える。
(……あれは?)
奥の部屋。
そこにあったものは。
……悍ましき、形容し難い肉の塊。
(……ビンゴ!
 これを見間違う訳がねぇ!)
醜悪の悪魔ダルバックの肉片である肉塊。
動いてはいないが間違いない。
哀音の魔力探知が正しかった。
俺は何枚か写真を撮っておく。
アンヌ・ポルクスの妹に怪しがられてるとは思うが、気にしてはいられない。
(……よし、成果は十分だ。
 あとは此処から……)

「成程ねぇ。それが狙いだったってわけ。」
「……っっ!?」

空気が振動する。
鋭利な風の刃が俺に迫る。
俺はなんとか剣を構えて防御態勢に入る。
だがその刃は俺の利き腕を引き裂いた。
「ぐわっ……!?」
なんとか剣は落とさずにいられたが、手に力が入らない。
そしてその場に現れる黒髪の女の姿。
アンヌ・ポルクス。
「……ち、なんで何もして来ないのかと思えば、そういう事かよ。」
「えぇ、そう。
 この場所で貴方を殺すくらいわけはない。
 けれど他に協力者がいるかもしれないじゃない。」
俺の、俺たちの目的を探るために泳がしていた。
まぁ少し考えればそれはそうだろうとは思うが。
「俺があんたの妹を人質に取ってたらどうするつもりだったんだ?」
「現にやってないじゃない。
 貴方はそういう人間じゃない。
 だいたい見れば分かるのよ。
 真の悪人かどうかなんて。」
その言葉には少しだけこの女の本音が垣間見えた気がした。
「分かってるのか?
 あれが何なのか。」
俺は醜悪の肉塊を指差して言う。
既に俺は絶体絶命。
だが出来る限り情報は得る。
その間に哀音が俺を助けに来てくれるかもしれない。
アンヌは死に際を悟ったとでも思ったか素直に俺の質問に答えた。
「えぇ、分かっているわ。
 私はあれを得たことで更に大きな支配能力を得た。」
「……支配能力?」
アンヌが持っていた魔導書を掲げる。
魔導書なんて俺は見慣れていない。
だがそこになにか”異質”なものがあることだけは感じ取れた。
「……なんだ、それは?」
アンヌの魔導書。
そのページの束の中に明らかに”違うもの”があった。
……あれは、なんだ?
……いや、どこかで感じたような。
「”これ”の魔力とあの呪物は共鳴している。
 レラインちゃんのお兄さんもこの力で支配したのよ。
 彼はいいサンプルになってくれたわ。」
……呪物?
こいつ、いやまさか。
有り得ない事じゃない。
アンヌは魔導書の”その”ページを俺に向けた。
「でもそれももうここまで。
 次は貴方の番よ聖二君。
 悪く思わないでね。私には必要なのよ。」
「ぐ、あぁぁぁ……っっ!!」
この女は七罪魔のことなんて”知らない”。
考えてみれば当然のことかもしれない。
俺だって、七罪魔のことなんて御伽噺としか思っちゃいなかった。
だとしたら……

「ふぅん。そういう事だったのね。」

俺とアンヌの間に氷の壁が挟まる。
それと同時に俺の意識は浮上する。
「あ、あんたは……っ!?」
その場に現れた人物に驚愕する。
そしてそれはアンヌ・ポルクスも同じようだった。
「……なんで貴方が此処にいるのかしら?
 コダマちゃん。」
その場にいたのはツインテールの小柄な少女。
同級生のコダマ・オラトリオだった。


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