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19話 蠢く都の闇と陰謀



「議長。
 どうぞこちらに。」
「えぇ、ありがとう。」
私は秘書の子に促され、椅子に腰かける。
この椅子は電動車椅子、とかいう座りながら歩く事が出来る優れものらしい。
私がまだ子供だった頃に比べると、いろいろと技術も発達したものだ。
秘書の子が椅子の後ろに立つ。
「別にいいわよ。
 一人で動かせるものなのでしょう?」
「……ですがバーパイア議長。
 議長ももうご高齢でいらっしゃいます。
 この程度のこと、私にお任せください。」
「そう。だったらお言葉に甘えようかしら。」
私がそう答えると秘書の子は優雅に微笑む。
この子もとても魅力的な大人になったものだわ。
(歳をとる、身体が衰える、というのは嫌なことばかりと思っていたけれど。)
かつて子供だった子たちが大きくなり私を、この都を支えてくれる。
このカデンツァ創設時、私はまだ子供だった。
あの頃の先輩達はみなこの世を旅立ち、残ったのは私だけ。
創設から60年。私は彼等の意思を後生に伝えていく事が出来ているのだろうか。
(そればかりは、どれだけ経っても分からないものね。)
目を閉じる。
この都へと招いた子たちの姿が今でも鮮明に思い出せる。
(……アンヌ・ポルクス。
 アンヌはあの時から未だ行方不明。
 妹の方は寂しがっているのでしょうね。)
あの子は言った。
妹の呪いを解く。そのためにこの都を利用すると。
えぇ、それでいい。
魔法使い達の助けになる事が出来るのなら、利用でもなんでもしなさい。
その代わりに、貴方達は必ず幸せになるのだと。
(……ラーク・ハインヌ。
 あのやさぐれ坊主も今では立派なカデンツァの一員。
 まったく人の成長は分からないわね。)
他にも沢山、沢山。
そういえばあの村の子も、今年学院に入学するのだったわね。
入学試験は非常に好成績だったとエルカサスからは聞いているけれど。
「………」
私は都を見渡す。
みんないい子たちだった。
心に闇を持ったものは確かに多くいた。
でも、その闇を少しでも払う事が出来たのであれば。
旅立った先輩たちにも胸を張る事が出来るのかもしれない。
けれど。
「……エルカサス。
 エルカサス・フォト。
 今年からあの子は学院長になった。
 でもあの子だけは未だ深い深い心の闇に囚われたままなのでしょうね。」
「………」
私は独り言のように呟く。
秘書の子は黙って私の話を聞いてくれた。
「一生かかっても治る傷、ではないのかもしれません。
 ”あれ”は、神楽魔姫はそれほどの存在です。
 70年以上魔法の研鑽をした私でも何故あんなものが存在してるのか分からない。
 けれどエルカサスは……」
超えようとしている。
それは姉として、か?
おそらくは違うだろう。
あの子を止めることはもう死に逝く身である私には出来ない。
「もし最期まで止まらないのであれば……
 きっとあの子は将来、後進の誰かによって討たれる。
 そんな気がしてならない。」
血で血を争う後継者争い。
私が死んだ後、この都ははたしてあの闇を祓うことは出来るのだろうか?
それだけが、どこまでも気がかりだった。


魔導研究所。
この魔法使いの都カデンツァの研究機関。
それはこの都の創設時から存在してる古い建物らしい。
その研究内容は、中で何をしているのかは生徒にはほぼ知らされていない。
このカデンツァにおいても秘の中の秘。
ただ少し前にオリジンヴァンパイアを討伐し、その身柄が研究所にあるとかなんとか。
過去の周回でアンヌ・ポルクスから聞いた言葉だ。
(……触媒。)
乗っ取られたレラインの言葉。
すなわち七罪魔の発言。
その触媒とやらが奴等がこの場所に現れるために必要なものか?
どんなものが相応しいのかは分からないが、魔導研究所とやらには魔道具やらの類がおそらく沢山あるのだろう。
(奴等が現れる場所としては、これ以上はないってことか。)
アンヌ・ポルクスはもういない。
魔女の家も無人だ。
つまり奴等が現れることが出来る場所は魔導研究所以外ないと考えていい。
ならばそうなる前になんとか奴等の出現を止める。
だが今度は、俺ともう一人二人程度ではどうにもならない。
(なんとか魔導研究所に入る権限がある奴と知り合い、
 協力してもらう以外ない。
 だがこの短期間でどうやってそんな奴と知り合えば……)
奴等が現れるのは入学から数えて最長で2ヶ月もかからない。
たったそれだけの時間で凡庸の俺がカデンツァの魔法使い達に認められる。
とてつもない無理難題だ。
(それに問題は奴等だけじゃない。)
俺はリオン達との会話を思い出す。


「……今回も、か。」
「う、うん。
 やっぱりアンヌ・ポルクスはいなかった。
 イムヌスに出張する時に行方不明になった、って……」
哀音が困惑気味で答える。
前の周と同様、アンヌ・ポルクスは忽然と姿を消した。
一応無人の家を見張りはしたが、結果はやはり空振り。
もうあの場所から奴等が現れることはない、と見ていいのかもしれない。
「いやでもおかしいだろ。
 最初の2周ではアンヌ・ポルクスはいなくならなかった。
 それとも偶々、今回も前回も不幸な事故に合ったとでもいうのかよ。」
「そ、それは……」
「……これは私の見解だが。」
ずっと考えていたらしいリオンが口を開く。
「そもそも周回してるのが私達だけ、と考える事が間違っているのではないか?」
……え?
「私達は時渡の悪魔ルドーワによって同じ時間を、
 いや厳密には”次の”世界へと移動しているに過ぎない。
 それは時の放浪者とやらのみに許される事なのかもしれないが。
 その時の放浪者が私達以外にはいない。
 そう考える方が無理があるだろう。」
「い、いや、でも。
 そんなことやる意味が何処に……?」
「意味は分からない。
 だが裏で私達以外の何者かが暗躍してる事だけは確かだろう。
 そしてその何者かは私達同様、前の周回を認識している。」
……だったらなんだ?
奴等が出現し、このカデンツァを破壊していくことは。
そして彼女を殺していくことは。
その何者かの意思ということになるのか?
「……向こうが私達を認識しているのかは分からないが。
 だが可能性としては考えておくべきだろう。
 自分達は死なない、次の周回で頑張ればいい、という考えはもう通じない。」
どれだけ周回しても。
なんらかの事実を見つけることが出来たとしても。
その事実自体を次の周回で変えられてしまっては意味がなくなる。
だが誰かも分からないそんな相手に対して、どうすれば……
「その誰かを周回者と呼ぶことにするが。
 このカデンツァ内で私達の目を掻い潜る事が出来る程の者となると。
 真っ先に考えられるのはこのカデンツァの上層部の誰か、ではないのか?」
「……じゃ、じゃあ、創始者のバーパイア・カデンツァか、
 もしくは学院長のエルカサス・フォト……
 い、いや、でもそれだと怪しい人なんていくらでも……」
だがそんな事をして何の得がある?
七罪魔がこの場に現れれば、このカデンツァは破壊されるんだぞ。
「昔からこのカデンツァに恨みを持っていたものが時間をかけて上層部に潜り込み、
 いまその復讐の時が来た、とか。
 まぁ推測はいくらでも立てられるが、いずれにせよ私達のやるべき事は一つしかない。」
……一つ。
そう。魔導研究所とやらで奴等の出現を阻止する。
その周回者に邪魔される前に、だ。
(……だが出来るのか?
 可能なのか、そんなことが。)
ただでさえ高い難易度が更に実現困難なものへと昇華した。
正直なことを言えば上手く行く気がしない。
もしなんらかの上手い策が出来ても、次の周回では潰されてしまうのだ。
(ちくしょう……)


その夜。
聖二達が話していた魔導研究所の最奥。
そこは魔女の家よりも更に深い、闇に満ちていた。
だが彼女等の前ではその闇にも僅かな光が灯る。
シャルライト・エレイン。
ランラン・ポルクス。
加えて。
「集まっているようね。」
その場に更にもう一人の女性が部下を数人引き連れ現れる。
その女性の名はエルカサス・フォト。
カデンツァ魔法学院の学院長。
だが今この場においては。
「ハイド・サンドドルはどうしたのかしら?」
「此処にいる。」
エルカサスの疑問に一人の男の声が響く。
黒髪のやや背が低めの不愛想な男。
髪もぼさぼさで彼を見て、清潔というイメージを抱く者はいないだろう。
「ふぇぇ。ハイナーは相変わらず臭いよぉ……」
「臭いのは貴様だ。」
「止めなさい、二人とも。」
男と少女の軽い言い合いをシャルライトは止める。
見た目からもシャルライトがこのグループのリーダーのように思えた。
ではこのグループはなんの集まりか?
「改めてご協力を感謝するわ。
 天使の皆様。
 全ては私達の宿願のために。」
「えぇ、エルカサス学院長。
 いいえ、現状で満足できない我欲塗れの人間よ。」
シャルライトは教師としての仮面を脱ぎ捨てる。
その言葉は一教師が学院長に放つ言葉ではなかった。
だがそれがエルカサスとシャルライトの本来の関係だった。
エルカサスは一切気にせず、シャルライトの言葉を受け止める。
「貴方の仰るとおり。
 私は近いうちその大罪を償う事になるでしょう。
 でもそれでも構わない。」
エルカサスの目つきが鋭くなる。
「天と結び、悪を討つ。
 法則の外に存在する”奴”を超える。
 そのためならば、どのような大罪も受け入れましょう。」
名を呼ぶ。
「中位天使ラナー。」
少女の名を。
「中位天使ハイナー。」
男の名を。
「そして中位天使シャルナー。」
女性の名を。
シャルライトこと天使シャルナーは微笑みながら相手の名も返す。
「えぇ、エルカサス・フォト。
 わたくしが中位天使でいるのもあと僅か。
 共に目指しましょう。頂点を。」
はたしてその言葉はどこまでが本音か、真実か。
それはまだ、分からない。


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