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25話 ガルクエル



過去の風景には色がない。
全てが透明で、意味のなかったもののように思える。
……いいや、思えるという表現すら適切ではなく。
ただ背景のように通り過ぎるだけの、ただの……


その荒れ果てた大地はどれほど昔の景色だったか。
もう、分からない。
けれど、彼女の姿だけは朧げながらも覚えている。
「ガルクエル様。」
その姿は、天使の正装のものではなく。
「あ〜、ハイ君。
 どうどう、似合う〜?」
彼女は俺の方に駆け寄って、その人間の服とやらを披露する。
その服は巫女服とかいう、人が神や天使に仕えるための正装、とのことなのだが。
「……何故、そのようなお姿を?」
「あの子たちに貰ったんだ〜。
 ねぇねぇ、どうかな?」
はしゃぎながら俺に感想を求める。
だがこういう場合に、高位天使様に対しどのような態度を取ればいいのか分からない。
「天使が人間の服を着る、のは神に対する不敬、と思われます。
 それも高位天使様が……」
「え〜、そうかな〜?」
可愛いのに〜と彼女はぷりぷり怒りながら人間たちの元に戻る。
いや、あれは怒ってるのだろうか?
だがそんな事よりも。
「ありがとね〜絵美ちゃん。
 大事にするよ!」
「はい、とてもお似合いですルク様!」
「う、うわ、ちょっと照れるなぁ。」
「………」
彼女は管理世界内の人間の少女達と話している。
天使として、ではなく。
それはなんというか、まるで。
「………?」
俺には彼女達の関係を、どう表現すればいいのか分からない。
ただそれは彼女のいつもの日常だ。
高位天使様ともあろうお方が。
よりによって下界の人間達と戯れる。
いい事とは思えなかった。
「えへへ、お似合いって言って貰えたよ〜。」
「……ガルクエル様。
 副天使長ウルイエル様との会合の時間をもう過ぎております。
 こんな事を繰り返しては高位天使様からの降格すらも……」
「あ〜、降格かー。
 それはちょっと困るよね。
 だって中位天使になったらあの子たちを助けてあげられないし。」
助ける。
それはどういう意味だろうか?
天使は神の使いとして、下界の存在を正しき道に導くのが務め。
だがこれは、まったく違うもののように思えた。
他の高位天使様と比べればそれは明らかだ。
「………」
たとえば副天使長ウルイエル様であれば。
明々白々、極々簡潔に神からの、天使長様のお言葉を下界の者たちに授けられていた。
無論、中位天使や下位天使を通して。
大量にいる下界の存在に対し、わざわざ高位天使様が赴くなど非効率このうえない。
(……純粋な実力ならば。
 彼女はウルイエル様を……)
超える、とも中位天使の間では噂になっている。
それはウルイエル様に対する不敬ともとられるため、表立ってそんな事は言われないが。
だが少し、そう。
彼女は下界の存在に近くなりすぎている。
だから彼女は副天使長に任命されなかったのだろう。

「……っ!?」
轟音。
落雷。
それは一度に大量に地に落ちた。
「……ハイ君。
 ウル君に知らせて。」
彼女はいつの間にか天使としての正装に戻っていた。
先程までの緩んだ顔とはまるで違う、高位天使の威厳をもって。
その落雷と共に現れたのは。
「ハ、ハ、ハ。
 復活直後に貴殿と邂逅するとは。余は運がいい。」
人型の黒い姿。雷の悪魔。
闘争の悪魔ガラハド。
彼女はその姿を見て少しばかり不機嫌そうに。
「そっか、良かったね。
 じゃあ私もう帰っていいかな。」
「つまらん冗談だ。
 過去二度の闘争。
 1度目は余の敗北。
 2度目は寸でのところで横やりが入った。
 ならば今こそ3度目の正直の時であろう?」
「そんな時は来なくて良かったのに。」
彼女の望みとは裏腹にその戦いは始まる。
俺ごとき中位天使には手出し不可能な、次元の異なる高位天使と高位悪魔の戦い。
ゆえに俺は指令通りにウルイエル様の神殿へと飛ぶ。
(……なんだ、これは?)
悪寒が止まらない。
何故、こんなにも俺は震えているのか。

何故、こんなにも俺はあの時、震えていたのか。

急がなくてはならない。
一刻一秒を争う。
何故、俺はそんなことを感じていたのか。

俺はウルイエル様の宮殿まで飛び、だがすぐさま配下の中位天使に咎められた。
なんの通達もなく、不敬な、と。
「ウルイエル様に!
 副天使長様に至急ご連絡を!
 我が主ガルクエル様が闘争の悪魔と戦っておられるのだ!」
「し、しかし……」
あたふたと右往左往する中位天使。
挙句には緊急事態用のマニュアルを読み始める始末。
何をのんびりしている。
遅い、何もかも遅すぎる。

結局。
ウルイエル様にその連絡が届いたのは30分も後のこと。
更に5分後、ウルイエル様はようやく俺の前にそのお姿を現した。
「君はガルクエルの中位天使かね?」
「は、ハイナーと申します。
 ウルイエル様、どうかお力添えを……」
「おい、貴様不敬にも程が……」
マニュアル天使が咎めようとするが、ウルイエル様はそれを視線で制する。
「それほど切羽つまっているのか?
 現れたのは闘争の悪魔だけではないと?」
「い、いえ、そうではないのですが……」
悪寒が収まらない。
早く、早く…
「あちらで良いのかね?」
「は、ははっ!」
あの悪魔の邪悪な波動がここまで届いている。
どこで戦いが行われているのかはもはや明白だった。
……だが違和感を感じた。
先程まではここまででは。

そして。

「……あ……」
俺が戻って来たその頃には。
「や、やった、やったぜぇぇええぇぇえ。
 高位天使を喰らったぜ、ぎゃはははははははははっっ!!」
その場にいたのは薄汚い醜悪な化物と。
そして。
「あ、ああぁぁああぁぁあぁ……」
彼女の翼の破片だけだった。
ぐしゃりとぐしゃりと嫌な音だけが響く。
それが何の音なのか俺は直視することが出来なかった。
「く、げはははははは。
 これで我はまた強く……」
「ダルバック、貴様。
 これはいったい何の真似だ?」
だが地獄はまだ終わらない。
「あぁん?
 なに言ってやがんだてめぇは?」
「余と奴との戦いの最中、突如転移して横やり。
 どういう了見だと……」
何故ならば。
「聞いているのだ!!」
闘争の怒りの一撃が醜悪に入る。
醜悪な巨体が数百メートルも遥か彼方に飛ぶ。
だが次の瞬間、無数の触手が闘争に向かって放たれた。
「あぁぁ!?
 我のやることに文句があんのかガラハド!!」
「成り上がりの醜い化物風情が。
 地の底の愚物であった頃を思い出させてやろう。」
怪物と怪物の咆哮で大地が崩壊する。
彼女が命がけで守った世界が。
「……やめろ、貴様ら……」
崩れていく。
先程まで彼女と笑っていた人間たちも、全て。
「やめ……」
「ここまでだ、ハイナーよ。
 撤退する。」
そんな俺を現実に引き戻したのはウルイエル様の言葉だった。
「……てっ、たい……?」
「ガルクエルが死した以上、この場にいる意味はもうない。
 我々は宮殿に戻る。」
……何を。
何を言っている?
奴等をこのまま放置すれば。
「奴等同士で潰し合ってくれるのだ。
 お互いへのダメージでしばらくは暴れることは出来まい。
 無論ガルクエルを失った代償には到底釣り合うものではないが。」
だが、それも致し方ない。
もはやどうする事も出来ないのだ、と。
「……で、ですが、天使長様ならば……」
それは一介の中位天使ごときが言ってはならないこと。
「………ハイナーよ。
 お前は”たかが”この星の生命が壊滅する程度のことで、
 天使長様のお手を煩わせると?」
目の前のウルイエル様から途轍もない圧力が流れる。
「……あ、ぁ……も、申し訳……」
気絶しそうになるのを必死で堪える。
だがその圧力もすぐに止む。
「帰還だ。
 これは副天使長命令だ。」
「……は……ははっ……」
そして。
その時代の世界は、大地は、生命は。
ほぼ全てが、死滅した。


過去の風景には色がない。
全てが透明で、意味のなかったもののように思える。
……いいや、思えるという表現すら適切ではなく。
ただ背景のように通り過ぎるだけの、ただの……
(……ただの、終わった、残骸だ……)
意味はない。
もう、なんの意味もないんだ。
俺には、どうする事も出来ない。
(俺はいったい、何をしている……?
 こんな地の底で……)
分からない。
ずっと、ずっと、分からない。
誰か。
誰か、教えてくれ。
俺は、どうすれば良かったんだ?
そして、これからどうすれば良いんだ?
どうすれば。
「私の下で今までどおり天使としての責務に励め。
 その邪魔になるものがあれば、忘却することとしよう。」
ウルイエルの言葉が全身に届く。
そうして俺は。
俺の中の答えのない何かすらも失い。
何に困惑していたのかも分からなくなり。
ただの。
(……本当に、くだらない……無意味な……)
天使として。
未だに地べたで這いつくばっている。
空も碌に飛べない。
虫けらのように。


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