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27話 魔導研究所
ハイド・サンドドルと話した日の晩。
俺は彼と話した際の成果をリオンに共有する。
「明後日の夕方か。」
「あぁ。
おそらくハイドが警備網を解いてくれる。
おまけにこんなもんまで残してくれた。」
俺は一枚の紙を二人に見せる。
それは魔導研究所内の見取り図らしきものだった。
「……裏口か。」
「おそらく連中の専用通路と思う。
天使連中がこの場所に入るための。」
いくら警備網を緩めると言っても正面入口から入る事は出来ないだろう。
だから裏口への入り方を提示してくれたと思われる。
「罠、にしてはやり過ぎだな。」
「まぁそういうことだ。
こんなもん外に出していい情報じゃないだろうからな。
俺はあの男を信じてみようと思ってる。」
「……最悪、今回は殺されても大丈夫とは思うけど。」
アンヌ・ポルクスの時とは危険度が違う。
さすがに生身の身体で入る訳にはいかない。
今回は強制認知の札を外すことで方向性が決まった。
「でも明後日の時点だと気配が薄くなる程度、だと思う。
死んでも絶対に大丈夫、という保証までは出来ない。」
「あぁ、分かっている。」
どのみち騒ぎになったらどうしようもない。
侵入という意味では俺一人が適切だろう。
というか他二人は何故かあの研究所に近づけないのでそれ以外の方法はないのだが。
(……あの夜会の連中に話したら、信じてはもらえるかもしれないが。)
気持ちのいい連中だった。
けれど魔導研究所への侵入に協力して貰う等、カデンツァ全体に敵対しかねない行為だ。
協力してもらう等、論外。
インファイトの時とはまるで違うのだ。
「だがあの可能性だけは考えた方がいい。」
「あの可能性?」
「?」
俺と哀音は疑問顔になるが。
「周回者の存在だ。」
「あ……」
忘れていた、訳ではないが。
天使の協力者が出来て浮かれていたのかもしれない。
「浮かれるのは分かる。
今度こそ上手くいくかも、と希望を信じたいのも分かる。
だがその希望の箱はパンドラの箱かもしれない。
周回者が私達の事を認識しているのだとしたら、次の狙いが魔導研究所になること位の予想は難しくはない。
つまり私達が動いた時こそを狙って来るかもしれない。」
「そう、だな……」
さすがに100年前から覇帝に仕えていた男。
年季も覚悟も段違いだ。
今度こそ上手くいく、という希望はそれが全て無駄だと分かれば絶望に陥る。
曖昧な存在である俺たちは、意思が砕ける時こそが致命傷だ。
「周回者が、天使ってことか?」
「格としては一番あり得る。
時渡の悪魔ほどでなくても、高位天使なら時を超える力を有しているかもしれない。
天使は基本的により高位の天使の命に従って動く。
無論、これも絶対ではないが。」
「……あの男が俺たちの敵だとは、正直思えない。」
ハイドが話した昔話。
高位天使ガルクエルの話。
あれが嘘とは、俺には思えないんだ。
「その男が周回者かどうかは分からない。
だが天使は他にもいるのだろう?
リーダー格さえ能力が使えればいい、とは考えられないか?」
「……成程な。」
ハイドは俺の一存では難しい、と言った。
他にリーダー格の天使がいることはまず間違いない。
ハイドが天使だというなら、他の天使も人間を装って活動してる可能性がある。
そいつらが魔導研究所の中にいる時を狙うのは自殺行為だろう。
「なら私が見張ろう。
近づくことは出来ないが、天使の気配なら探れる。
魔道具で気配を消している可能性はなくはないが、永続的に使えるもの等そうそう存在しない。」
「あぁ、頼む。」
ハイドが指定した時間に天使がいなければ、侵入自体は難しくないように思えた。
無論、内部には他にも厄介な存在がいる可能性はいくらでも考えられるのだが。
教員塔と呼ばれるカデンツァの教師陣が集まる宮殿。
その最上階に学院長エルカサス・フォトの学院長室はある。
エルカサスは一人、指を組みながら思案していた。
(関係者への聞き込みがようやく終わった。)
その思案は先日の竜巻の件だった。
(あの竜巻はリングを囲むように長い時間、猛威を奮っていたという。
どう考えても自然現象ではあり得ない。
ならば何故あの天使はあのような嘘を言った?)
犯人を庇っている?
いいえ、あの時はシャルライトも共に彼を詰問していた。
ならば天使同士で連携がとれていない?
中位天使ハイナーの裏切り?
俄かには考え難い、が。
(あの竜巻が故意のものだとして、その目的は何?
その中にいたのはハイナーの他にもう一人。)
封座聖二。
学院の1年生。
何らかの目的でこのカデンツァに侵入していた?
ハイド・サンドドルが天使と気づいて接触した?
(その場合、考えられるのは。)
中位天使ハイナーを支配するための接触。
天使を支配するのは容易ではない。
だがそのための魔道具を七罪魔なら用意できてもおかしくはない。
そしてあの竜巻。
(やはり一番可能性が高いのは退廃の悪魔の刺客。
"想定よりだいぶ早い"けれど、現状この可能性が一番高い。
何故ならあの研究所には……)
そこまでを思案し、エルカサスは魔法通信をかける。
その相手は。
「シャルライト。」
そしてその日はやって来た。
ハイド・サンドドルが指定した明後日の夕方。
俺は魔導研究所と呼ばれる建物の前にいた。
(……僅かだが感じる天使の気配。
相手は一人だ。)
(ならその一人はハイド・サンドドルだな。)
やはり普段から全ての天使が魔導研究所の中にいる訳ではないようだ。
おそらくだが最低一人が中で見張りについているものと思われる。
他の天使が誰かまでは分からないが、今は研究所の外にいる。
この機会を逃せば次はないだろう。
(じゃあ行って来る。)
(あぁ。十分に気をつけろ。)
俺はリオンと別れ、魔導研究所の裏側に回る。
ハイドから貰った見取り図どおりそこには小さなドアがあった。
(……鍵がかかってない。)
俺は周囲を見渡した後、ドアを開ける。
中には見える範囲では誰もいない。
(目指すは、最奥か。)
おそらくハイドもそこにいる。
ならばこんな見取り図を渡しまい。
俺は足音を響かせないよう、警戒しながら中を進む。
さささっ
「……っ!?」
俺は物音を感じ、その方向に剣を向ける。
「キウイ?」
「……ネズミ?」
顔のやたら大きい、ネズミらしきものがそこにいた。
魔物、とは思うが見たことのない種類だ。
(どうする?退治しておくか?)
こいつがこの研究所の見張り、とは正直思えない。
殺したことで何か変化があっても厄介だ。
俺は放っておくことを決め、最奥へ急ぐことにした。
「キウイ。」
……ついて来てないか?あのネズミ。
まぁ動物の習性みたいなものだろう。放っておこう。
なんとなく孤独感も薄れる気もするしな。
(だいぶ奥まで来たが。)
偶にすれ違いそうになる警備員を何度かやり過ごして30分ほど。
最奥に近づくにつれ、警備員の姿も見かけなくなった。
もっと魔法的な障壁もあると予想したのだが。
(事前にハイドが対処してくれた。
その可能性は十分考えられるが。)
とはいえ油断していい訳ではない。
ここまで来て実は敵だったという事はないだろうが、他の天使が罠を仕掛けて来る可能性はある。
リオンの忠告を考えればあり得る話だ。
(……あれが、最奥の部屋。)
大きな扉が俺の前に立ち塞がる。
その中からは明らかに異質な気配を感じる。
俺はゴクリと唾を飲み、扉に手をかけようと……
「……ア……ニン、ゲン……?」
「……っっ!?」
後ろから巨大な気配を感じた。
その気配は人のものではなく、魔物のもの。
まるで木々が動いているような、その魔物は。
「トレント……?
……いや違う。」
そのレベルの魔物ではない。
木々というより、森のイメージ。
聖二は知らないが、その魔物の名はユグドラシル。
森を守護する、森の守護神である。
「ふぇぇぇ。眠いよぉ。
どうしてこんな時間に呼ぶのあの人間。
もうー……」
聖二がユグドラシルと遭遇する少し前。
ランラン・ポルクスという少女に擬態する天使ラナーが魔導研究所に近づいていた。
彼女を呼び出したのは……
「……あれ?
中のユグユグ、動いてる?」
少女が反応する。
それはおそらく魔導研究所の中のユグドラシルの愛称と思われるが。
それが何を示しているのかは、少女の頭では理解できなかった。
「も、もしかしてシャルナーお姉様に怒られるのぉ?
ふぇぇぇ。やだぁぁぁぁ。」
少女は一人泣きじゃくる。
泣きじゃくりながらも彼女は魔導研究所に近づき……
「……それは、させない……」
「……ふぇ?」
突如、少女の前に壁が立ち塞がる。
だが目の前に壁なんてない。
「……魔法の、壁……?
誰か、いるの……?」
この世界の存在が認識できない、不可視の存在。
哀音が作り出した魔法の壁だった。
同時刻。
コツコツと上品な靴音が響く。
魔導研究所に近づくもう一人の女性。
シャルライト・エレイン。イコール中位天使シャルナー。
「エルカサスの勘が当たりってところかしら。
ハイナーは後で仕置きね。」
くつくつと笑いながら女は魔導研究所へと辿り着く。
……その前に。
「……っっ!?」
突如、空中から飛んでくる無数の光の弾。
その弾が全てシャルライトめがけて放たれる。
「成程、ついに敵の刺客が動き出したという事かしら。
けれど今の魔法は……」
シャルライトは攻撃を防ぎながらも、違和感を感じていた。
これは本当に悪魔の刺客の魔法なのかと。
その空中には哀音同様、この世界の存在が認識できない光。
元連盟、天衣魔縫の姿があった。
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