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31話 平穏の世界
俺はどうして今こんな事をしているのか。
ただ日々小銭を稼いでいれば良かったような男が。
(決まっている。
その日々が壊されたからだ。)
そうだ。
俺たちは日々なんてことのない毎日さえあればそれで良かった。
下層は決して誰もが優しく平等に暮らしていけるような場所などではなかった。
少し油断すれば自分の財産を奪われてしまうような、そんな環境。
(けれど、下層には下層のルールがあった。)
あまりに度の超えた暴力にはみんなで立ち向かう。
そういう見えない絆も確かに存在していたんだ。
だからこそサウザンドの暴虐に対し、ジークリード家や解放戦線が存在していたし。
本当にしてはいけないこと。そういう区分は裏には存在していた。
ある意味、弱肉強食とはそういうものだ。
集団に属する以上、集団のルールに則って生活する。
個人にとって、集団は弱肉強食の強に当たる部分だろう。
郷に入れば郷に従え、だったか?
俺はそんな生活が嫌いではなかった。
秩序と呼べるレベルではなかったとしても、それでも俺たちにとっては秩序ある世界だったから。
(けれどその強はより強大な強によって滅ぼされる。
それが本当の弱肉強食だ。)
圧倒的な力。
集団を超えた個人。
そんな奴の前では集団の秩序さえも瓦解する。
あぁ、俺にだってあったさ。
そんな強さを欲していた時期が。
(でも違ったんだ。
俺は”そんなもの”欲しくなんてなかったんだ。)
覇帝の力を手に入れて分かった。
確かに最初こそ奴等の尖兵を容易く殲滅できて少なからず爽快感があったかもしれない。
でも、違うんだ。
”こんなもの”じゃなかった。
俺が欲しかったのは周りにいる奴等を守れるような些細な力であって。
世界を救う勇者の力なんかじゃなかった。
「覇帝の力を持つものは、大きな欲望を持ってはいけないんだ。」
覇帝の力を得た、1000年前の英雄の言葉。
きっとあの男も同じだったんだ。
だからこそあの男を通じて、俺は覇帝の力の一端に触れることが出来た。
けれど、所詮は借り物の力。
こんな力をどれだけ振りかざしたところで。いいや振りかざし続ければ。
「”次の”敵が来訪し、更なる戦いが始まる。
ただそれだけの、終わりのない地獄だ。」
終わらない強敵。
永遠に続く戦い。
倒せば更なる力を持つ怪物が。
いやだ。
たくさんだ。
見てる分には面白いと思えるのかもしれない。
もし自分がプレイヤーと呼ばれる存在であれば。
ゲームの駒を操作して、それなりに爽快感を覚えるのかもしれない。
途中で簡単に”やめられる”し”抜け出せる”し”終わりがある”のであれば。
だがどこのどいつが。
自分自身がやりたいと思うんだ?
「覇帝は、本当は戦いが嫌いなんだ。
それでも、戦い続けなくてはならない。」
それが、宿命。
もはや終わることはない。
永遠に、永遠に、永遠に。
けれど、その生き方は。
「俺のものじゃない。
俺の戦い方じゃない。」
「……だが俺も向きもしない事を続けている。
俺のような救えん破綻者が、
お前達を守るなどという、身の丈に合わないことをな。」
そう。
そんな戦いは、そんな生き方は、俺には出来ないんだ。
自分に向きもしない戦いを続けて来たあんたは凄いと思うけど。
今でもあんたへの憧れは心の何処かには残ってるだろうけど。
けれど、今も昔も、それは俺には出来ないことで。
そもそも目指す必要すらないものだと分かってしまった。
だから。
だから、俺の目指すものは。
「ただ、何事もない世界が。
平穏な世界が。
続いてくれることを願いたい。」
それだけで、いい。
この世界の学院生活は愉しかった。
「よう、聖二。
なんだよしけた顔してるな。」
「お、お邪魔だった、かな……?」
でも、その生活も。
その平穏も。
また絶対者の気まぐれ一つで壊されていくというのであれば。
「”終わらない”でくれ。
ただ、安らかに。永遠に。」
たとえ世界を繰り返してでも。
その時を”固定”してでも。
毎日を繰り返すだけの日々であっても。
「頼む……」
それがきっと。
俺の、多くの人々が望む、"願い"なんだ。
そんな願いは叶わない。
現実の世界において、想いなどという概念は悲しいほど無力だ。
圧倒的暴力の前に当たり前のように蹂躙される。
けれど、この世界なら。
”この世界”であれば?
「……っ!?
哀音……!」
リオンは哀音が墜落する姿をはっきり見ていた。
彼女の耐久力を考えると、今の一撃はまずい。
今すぐ救出に向かわなければと、そう考えたが。
「……っ!?」
当然そんなことは許されない。
動こうとしたリオンに向かって大量の光の矢が降り注がれる。
「今の一撃には驚きました。
貴方は見た目とは異なり、予想のつかない攻撃をして来るわね。
けれど私には”これ”があるのよ。」
リオンと対峙する中位天使シャルナー。
その天使の前には光の障壁。
いいやどちらかと言えば。
「……黄金?」
黄金の光。
圧倒的な光。
「”本命”に使ってるから性能は落ちるけれど。
これが私の最強の力、黄金の檻。
本来は邪悪なる存在を閉じ込めるためのものだけれど、防御にも使えるのよ。」
それ自体は珍しい能力ではないだろう。
だが特筆すべきは。
「……驚いたな。
虚空閃すら防ぐとは。」
空間を切り裂く虚空閃の前では結界も回避も無意味なはず。
未だ知らない脅威。そう言わざるを得なかった。
「お誉めに預かり光栄ね。
まぁでもそれも当然の話。
これは天使長ミリエル様にすらお誉めを頂いた力なのだから。
この力は格上にすら通じる数少ない力なのだと。」
「……”だから”お前がこの地上に派遣されて来たのか?」
目の前の天使はとても機嫌が良いように見えた。
つまり今が好機である。
真実の一端を掴むために。
案の定、目の前の天使は恍惚な表情で語り始めた。
「そのとおり。
私が高位天使になるためには。
高位悪魔に勝たなければならない。
そのための地上。そのためのカデンツァ。
エルカサスに協力したのも全てはそのため。
私は高位天使となり、天使長ミリエル様の御側に、誰よりも近くにお仕えする。
それが私が長年求めていた”夢”なのよ!」
……夢、か。
夢のためなら、自身の想いの成就のためなら、どんなことだってする。
人も天使も、そこは同じなのかもしれない。
……いいや、本当にそうか?
天使はそんな自由な存在だったのだろうか?
「……お前は、”純正”の天使ではないのか?
いや。」
その質問は爆弾の可能性がある。
いま真っ先に確認しておきたいのは。
「”だから”、なのか?
だからお前は”奴等”をおびき出そうとしているのか?」
アンヌ・ポルクスは奴等に利用されていただけだった。
だがこの天使は?
この女が、まさか?
「……誰かが喋ったのかしら?
でもまぁいいわ。
正解、とだけ言っておきましょう。」
「……成程な。」
ついに見つけた。
奴等をおびき出そうとしていた存在を。
つまりは。
「お前こそが、周回者。
奴等を何度も呼び出し、私達の前に立ちはだかる存在か?」
「さぁ、これでラナーが入って来るわ。
いろいろ詳しい話を聞かせて貰おうかしら。」
中位天使ハイナーは既に瀕死であり、封座聖二はまったく脅威にはならない。
謎の魔法使いの少女も中位天使ラナーに敗れ、残ってるのは天使らしき姿をした男が一人。
その男もシャルナーとラナーの二人がかりなら勝利は確実だが。
(それはしないでしょうね。
天使はプライドが高いから。)
溜め息を吐きつつ、私は油断なく魔法をハイナーに放つ。
天使は再生能力がある以上、定期的に撃ち続ける必要がある。
裏切り者なんて即始末が妥当なのだが、さすがにこの男を私の手で殺すのはシャルナーとの協力関係に傷が入る。
天使の問題は天使で解決すればいい。
そう思っていた矢先。
「ふぇぇぇ。やっと終わったよぉぉ。
どうして私がこんな目にぃぃ。」
まだダメージは癒えていないらしく、ラナーは泣きながら入って来た。
「中位天使ラナー。状況は理解しているかしら?
中位天使ハイナーが裏切った。
これは貴方達の問題とみて良いかしら?」
「ふぇ?
裏切った?
え、え、どういうこと?」
どうも状況を理解していないらしい。
この天使の相手をするのは正直億劫だわ。
早くシャルナーが戻って来て欲しいところだが。
「とにかくハイナーの方をどうにかしてちょうだい。
私はそっちの生徒に聞きたいことがあるから。」
ラナーの相手は程々に、封座聖二の元に向かう。
まだ剣を構える気力は残っているようだが、それだけだ。
とはいえ念のためだ。もう一発ドラゴンメテオを……
「……え?」
撃とうと思ったその瞬間。
私の身体は、封座聖二の剣に”知らない間に”斬り裂かれていた。
「”終わらない”でくれ。
ただ、安らかに。永遠に。」
たとえ世界を繰り返してでも。
その時を”固定”してでも。
毎日を繰り返すだけの日々であっても。
だからその”世界”は。
いまここに発動した。
「………あ。」
世界が沈黙に包まれる。
エルカサスが、入って来た女の天使が、”停止”していた。
「これ、は……?」
何が起こったのか?
分からない。
分からない、が。
「……力?これが、俺の力?」
覇帝の力ではない。
封座聖二、"俺自身"の力。
何故そんな事が起こったのかは分からない。
だが。
「……これは、どういうことだ?」
ハイド・サンドドルは動いていた。
そして俺同様、戸惑いを見せていた。
だがそれを見て、俺は"何故かは知らないが"確信した。
(……そうか。この力は。)
これは、”平穏を望む者だけ”の世界。
言い換えれば、平穏を望まない存在を停止させる世界。
そしてその世界で、俺とハイドだけが動けるということは。
「あんたも、同じなんだな。」
この男にとって大事な存在。
それを失ってしまった時に、大きく慟哭し、後悔し、自らの存在に絶望した。
目の前の天使の感情に俺はいま不思議と共感していた。
「……これが、貴様の力なのか?
封座聖二。
だとするならば。」
ハイドは女の天使の方に向き合い。
俺はエルカサスの方に向き合う。
俺たちの平穏に、お前たちは邪魔だから。
だから。
「終わらせる。」
俺は剣を構える。
その静寂は長くは続かない。
もう解ける。
そして。
「ふぇ?」
世界が解ける。
その瞬間。
「闘争乱舞!!」
ハイドの無数の拳が無防備なラナーの腹に撃ち込まれる。
「ぐ、げぇ……っ!?」
ラナーは血反吐を吐きながら、床に叩き落とされた。
そして。
「……え?」
エルカサスの停止も解除される。
だが彼女からすればそれは理解できる光景ではなく。
「聖爆剣っっ!!」
本来、"俺には扱えない"領域の剣技。
だが今の俺はどこか夢心地な気分でその一撃を自然と放っていた。
「……これ、は……?」
エルカサスは未だに状況が理解できないという顔で。
致命打の一撃を食らい倒れた。
どれだけ優秀であってもあくまで学院長は魔法使い。
物理攻撃をまともに食らってしまえばどうしようもなかった。
「勝っ、た……のか……?」
俺は未だに現実感がないまま。
ただ茫然と目の前の光景を見ていた。
だが俺自身もまた。
疲れ切ったようにその場に崩れ落ち。
その意識は閉じた。
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