SS TOPに戻る
前へ
次へ
32話 エルカサスの懺悔
封座聖二の一撃が私の身体に直撃する。
身体を真っ二つにする程の威力ではないが、その一撃は私の胸元から腰近くまでを斜めに斬り裂いていた。
聖爆剣。上位の剣士の最高峰と言われる剣技。
それを魔法学院の生徒が扱うなどと。
(……想定、以上。
半端な魔法戦士。
そこまでのものとは思わなかったが……)
分析を誤ったというほかない。
私はたまらず地に崩れ落ちる。
血が大量に飛び散る。
即死は避けられた、が。
(……けれど私の魔法属性は、雷、地、魔。)
回復に使える魔法がない。
あまりに攻撃魔法に特化し過ぎた。
なんとか傷薬を飲まなければ、と手を伸ばそうとするが動かない。
見れば封座聖二も崩れ落ちていた。
気を失ったかのような挙動。
だったら外のシャルナーさえ戻って来ればまだ勝ち筋は……
「残念ながらそれは出来ないな。」
私の前に白翼の天使が立つ。
中位天使ハイナー。
大きなダメージを負いながらも、彼はまだ立っていた。
私、ラナー、封座聖二が地に堕ち、この場で立っているのはこの男のみ。
この場の主導権はもはや彼にあった。
「悪いが俺は回復能力特化なものでな。
それでも貴様の攻撃は効いたが。」
「………」
口を開くのも億劫だった。
もはや私の命運は決まっただろう。
ラナーは天使である以上、時間をおけば復帰するだろうが。
「ラナーに期待してるなら無駄だ。
奴は攻撃と魔法防御に特化してるせいで、逆に物理防御と自己回復能力が削げられている。
少なくとも戦えるようになるには10分以上はかかる。
そして貴様と話をするなら10分もあれば十分だ。」
「……な、にを……?」
話したいと言うのか?
私の目的は天使達に共有している。
いまさら私と話すことなどないはず。
「貴様の言が嘘だったとは思わない。
だが今の貴様が一地点の時間軸から戻って来た貴様ということであれば、話は変わる。」
「………?」
なんの話か?
この天使は話が実に下手だ。
仮にも学院の3年であろうに。
「あの男、封座聖二のことを貴様は知っていたのか?
だから貴様は進んで排除しようとしたのか?」
……何を、言うかと思えば。
私達の”計画”を知っているのであれば、生かす理由はない。
どこで漏れたのかまでは、まだ分からないが。
「……けい、かくを知っている……」
それだけ言葉を漏らすのが限界だった。
それを聞いてハイドは溜め息を吐く。
「……多分だがあの男は俺たちの計画など知らない。
本当に七罪魔がこの場に現れることを止めたかっただけだ。」
それを知っているということは、計画が漏れている、ということでしょう?
何故ならば私達は……
「あぁそうだ。
俺たちは奴等を呼び出そうとしていた。
貴様は神楽魔姫とやらを超える力を得るため。
シャルナーは高位天使に昇格するための徳を得るため。
ラナーは、まぁ深く考えてはいないだろうが。
だが……」
いったい先程から何を言いたいのか。
話は結論から言って欲しいものだ。
「……だが俺たちが呼び出そうとしていた七罪魔は……
……”退廃”の悪魔だ。
”醜悪”の悪魔じゃない。」
「……え?」
……どういう、ことだ?
ハイドはやはりな、と今度は大きく溜息を吐いた。
「……戦う必要なんて、本当はなかったんだ。
封座聖二は俺たちとは違う事実を掴んでいた。
俺たちの計画なんておそらく何も知らなかっただろう。」
退廃の悪魔を呼び出し、その魔力を手に入れる。
ユグドラシルを始め、この研究所には奴の配下や私物が多くある。
あと”1,2年後”にはそれらを使って奴をおびき出し倒す手筈が進んでいた。
神楽魔姫と対決する。そのための前段階として。
(……前段階、か。
七罪魔を前段階にするなんて、普通なら正気を疑われるでしょうね。)
だが、仕方ない。
私にとって、何よりも、誰よりも、この世界にいてはならないと思えるのは。
”あれ”しかいないのだから。
もう20年以上も昔。
フォト家はイムヌスにおいて極めて優秀な魔法使いの一族だった。
過去には連盟に加わった者も数多くいたと伝わっている。
私は当代のフォト家長女として、自分の家を、家族を誇りに思っていた。
「もう間もなくですね、エル姉さま。」
「えぇ、そうね。
願いましょう。
新しい家族の誕生を。」
妹たちが嬉しそうに新しい妹の誕生を喜んでいる。
フォト家は女性しか生まれない家系。
そして間もなく第4子が産まれる。
当時11歳だった私は毅然としながらも、内心は新しい妹の誕生が待ち遠しかった。
(ふふっ。新しいお洋服ももう準備万端。
早く、早く生まれないかなぁ♪)
考えていたのは幸せな未来だった。
だから当然。
……あんな事になるなんて私も、誰も考えていなかっただろう。
突如、電話が鳴る。
この電話はフォト家当主のための魔法電話。
でも今は母は子供を産むための準備を進めている。
今は私が当主代行なのだ。
「はい。何かありましたか?」
だがその回答はない。
代わりに聞こえて来たのは
「……お、にげ、ください……エル、お、じょう……」
プツッと通話が途絶える。
その声は母の主治医の声だった。
私は何か嫌な予感を感じながらも、母の元へ向かう。
そこで見たものは。
……この世の地獄だった……
「……え……?」
その場に”人”の気配はなかった。
主治医も、お付きの側近も、倒れ伏していた。
……焦点が定まらない眼に、口からは涎を垂らしながら……
命、尽きていた。
だが当時の私にはすぐにそれを理解することは出来なかった。
「……母、様……?」
そしてそのベッドには。
フォト家当主。私の母が眠っていた。
……そうでなければ、なんだと言うのか。
私は母に近づく。
酷い悪寒と、寒気を感じながらも。
だがその時。
「……う……あぁぁぁあぁぁぁぁ……っっ!?」
突如、私の身体を途方もない疲労感が襲った。
……なに、これ……?
全身が脱力する。
いいや、違う。
何かが、私から奪われていくような、そんな……
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
私は激しく呼吸をしながらも、母に近づく。
……もう死んでいることには、気づかず。
「……え?」
その場で動いていた命は。
もう目の前の赤子だけだと知る訳もなく。
「ふむ。ようやく”動くもの"を見つけたのだ。
良きかな良きかな。」
言葉が発される。
「……え?
こ、え……?」
その言葉が"その赤子"から放たれてることなど私には分からなかった。
分かる訳が、なかった。
「おや、会話が出来ない?
困った。小動物の相手は難しいのだ。
仕方ないな、"人間として"合わせるとしよう。」
「え?」
そのとき。
目の前の赤子からグチグチと嫌な音が鳴る。
「ひ、あぁ、あぁぁぁぁぁ……」
その赤子は大きくなっていく。
肉と血を辺りに撒き散らしながら。
「おや、ちょっと足りない?
仕方ない、母とやら。ちょっと頂くのだ。」
ずぶっ
「……うぇ…っ……」
それは手を母の身体に突っ込み何かを取り出して。
自分の口の中に放り込んだ。
それが何かなど、私に分かる訳もないし、脳が理解することを拒否していた。
「まぁ、これでいいか。
で、お前はなんなのだ?
母とやらの次は、さて何が来るのか。」
それは既に赤子の姿ではなく。
私と”同じ”背丈、私と”同じ”顔。
だが眼と髪の色だけが私とは異なっていた。
「あぁ分かった。
母とやらの次は、姉とやらか!
どうだ、正解だろう?」
ポンと手を叩き、回答を私に迫る。
だが私はその場を動くことすら出来なかった。
「あぁ、ああぁ、ああああぁぁあぁ……」
「あぁぁああぁぁとはなんなのだ?
それが小動物の言葉なのか?
だが申し訳ない。
人間であるわたしには小動物の言葉など分からないのだ。」
私はとうとう立っていられなくなり、ペタンと尻餅をつく。
そしてその間も、私の中から”いろんなもの”が奪われていることに気づく。
そして奪っているのが誰なのかも。
「うむ、これは会話が出来ないのだ。
あぁそうだ!
他にも姉とやらがいるかもしれない。
もしかしたら言葉を喋れる小動物がいるかもしれないのだ。」
それはこの場を去っていく。
その言葉を私はすぐには理解できなかった。
でも、その言葉の意味は。
「……っ!?
や、やめて……行かないで……」
私は立つことも出来ず、這いずりながら廊下を移動していた。
立てない。
恐怖からだけではない。
”本当に”身体がまともに動かないのだ。
そして這いずりまわってるその間も。
……いくつも、いくつも、倒れてる人の姿。
それが全て使用人たちの躯であることに、私は徐々に気づき始めていた。
だから、もう。
母は、既に。
「……い、もうと、たちを……」
守ら、ないと。
姉とやらがいるのかもしれない?
それの意味するところをまだ私は認識できていなかった。
ただ一つだけはっきりしていることは。
あれが私の妹たちのところに向かっている。
止めないと、止めないと、止めないと……
「お、ねがい、だから、動いて……私の、から、だ……」
だが。
私の身体はどんどん自由を失い。
気付いたときには私はベッドの上にいた。
「……え?」
……きっと私は、意識を失っていたのだろう。
重体ではあったが、私だけは命を拾った。
それ以外は、母も、妹も、使用人たちも、家の者は全て……
「あぁ、ああぁぁぁぁ、あああああぁぁぁぁぁっっ!!」
その日の死亡者、2538人。
その詳しい経緯は私には分からない。
だがあれは妹たちのところに寄ったあと、きっと家の外に出たのだろう。
ただただ死を、死だけを、人々に撒き散らして。
「………え?」
そしてあれが産まれてから僅か1週間後。
私は未だベッドの上で、またも正気ではいられなかった。
本日流れた速報。
そう、あれは、その日に生まれた私の”妹”は。
「……れん、めい……かぐら、まき……?」
連盟の一人。
神楽魔姫。
覇帝があれを連盟に任命したと。
そういう情報だけが私の元に流れてきた。
(……狂って、いる……っ!)
何がどうなってそんな事になったのか。
私には分からない。
でも一つだけ言えることは。
(……この、国はもうだめだ。
逃げないと、逃げなければ、ならないっ!)
そうして私がイムヌスからこのカデンツァに亡命するまで。
それほど長い時間はかからなかった。
(……あれから、20年以上。
私の、人生は、あれを超えるために……)
それは私の心に染みついた恐怖を拭うためのものだったのか?
正直な話、分からない。
だがそれも、もう終わる。
醜悪の悪魔?なんのことかは分からないが。
化物は化物どうしで勝手に喰い合っていればいい。
私はこの地獄から。
「……かい、ほう、される……
それこそが、私の、救いだったのかも、しれ……な、い……」
カデンツァの発展も。
家族の仇討ちも。
魔法使いの研鑽も。
本当はとうにどうでもよく。
だから。
(……申し訳ありません、母上。
私の、可愛い、妹たち……
私は、何も成すことが、出来ませんでした……)
その懺悔が、私の最期の意識だった。
SS TOPに戻る
前へ
次へ