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36話 神楽魔姫



魔法使いの都カデンツァ。
魔法使い達は基本的には人嫌いだ。
魔法を使えない非魔法使いを嫌悪している者は少なくない。
ゆえに彼等の中には都の外の世界そのものを嫌う者もいる。
そんな者たちが作った都だからか、外郭は高い城壁で覆われていた。
無論、空からの侵入は不可能ではないだろうが。
城壁の上にも下にも魔法障壁が張られている。
城壁の下とはどういうことか?要するに地面の中だ。
穴がない訳ではないだろうが、それでもこの都は簡単には外敵を通したりしない、鉄壁の都だった。
……過去の周回のように都の中から攻撃を受けると脆いのだが。
つまりは、そう。
この国を外から攻略することなど。
七罪魔ならいざ知らず、人間には到底不可能。
「ふん、ふん、ふん♪
 らん、らん、らん。」
「……あ……あぁ……」
「う、ぇっぷ……」
その魔法使い達が誇る城壁と魔法障壁はいま、崩落していた。
近くで見張りについていた番兵たちと共に。
既に入口付近の人間は全員倒れ伏している。
「踊る、踊る、踊り続ける♪
 ふふ、ふふ、うふふふふふふふふふふ。」
攻撃を受けたのではない。
その素足の女は踊りながら前に進んでいる。
ただそれだけに過ぎない。
だが。
「やはり小動物しかいないのかな?
 ふむ、決めつけてはいけないのだ。
 まずは信じる。
 きっと大事なことなのだ。」
それだけで。
ただそこに存在するだけで、何もかもが崩れ去る。
消えていく。
奪われていく。
この女は、神楽魔姫とはそういう存在なのだ。


教員塔と呼ばれるカデンツァの教師陣が集まる宮殿。
その最上階に学院長エルカサス・フォトの学院長室はある。
普段ならばエルカサスとその秘書のみが公務にあたる静寂な空間。
だがいまその空間は喧騒に包まれていた。
「入口の番兵、未だ連絡なし!」
「第3区画、つい先程まで応援要請が届いてましたが、
 ただいま連絡がとれません!」
「だ、第5区画より通達がっ!
 私達の同士が……またっ……!」
次から次へと入る緊急事態の報。
神楽魔姫がこのカデンツァに入ってから僅か30分。
エルカサスだけでなく、カデンツァの上層部の元には連絡が殺到していた。
「うろたえるなっ!
 正確な情報だけを伝えなさい!」
エルカサスが部下たちを叱咤する。
だが彼女も苛立ちと焦燥を隠し切れていない。
それが傍目にも分かったが、それでも一人の部下がエルカサスに報告する。
「……正直、分かりません。
 ですが一部の報告では、見慣れない素足の女がいると。」
「外見情報は?
 もう少し詳しい情報はないの?」
「エルカサス役員!
 詳細な画像データ、出ましたっ!」
その姿が空中の画面に投影される。
それを見たエルカサスは椅子から転げ落ちた。
部下たちはエルカサスの様子に何事かと思う……のではなく。
多くのその場の者たちはその映像に釘付けだった。
……この時代の魔法使いで、この存在を知らない者など殆どいない。
「……か、ぐら……ま、き……」
「そ、そんな……?
 どうして……?」
人々の顔に恐怖が張り付く。
姿形は若い女だ。
背丈は少し小さいがおそらく歳は20前後。
服はまるで舞踏会にでも行くような豪奢なドレス。
髪は長く、その顔立ちはどことなくエルカサスに似ている。
だがその眼と髪の色だけはまったく違った。
「……素足……水色……青と黒のドレス……」
それが彼女、神楽魔姫の普段着。
彼女の容姿はこのカデンツァの上層部、その直属部下たちには知れ渡っている。
だがエルカサスの実妹であることを知るものはほんの一握りだった。
それでも、察している者はいる。
一人の部下がエルカサスの方をちらりと向く。
「……何故……何故……?
 どうしてこのタイミングで……?
 馬鹿な、なんのために、このカデンツァを滅ぼしに……」
エルカサスは下を向いてぶつぶつと呟いている。
先程までの冷静なリーダーだった姿はそこにはない。
その様子を見てエルカサスと神楽魔姫に深い因縁があると察することは可能だろう。
だがそれを尋ねる余裕のある者はこの場にはいなかった。
「落ち着いてください。みなさん。」
優雅な声と共に金髪の女性が現れる。
シャルライト・エレイン。
彼女はこの状況でも落ち着いており、人々を窘めるように。
「まずは各区画への連絡が最優先。
 ただちに避難勧告を。
 ですが決して神楽魔姫の名を出してはいけません。
 ……そうですね。魔物の襲撃、という体でいいでしょう。
 戦況は優勢。ですが付近への被害がないとも言い切れない。そう通達するのです。
 ゆえにマニュアルに沿って冷静な避難を。ただちに各区画責任者へ通達してください。」
「りょ、了解ですっ!」
冷静なシャルライトの指示を聞き、人々に冷静さが戻る。
多くは学院長室を退室し、各々がその職務に務める。
だがエルカサスは未だ塞ぎこんだままだった。
「……学院長。
 私は”出ます”。
 宜しいですね?」
「………」
シャルライトの宣言にもエルカサスは何も答えない。
だがシャルライトはそれを回答と受け取ったか、すぐに部屋を退出した。
(……ラナー、ラナー。聞こえるわね。
 出番よ。)
(……ふぇぇぇ?
 朝からどうしたんですかぁシャルナーお姉様ぁ。)
シャルライトはすぐにテレパシーで”2人”の天使に通達を送る。
だがもう一方からは何の返信もなかった。
(……ハイナー。
 いったいどこで何をしていると言うの。
 まぁいいわ。)
見せてもらいましょうか。
人間の最強の魔法使いとやら。
この次期高位天使シャルナーとどれほど肩を並べることが出来るのかを。

学院長室は既にエルカサスとその秘書のみとなっていた。
もうエルカサスには頼れない。そう感じた者も多かっただろう。
シャルライト先生こそが学院長に相応しいのではという呟きも少なからずあった。
「……貴方は知らないのよ、シャルナー。
 あれが、どれほどこの世の法則の外に存在しているのかを。」
神楽魔姫の存在。
それはこの時代の多くの魔法使いが知っている。
だがその”実態”を目の当たりにした者は殆どいない。
何故ならば。
(……生存した目撃者は、私を含めて数人しかいない。
 だから、広がるものも広がらない……
 そして、口に出すことすら誰もが恐怖する……)


「しかしまぁ此処も壊れやすい建物なのだ。
 小動物の棲家に人間が立ち入るのはそれほどいけないことなのか?」
神楽魔姫は相も変わらず踊りながら前進していた。
踊りながらにもかかわらずその移動速度は一般人の走る速度よりも遥かに速い。
その優雅な振る舞いの周囲では人々が倒れ伏していた。
「……たす、けて……誰か、誰か……」
「ひっく、あぁあぁあ……私の、魔法が、魔力が……」
「くるしい、くるしい……いやだ、いやだ……俺は、こんなところ、で……」
だが神楽魔姫は歩みを止めない。
彼女には周りの声が聞こえていないのだろうか?
それとも取るに足りないものとそう考えているのだろうか?
はたまた。
「止まりなさい、神楽魔姫。」
「ふ、ふえぇぇぇ。
 な、何あの恰好ぉ……」
そんな彼女の前に純白の翼が生えた女性が二人。
中位天使シャルナーと中位天使ラナー。
彼女たちは神楽魔姫と"50メートル以上の距離を取り"地上からも20メートルは離れていた。
シャルナーは大声で喋ってる訳ではない。
声が届く距離ではないが。
「おや、あれは。
 空飛ぶ小動物なのだ。
 魔姫はお前たちが嫌いじゃない。
 夏奴(かど)もそう思うだろう?」
神楽魔姫は”誰か”に声をかける。
その場には彼女以外の存在はいない。
だが。

……あー、あー、あぁぁぁぁぁ。
はい、そうですぅ魔姫様ぁぁぁぁ。
ワタクシは魔姫様の奴隷になれて幸せですからぁぁぁ。

やたらと恍惚な声が周囲に響く。
その声は遠くの天使たちにも、そして倒れ伏している人々にも聞こえていた。
だがその声を聞いた人々は。
(……え、なんだこれ……)
(気持ち、いい……)
「あぁ、逝く逝く逝く、逝っちゃうぅううぅうぅううううっっっ!!」
「あぁ、あぁぁぁぁっ!!あぁあああぁ、はあっぁっぁぁあああっっ!!」
先程まで苦しんでいた人々は一転、恍惚な表情で果てていた。
服を脱ぎだし、一人で行為に及ぶ者までいる始末。
その光景を見て上空のシャルナーはこう思わずにはいられなかった。
(……汚らわしい。)
「あ、ねぇシャルナーお姉様ぁ。
 あれ私達がいつもやってることに似てる気がしますぅ……」
「違うわよ。」
私達の行為とあんなものを一緒にしないで欲しいものだわ。
さてそんな事よりも。
(あれが、神楽魔姫。
 そして……)
神楽魔姫の足の裏にいる”存在”。
それは先ほどまで神楽魔姫の影でしかなかった。
だがその影がムクリと動き出す。
やがてそれは人の少女の姿をとった。
ただし、全裸の、だが。
しかも神楽魔姫の足の裏に頭を踏まれたまま。
「あぁ、あぁ、あぁぁぁっ!!
 魔姫様の足の裏が、ワタクシの頭にぃぃっ!!
 ふ、ふへへへ、えへへへへへ。
 夏奴は、夏奴は幸せですぅぅ。」
「あい、そうかそうか。
 ただ夏奴は魔姫の可愛い可愛いペットなのだ。
 奴隷?とかいって動物の権利を捨てる必要はない。)
(……あれが、あの全裸の気色悪い女が、今代の”矛盾曲(むじゅんまがり)”。)
矛盾曲については多少は耳にしている。
曰く悪魔が生み出した、人々に呪いを撒き散らしている存在。
その素体は人間だとは、そう聞いてはいたが。
(……その矛盾曲が、神楽魔姫の奴隷とは。
 直に目にするとここまで醜いものとはね。
 まぁでもおかげでやる事は明白で楽でいいわ。)
シャルナーは弓を構える。
距離は十分にとったままで。
「いいわね、ラナー。
 この距離が"最低ライン"よ。
 ここから使える最大の攻撃を撃ち続ける。」
「ふぇぇ。
 でもそれだと伝承ソードばっかりにぃ。
 疲れるのやだぁぁぁ。」
文句を言いながらもラナーは剣を構える。
さぁ行きましょうか。
この世の害悪を、私達天使が浄化してあげましょう。


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