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37話 戯れ



ざわ、ざわ、ざわ
「……ん?」
どうも教室が騒がしい。
何かあったのだろうか?
案の定というか、ガライから声をかけられる。
「おい聖二!
 聞いたか!?
 緊急避難警報だって!」
「緊急避難警報?」
やっぱり何かあったらしい。
……まさかとは思うが、この段階で醜悪の悪魔が現れたんじゃないだろうな。
(……いやさすがに速すぎるだろ。)
まだ入学してから2週間。
これ以上最短記録を更新されても困る。
「な、なんか私の魔物たちの話だと、
 すごい、怖い人が来たって……」
詩織の魔物?
怖い人?
よく分からないが詩織がやたら震えているように見える。
ざわめく俺たちの前に教師が入ってくる。
赤毛の筋肉質の男、ラーク教師だ。
「静かにしろお前ら!
 聞いているとは思うがカデンツァ全域に緊急避難警報が発動している!
 俺の後について来い!」
ラークは簡潔にまとめると、すぐに教室を出て行く。
周りの連中はどよめきながらも、後をついていくが。
(……穏やかじゃないな。
 さすがに探った方がいいか?)
とはいえこれほどの騒ぎ。
常に情報収集魔法とやらを使用してる哀音はもう何かしらの情報を握っているだろう。
早いところ合流した方がいいか?
(……よし。)
そう判断した俺はみんなとは離れ、寮の方に戻ることにした。
一応あそこが俺たちの待合室みたいなものだからな。


「ホーリーブライト!」
中位天使シャルナーによる聖属性魔法が地上に向かって放たれる。
無論、その攻撃対象は神楽魔姫と、全裸の矛盾曲。
「あぁぁあぁぁあぁぁぁあぁん!?」
その一撃が大きなダメージとなったのか、女の悲鳴が響く。
だがシャルナーは攻撃の手を緩めない。
「スターライトアロー!」
魔法の次は物理とばかりに。
シャルナーは光の矢を大量掃射する。
「あぁ、あぁああぁあ、あはっはっはははっ、はぁ、はぁ、はぁ……」
……またもや女の悲鳴らしきものが響くが。
だが明らかにその悲鳴は痛いから、というようなものではなく。
(……喜んでいるの?
 変態女が。)
その声は矛盾曲のものだろう。
先程からこの女の恍惚な声ばかりが響いている。
戦闘が始まってからというもの、神楽魔姫はおとなしいものだ。
少なくとも絵面的には神楽魔姫が目を引くのは素足とドレス位だ。
それも全裸の女の恍惚な悲鳴の前ではもはや目を引くようなものではない。
「ラナー!」
「ふぇぇぇぇぇっ!
 伝承ソードおおおぉぉぉっっ!!」
近接性能にほぼ特化したラナーで、相手に接近せず打てる攻撃はこれしかない。
だがその威力は地上の2人どころか、その一帯を吹き飛ばす。
近くの人間たちが巻き込まれただろうが、どうせ放っておいても死ぬだろう。
いちいち気にしてはいられない。
(……さてこれで少しは。
 ……っっ!?)
伝承ソードが巻き起こした煙が晴れる。
女の恍惚な悲鳴は途絶えていた。
だが奴は死んだのではなく。
「あぁぁ……ああぁぁぁ……はっ、あぁぁぁ……」
……単に果てていただけだった。
勿論、戦闘における意味ではなく。
まるで性行為でも終えたかのような、それである。
そして肝心の神楽魔姫は。
「おや。
 小動物でも人間の真似事を出来るようになったのだ?
 結構、結構。うふふふふ。」
……ドレスすら破けてはいない。
ただのドレスではないのかもしれないが。
そもそも攻撃が当たったのかすら定かですらない。
(……気味が悪い。)
未だ地上から動かない奴等二人の印象は、終始それに尽きた。
自分たちが何かダメージを受けた訳ではない。
だがそう感じずにはいられなかった。
(さてどうする?
 奴等に効果的な攻撃は何か?)
現状では分からない。
それくらい奴等は得体が知れなかった。
そんなことをシャルナーは考えていたが。
「さてせっかく来たのだ。
 お前は戯れたいか、夏奴?」
「……えぇ?
 あぁ、本当ですかぁ魔姫さまぁぁぁ。
 ワタクシなんかのために、あぁ、魔姫さまがぁぁ、お気遣いをぉぉお。」
先程まで果てていた女が動き出す。
地べたを這いずり回ったまま、その女は。

……その這いずり態勢のまま高速で前進し始めた。

「……は?」
全裸の女はまるでゴキブリのように地上を這いずり回る。
その速度は無駄に速い。
いよいよもって気持ち悪い。
(付き合っていられないわ。)
最初こそ面食らった……いや今でも気色悪いことに変わりはないが。
いつまでもこんな色物と遊んでいる場合ではない。
あくまで本命は神楽魔姫なのだ。
「"神楽魔姫が来ない"ならいいでしょう。
 ラナー、貴方の得意な近接戦で終わらせて構わないわ。」
「ふぇ?
 わ、分かりましたぁ。
 でも、怖いよぉ、あの人……」
ラナーは涙目になりながらも、一瞬で全裸女の前に移動する。
全裸女が速いと言っても、近接戦特化のラナーにとっては簡単に捉えられる相手だ。
「えぇいっ!!」
「ぺぎゃ!?」
ラナーの光の剣、聖爆剣が変態に直撃する。
奴は碌な防御態勢も取らず(あの態勢から防御態勢も何もないが)悲鳴を上げて遠くに吹き飛んだ。
当たり前だが人間が全裸ということは防御性能皆無ということである。
こうなるのは当たり前だった。
「ようやく目障りなのがいなくなったわ。
 さていよいよ本命……っ!?」
飛ばされた筈の女は何故か私の"後ろ"にいた。
……は?なんで?遥か前方に飛ばされたのに?
私は即座に短剣を構え、女の両手を斬り飛ばした。
……筈が。
(……何これ、斬れていない?
 いや、手ごたえはある……けれど。)
血しぶきは舞っている。
だが手首はまだ繋がっている。
まさか耐久力が異常に高いのか?
「くっ!?」
この相手に接近戦を挑むのは危険と判断。
私は即座に距離を取り、弓を構える。
「皆皆死矢!」
「ダブルソードっ!」
急所を狙った一撃、加えて戻って来たラナーの一撃が変態女に直撃する。
ダメージは、入っている。
「あぁぁあぁぁあぁぁあぁぁんん!?
 はぁぁぁぁあ、はぁぁぁああぁぁっっ!?」
だが女は相変わらず恍惚な悲鳴ばかりを上げている。
あぁもういい加減、聞き飽きたわよ。
(……おそらくこの女は。
 神楽魔姫からなんらかの魔力を与えられている?
 それがこの女を動かしているんだわ。)
矛盾曲だろうとなんだろうとこの女はただの奴隷。
ただの生身の人間。
まともな戦闘能力なんて持っていない。
だがたとえ仮初の力であっても。
「あぁぁぁぁぁあああんっ!?」
魔法を発動することはできる。
この隕石魔法は確かエルカサスの……?
「ぐっ!?」
「きゃああぁっ!」
私とラナーに隕石群が直撃する。
く、変態の癖に高レベルの魔法を使う!
「いい加減に……」
私は弓を構える。
思い知らせてやろう。
次期高位天使シャルナーの力を。
「しなさいっ!
 魔殺弓(まさつきゅう)!」
その矢はあらゆる魔を貫通する。
「……は、ひぃぁ……?」
全裸女はさすがにまずいと思ったのか、手足をバネのように動かして回避しようとする。
だが無駄だ。
魔殺弓は奴がどれだけ縦横無尽に動き回ろうとその標的を見失うことはない。
さぁ、おとなしく。
「断罪を受けなさい。
 呪いの産物とやら。」
「ふ、ひゃぁっ!?」
全裸女の姿が見えなくなる。
その瞬間、奴の気配がまたも私の背後に現れた。
そしてそのまま私に向かって飛び掛かり。
「あぁぁぁぁあんんんっ!?」
私を踏み台に、手足で遥か上空に飛んだ。
そして私のすぐ後ろには放った矢が……
「見え透いた手ね。」
……私をすり抜け、上空に飛んだ変態を追う。
「え?」
「これは悪しき魔だけを断罪する矢。
 私には、届かない。」
奴は逃げ場を失い、矢に貫かれた。
「ひっぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁっっ!!!」
貫かれた女はそのまま地上に落下する。
その落下した先は神楽魔姫の目の前だった。
「あ、えへへへへへへ、ぱけ……」
奴は目を回し、手足を変に曲げつつもまだ生きているようだ。
この手の相手に限ってしぶとい。
だがさすがに勝負は……
「ぶらぼ〜〜〜〜〜〜!!」
ぱちぱちぱち、と。
拍手が鳴り響く。
「小動物の曲芸、なかなか見ごたえがあったのだ。
 うむ、久々の愉しい見世物をありがとう。」
それは神楽魔姫の賞賛だった。
小動物、小動物、と。
いつまでその余裕が続くかしら?
「ただ、夏奴。
 魔姫は今日はフレンドリストの更新に来たのだ。
 その相手はあくまで人間でないといけない。」
奴の拍手が止む。
「だから。」
そして。


「……ふぇあ?」
奴はラナーの前に一瞬で現れた。
「……っっ!?
 はな……」
だが、もう遅かった。
「……ふぇ、ふぁあああぁぁあぁあぁあぁぁっっっ!!?」
ラナーが突如奇声を上げてうずくまる。
そのまま徐々に地上に落ちていく。
それはつまり、奴と直接対面して……
「は、早く離れるのよ、ラナー!」
「い、いぎいいぃぃいいぃいぃいいいぃっっっ!!?」
だがラナーには聞こえていないのか。
ただただ本当の意味で涙を流しながら、半ば半狂乱で叫んでいた。
(……これが、奴の力。中位天使ですらここまで……)
"強制魔力簒奪能力"。
それが奴が人類最強の魔法使いと言われる最たる所以。
奴の半径約38メートル。
その付近に入ると強制的に魔力を簒奪される。
原理は、一切不明。
いかなる魔法耐性でも防ぐことが出来ない。
人類はおろか、研究肌である副天使長ウルイエル様をもってしてもその能力の全貌は明かされていない。
つまり奴の近くにいた、あの矛盾曲の全裸女はいままでずっと。
「……あれぇ?魔姫さまはどこにぃぃ?
 どこにぃぃぃっ!?」
だが今は全裸女を放置してラナーの近くにいる。
吸われてる状態が日常になっており、吸われていない状況の方に違和感を持っているのか?
とことん理解し難い変態女だった。
「か………」
ラナーがついに地上に落下する。
だが私はその隙を見逃さなかった。
「魔殺弓!」
ラナーが倒れる、その身体を死角にし。
神楽魔姫にその矢は放たれる。
矛盾曲を断罪したその矢は神楽魔姫を貫いて……
「……え?」
……素通りした。
これはいったいどういうことか?
「おや?
 変わった曲芸なのだ。
 それとも、お前は優しい小動物なのかな?」
……何故?
どうして奴の身体をすり抜け……
(……魔殺弓は邪悪なものを断罪する矢。
 悪魔だの、呪いだの、そういった類のもの全て。
 だがそれが素通りしたということは。)
……私の矢があれを、邪悪な存在ではないと認識している?
ふざけるな、あんな悍ましいものが、どうして?
「戯れは終わりにするのだ。
 魔姫は今日はとても大事な用件で来たのだから。」
「……どんな、用件よ。」
聞きたくはなかったが、対処法を考えるために会話で時間を稼ぐ。
「魔姫はマイフレンドと同じ、時の放浪者とやらを見てみたい。
 そのために小動物の国に来たのだ。」
その言葉の真意は私には分からなかった。


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