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39話 疑念
神楽魔姫が去ってから3日後。
魔法学院はしばらく休校となった。
再開の見込みは、まだ不明。
カデンツァの上層部は都全体を立て直すことにいまは注力していると言う。
まぁ哀音から聞いた話だが。(例のホーレンソウとかいう情報収集魔法、便利だな)
この都の殆どの住人は、何が起きたのかははっきり知らされていない。
だがその被害は深刻も深刻らしい。
死亡者は1万人を超え、命だけは拾った者たちも重体多数。
実際に動ける人間は半分前後であり、立て直しには相当な時間を要する見込みだ。
くどいが哀音から聞いた話である。
俺にはこの都の政治的な部分など分からない。(というか哀音も情報を聞いてるだけで分かってないだろう)
(……学院の奴等が無事だったのは、不幸中の幸いと言ってもいいのだろうか。)
知らない人間の死よりも、知っている人間の生存の方に思考が傾く。
冷酷、とは違う。これは人間の心理だ。
俺にとっては当たり前の価値観であり、一般から外れた考え方でもない。
誰だって近しい存在が大事なのだ。
(ただこの状況。
この状況でも奴等は現れるのだろうか。)
七罪魔、醜悪の悪魔ダルバック。
そしてそれを転移させて来る、掌握の悪魔グリモア。
そもそも奴等は何故この場所にやって来るのか。
(リオンの奴は言っていた。
おそらくは、大した目的はなくただ自分達の力を増すために来る、と。)
そのために人々を喰らい、力を高めている。
おそらくは、覇帝や連盟に備えて。
奴等は俺たちのことなんてそれくらいにしか考えてはいない。
だがそうだとすると。
(この状況で奴等が現れる意味。
実はもうなくなってるんじゃ?)
ないとは言い切れなかった。
何故ならば。
「やぁ、聖二君。」
肩に手を置かれる。
「あ、あぁ。
よう、キリング。」
キリング・アスレイ。
過去の周回では実地試験で戦ったり、トーナメント戦に一緒に出場したりと。
何かと縁がある男だ。
最初の頃は敬遠していたが、何度か周回するうちに不思議と知り合うようになっていた。
「……まったく、キリング様にお声をかけられたと言うのに。
ぶつぶつ……」
……こいつの取り巻きはそれを良しとは思っていないようだが。
まぁそんな事よりも。
「そうか。
お前も今日帰るんだったな。」
「あぁ。不服なのだがね。
実家の当主が今回の件で危険を感じて戻るようにと通達があった。
流石に貴族としては戻らない訳にもいかない。」
キリングは本気で嫌らしく、大きく溜息を吐いた。
こいつにしては珍しい仕草だ。
「聖二君はどうするつもりなんだ?」
「とりあえずはまだいるつもりだよ。
呼び戻す親とかもいないしな。」
「……そうか。
ではお互い、縁があればまた会おう!」
失礼する、とキリングと取り巻き女は去っていった。
ちなみに取り巻きの名前は、なんだっけ?アズキだっけ?
(キリングだけでなく、この都を去る者たちは沢山いる。
奴等が現れる意味はもう……)
……いや。
だったら雫(の元となった少女)の施設はどうして破壊される?
覇帝が関わったからか?それはまぁ大きいとは思うが。
(……人数じゃない。
いや、それもあることはあるだろうが。)
決定的な理由じゃない。
俺はリオンの話を思い出す。
「醜悪の悪魔ダルバックはいわば破壊獣だ。
映ったもの全てを喰らい、または破壊する。
ただそれだけの知性なき怪物。
だが掌握の悪魔グリモアは違う。
やってる事は本質的にはダルバックと変わらないかもしれないが。
奴は明確な目的を持って動く。
ならば奴にとっては意味のあることなのだろう。
あの施設や、この都を破壊していることにも。」
(……だったら、その目的はなんだ?
奴の今までの言動から鑑みるに……)
「……適合率、38%。
なんて品質の低い、燃料。
……だが、まぁいい。
30%以上なら”半分”は持ってこれる……」
魔女の家の時の言動。
あの時レラインの身体を乗っ取っていたのは掌握の悪魔だろう。
そして天使連中の件でもリオンの話によると、天使ラナーを乗っ取っていたという。
そういえばアンヌ・ポルクスの妹、だったな。魔女の家の件でも確か、一度乗っ取られていた素振りがあった。
(……奴の詳しい能力については、リオンも知らなかった。
だが端末、という言葉もある。
天使は人間の身体を使って活動することが出来ると、ハイドから聞いた。
だったら掌握の悪魔は?)
奴の目的は、自分の端末、すなわち身体を得ること?
そしてそれは誰でもいい訳ではなく。
適合率とやらが高い身体が、欲しいってことか?
(考えても答えなんて出る訳ないか。
ただ一つはっきりしてることは。)
この状況でもまだ何一つ油断できないということ。
そして過去の周回とはまるで異なるこの状況。
となると。
(……敵の周回者は、ここからどう動く?)
未だ何者かも分からない、ベールに包まれた存在。
アンヌ・ポルクスでも、天使でも、エルカサス学院長でもなかった。
(だとしたらいったい何者なんだ?
どうして、こんなことを続けるんだ?)
何度も何度も疑問に思ったこと。
当然今回も答えなんて出る訳がなかった。
俺は寮に戻っていた。
といっても此処も入ることは出来ないのだが。
俺は此処で会ったあの女、神楽魔姫のことを思い出していた。
「シャルディス。
シャルディス・ブラッドを探すのだ。
そうすれば、お前の苦労も終わる。」
シャルディス・ブラッド。
聞いたこともない名前だ。
そいつを探せとはどういう意味だ?
奴の目的はいったい?
(……いやそっちは七罪魔や周回者よりも更に分からねぇ。
情報が足りなすぎる。)
だが無視できる内容とは思わなかった。
奴は、神楽魔姫はおそらく俺たちの知らない何かを知っている。
謎だらけの状況に、更に放り込まれた謎。
正直もういい加減にしてくれって感じだ。
(……何も変わって、ない。
下層にいた頃の俺と、何も。)
気分が沈まずにはいられなかった。
あの頃も記憶の改竄により、俺は何一つ知らず日々を過ごしていた。
それを取り戻せたのも、日常を失ってから。
そして今も、あの時となんら変わっていない。
意味の分からない状況に翻弄され、効果的な手を何も打てずに右往左往している。
(……どうして。
どうしていつもこうなるんだ?)
俺は手を強く握る。
無力。
何度も何度も過去感じたもの。
だがたとえ無力であったとしても。
俺は、立ち止まる訳には……
「よ、聖二。」
「……うぉっ!?」
また肩を叩かれる。
あぁなんだガライか。
「お、あぁなんだガライかって面だな。
はは、まぁ詩織ちゃんじゃなくて悪かったな。」
「……いやなんで詩織?
あいつは肩なんて叩いて来ないだろ。」
「いやまぁそりゃそうなんだけどさ。はは……」
いつもとは様子が違う。
当たり前だ。
あんなことがあった後で平常心で過ごせる訳がない。
「そういえばお前はどうするんだ?
イムヌスに帰るのか?」
「……帰る、か。」
ガライが微妙な表情で呟く。
……もしかして地雷話、だったか。
「……そ、そうか。
そういえばお前はイムヌスから逃げて来た、んだっけ?」
あまり普段そういう話をしないので少々戸惑うような聞き方になってしまった。
「……そうだな。
俺は一族では落ちこぼれだった。
だからまぁキリング・アスレイの奴みたいに特に戻って来いとも言われてなくてな。」
「………」
落ちこぼれ、か。
そういえば俺も幼少の頃は兄貴に比べて全然器じゃないとか。
そんなことを言われていた気がする。
けど、それでも。
「それでも、心配してくれてる奴はいる。
そうじゃないか?」
「……聖二?」
ガライにも、たしか兄貴がいた筈だ。
この周回でその話をしたことはないと思うので言葉は濁らせたが。
だがその真意は伝わったらしく。
「……そうだな。ありがとう。
俺も、帰ることにするよ。
家族に、会って来る。」
「あぁ、その意気だ。」
俺たちは笑う。
ぎこちない笑み、だったとは思うが。
俺は此処で得たものを、決して忘れはしない。
少なくともこの周回では、こいつらは死なずに後の人生を歩むことが出来る。
それは決して俺の手柄ではなかったが。
(……いいさ。俺のおかげかどうかなんて、どうでもいい。
そんなことは、俺にはどうでもいい。)
それが俺の偽らざる本音だった。
「そういえば詩織の奴も帰るのか?」
何気なく聞いてみた。
「うーん、どうなんだろうな?
あの子は東方の村出身、てことらしいけど。」
ただ……と。
「……実は、違うんじゃないかな。
よくゴブ吉君とかそんな話をしてるけど。
本当は、詩織ちゃんの家族はもういないんじゃないかなって。」
……考えられる話だった。
そして珍しい話でもない。
家族を失った代わりに今は弱い魔物と身を寄せ合って暮らしている。
そういう推測は容易に立てられる。
だから彼女は此処の一部の魔物とも仲良くすることが出来てたのだろうか?
「……その子、気をつけた方がいいかも。
森の魔物を従えるなんて、それこそ退廃の悪魔くらい。
その関係者の可能性が、あるかも。」
俺は何故か過去の哀音の言葉を思い出していた。
ガライとも別れ、俺は学院の敷地を歩く。
その地面はところどころひび割れている。
周りの建物の中には完全に崩れてしまったものもある。
だが哀音の話によると、入口付近はもっと酷いらしい。
「……ん?」
ふと建物の方を向くと。
見覚えのない魔物が目に入った。
(……ネズミの魔物か。)
やたら顔が大きい、ネズミみたいな魔物。
ボールマウスとか言って俺たちの時代にはいない魔物だとリオンは言っていた。
「………」
……そういえば。
魔導研究所の中でもあの魔物を見かけた。
だから何って話ではあるんだが。
「……どこ行くんだろうな、あのネズミ。」
特に深い考えがあった訳ではない。
だが俺はなんとなく、ネズミの魔物を追っていた。
いろいろと精神的に疲れており、気晴らしに、とでも思ってたかもしれない。
だから。
「……あれ?」
そのネズミの魔物は突然止まる。
一人の少女の目の前で。
「あ、マウマウ!
もう、どこ行ってたの?」
(……なんだ詩織か。)
少女は詩織だった。
この都で仲良くなった魔物、だろうか?
まぁ、何度か見た光景だ。
実地試験の時もその能力のおかげでいろいろと世話になった。
「……その詩織って子、魔物を操ったの?」
「あ、あぁ。
まぁ詩織は、協力して貰った、て事らしいけど。
魔物の言葉が分かるらしくて……」
「……そんな魔法は、私は知らない。
その子の使用属性は、水Lv2だけ?」
「……あぁ。詩織はそう言ってたけど。」
(………)
俺はネズミの魔物とじゃれ合う詩織を遠目で見ていた。
彼女は俺のことには気づいていない。
俺もガライもいない場所では、あんな顔をするんだな。
「………」
……どうして魔導研究所にあの魔物はいたんだ?
別に関係ない。
ネズミの魔物なんてそこら中にいるものだろ?
……だが絶滅危惧種の魔物だって。
「……その詩織って子、魔物を操ったの?」
ざわり
一度沸いた疑念は消えない。
……あんな小さい魔物なら、魔女の家や魔導研究所にいたとしても。
俺たちが気づかなくても不思議はない。
(……だから、なんだ?)
そんな推論に推論を重ねて何になるというのか。
俺は詩織に話しかけずに、その場を離れた。
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