SS TOPに戻る 前へ 次へ


44話 0週目



私の始まりがどこだったのか。
それはもう分からない。
けれど一番最初の記憶は、いつも変わらない。
「……ぅ……」
知らない天井。
知らない部屋。
そこはとても白い、ただ白い部屋だった。
「………?」
自分は誰?
いったい此処はどこ?
すべてが、空白。
すべてが、虚無。
私は私が私であるものを何も持っていない。
おそらく、そう。
……私はこの場所で、初めて生まれた……
もしくは、生まれ変わったのだろうか?

「あら、目が覚めたのね。」

私が初めて聞く他人の声。
それはとても聞き心地のいい、可憐な少女の声だった。
少なくとも私にはそう聞こえた。
「……あ、なたは……?」
誰だか、わからない。
”彼女”の見た目の特徴を上げるのは難しい。
なぜならば、”いつも変わる”からだ。
服装のこともそうだが。それ以上に。
「目を覚ましてくれて嬉しいわ。
 いろいろ不安なことがあるのはわかってる。
 でも安心して。」
私よりも少し小柄な少女は、私に安心を与えるように。
「私はあなたの味方。
 そして此処にはあなたと同じ境遇の子がたくさんいるの。
 だから何も怖がる必要なんて、ないんだよ。」
温かい。
何も持っていない空白の私に、その声と温もりはまるで。
母親のような、そんな印象を私に与えた。
「私は月詠夜夜子。
 あなたは自分の名前を憶えているかしら?」
「……名前。
 分から、ない……」
私は空っぽだから。
今まで自分がどうしていたのかも分からない。
だが目の前の少女、月詠夜夜子は私に優しく教えてくれる。
「あなたはシャルディス・エレインと呼ばれていたわ。
 でもエレイン家はあなたを実験施設に売り渡した。
 酷い話よね。
 精霊魔法の才能がなかったからと言って。
 でも今はもう関係ないのよ。」
何故なら。
「あなたはもう人間ではなく、吸血鬼に生まれ変わった。
 だから名前だって変えるべき。
 少なくともエレインは取りましょうか?
 シャルディス・ブラッド。
 シンプルだけどそんな感じでどうかしら?」
「……シャルディス・ブラッド……」
……わからない。わからないが。
その名前はシンプルに私というものを当てはめてるように感じた。
だからそれこそが私の名である。
彼女に、月詠夜夜子にもらった私の名。
この瞬間、私は空白ではなくなったのだと。
今でも強く感じている。

……けれど。
あの方の見た目の特徴を上げることは難しい。
何故ならばいつも変わるからだ。
服装もそうだが、それ以上に。
喋り方。接し方。髪型。顔つき。体型。魔力。
そして、心すらも。
何一つ一定としない。
だから彼女は。
”私の前”では”私の理想”の少女でいてくれる。
それがとても心地よいのだ。
だから私はもう。
最初から彼女という人間に惹かれていたのだろう。
きっかけなんて必要としない。
他人に惹かれるということはきっとそういうことだから。

私は私と同じ仲間の吸血鬼を紹介された。
それ以外の夜子様の協力者たちについても。
でも今の私はその詳細を思い出すことはできない。
すべてを、もう忘却してしまった。
唯一いまでも覚えているのが私の理想であった夜子様。
あとは、まぁ、このあと再会した人たちのことは、その時になって思い出したのだけど。
ただどうしてそうなったのか。
それだけはうんざりするほど、覚えている。
この身体に染みついている。

私にとっての不変の記憶は2つ。
一つは夜子様。
そしてもう一つは。
どれだけ時間が経っても消えない忌々しい記憶。
地獄の雷。終わりなき闘争の権化。
闘争の悪魔ガラハド。

……その戦いの詳細はもう思い出せない。
どうしてそういう事になったのかも。
私は仲間から、奴との戦いにおいて私がキーになる、と。
そんなことを言われた記憶が微かにある。
けれど、当時の私は、きっと。
「うわあぁああぁぁあああああああぁああぁあぁっっっ!!」
怒りか。
嘆きか。
それとも、単なる恐怖か。
いずれにせよ、がむしゃらに奴に攻撃を仕掛けていた。
もちろん、そんな攻撃が奴に通用するはずもなく。
「くだらぬ。」
奴から受けたその一撃。
その一撃によって、私はどこか遠くに飛ばされて。
気づいたときには奴との戦いはもう終わっていた。
今ならそう冷静に分析できるけれど。
当時の私にあったのは。
「あぁぁああああああああああぁああぁぁっっ!?
 いやああぁぁあぁぁぁぁあぁぁっっ!!」
終わらない、痛み。
地獄の雷が全身を焼き”続ける”。
それはいつまでも経っても消えない。
終わらない。
消えない。
終わらない。
何故、どうして?
その痛みが。
苦しみが。
長い長い年月の果て、当時の私の思い出を、記憶を、すべて焼き尽くした。

だから、そう。
私の中には夜子様と奴のこと以外、何も残らなかった。
この200年をどう過ごしてきたのか。
私は何も思い出すことが出来ない。
ただ一つ言えることは。
私は吸血鬼から正真正銘、ただ暴れ狂うだけの化物に成り果てていた。
今でもはっきりと思い出せる。
そのころの私にあったのは、永遠に終わらない痛みと苦しみ。
もし、”彼女”に会うことがなければ。
私は終わらない化物として、この世に徘徊し続け、いつの日か化物として討たれただろう。


「……ガアァァァァァッ!!
 ウアアァァアァァアァッッ!!」
「くっ、なんなんですか、こいつはぁっ!」
私はその日も化物のまま。
終わらない痛みと苦しみのなか。
取るに足りない人間を襲っていた。
「……ははっ。
 私、死ぬんですかぁ。
 まだ私の絶対的な主人にも会えていないのに……」
私という化物がその女の首筋にかみつこうとする。
女は観念したかのように見えた。
だが。
「……確かに私はここで終わりみたいですがぁ。
 でもあんたは、解釈違いなんだよぉ!
 お前なんて単なる、恐怖に焼かれただけの化物!
 私の主人には全然ふさわしくなぁぁぁぁああぁい!!」
女はわけのわからないことを言っていたが。
化物の私にそんな言葉が通じるわけもない。
ただ衝動のまま、襲っているだけに過ぎない。
この日の記憶も、一瞬で燃え、掻き消える。
ただそれだけの、単なる……

「なんだ、おまえ?」

だがそこで。
知らない少女の声が耳に入った。
私はその声の方角を向く。
何故そうしたのかは分からない。
「なんか変な音がするな。
 キーキーうるさいぞ。」
やってくる。
近づいてくる。
当然、私は衝動のまま襲おうとする。
だが。
「なんだおまえ、苦しいのか?
 深呼吸しろ。」
少女はまるで気にした風もなく、よく分からないことを言っていた。
私は一瞬の間、逡巡する。
その瞬間。
「ん。」

何かが、私の中から、砕け散った。
その、何かとは?

「……え?」
「治ったか?」
痛みが。
苦しみが。
掻き消える。
200年も私を焼き続けたものが。
いとも容易く。
「おい、治ったのか?」
「……なおっ、た?」
理解が、追いつかない。
それでも、自分が今まで何をして来たのかだけは思い出した。
「……私は、戻って来たの?」
シャルディス・ブラッド。
それが私の名前。
そのことを、200年ぶりに思い出す。
「……あな、たが……?」
「???」
私は少女の方を見る。
着物の少女。
背丈からみてどう見ても子供。
だが大きなリボンとその眼が私の興味を引いた。
「……違う色の、瞳?」
両目の色が違う。
水色と、紅の瞳。
その紅の瞳は、そう。
……かつて仲間たちに見た、吸血鬼の瞳を思い出させた。


さて。
何故、この世界はこうも過去が変わってしまったのか。
聖二も、哀音も、リオンも、ずっと疑問に思っていた。
だが彼らは、大事なことを一つ見落としていた。

そもそもなぜ、彼らは時の狭間に足を踏み入れたのか。
それは最初から自分たちの意思だったか?
否。
すべては、彼女に導かれて始まったこと。
最終的にその決意をしたのは各々であったとしても。
その時の扉を開こうとしたのは。

つまりはそういうことである。
彼女は聖二たちよりも僅かに早く。
この世界に来訪していた。
ゆえに。

「よく分からないが、お前は誰だ?
 私は刹那だ。真那じゃないぞ。」

この世界は改変される。
すべての過去は、書き換わる。


SS TOPに戻る 前へ 次へ