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56話 総力戦



学院の敷地内に現れた矛盾曲・夏奴。
その暴虐を止めるべく動いた警備隊と学院の生徒・教師陣。
この騒ぎは既に学院全体に届いていた。
豪奢な金髪の教師シャルライト・エレインも既に現場の近くまで来ていたが。
(……楽な相手じゃないわね。
 少なくとも天使の力なしで撃退するのは難しい。)
それが彼女の評価だった。
祭りの会場に現れた存在は今代の矛盾曲。
シャルライトは自身の魔殺弓があれば撃退できると思ってはいるが、そのためには天使の力を全開にしないといけない。
(どうするの?エルカサス。
 このまま放置すれば騒ぎは大きくなるわよ。)
シャルライトは自身の額に人差し指をあて、学院長エルカサスと通話していた。
いわゆるテレバシーを通じて、エルカサスはその質問に回答する。
「いま貴方達のことが露呈するのはまずいわね。
 確かに相手は奴の、神楽魔姫のペット。
 ただ奴本人がいないというなら、少し様子を見ましょう。
 貴方達はこの学院の切り札なのだから。」
(そう。
 まぁ貴方がそう言うなら私はそれで構わないけれど。)
シャルライトはエルカサスの決定に異議は唱えなかった。
内心ではそんな容易い相手じゃないと見切ってはいたが。
その結果この学院に、自身の擁する生徒や教師に万一なにかあっても、それはエルカサスの責任。
(いいわね、ラナー。
 間違っても勝手に手を出すんじゃないわよ。)
(ふぇぇ。
 分かりましたぁ、シャルナーお姉様ぁ。)
ラナーにも決定事項をテレパシーで通達する。
こうして以前の周で矛盾曲に勝利した彼女達はこの状況に傍観を決め込んだ。


俺たちは全裸の女を囲む状況となった。
警備隊隊長メイク・ザルツブルク。
部下の警備隊員9人。
学院教師ラーク・ハインヌ。
学院生徒である俺、聖二に加え。
ナギサ、ガライ、詩織、インファイト、キリング、キリングの取り巻き女(名前は忘れた)の6人。
合計18人。
周りの人々は何故か性行為に果てたかのように横たわっている。
これが奴の能力なのだろうか?
(とはいえ矛盾曲とやらについて、俺は特に詳しいわけじゃない。)
記憶だと刹那や哀音が閉じ込めてたり、あの堕天ってやつが蹴り飛ばしていた気がする。
そのせいでいまいち脅威感は薄かったが。
(だがこの場にあいつらみたいな超戦力がいるわけじゃない。)
哀音はこの会場のどこかにいる筈だが、彼女はいつもの時の呪縛のせいで力をまだ存分に発揮できないし。
刹那や堕天と比較してしまえば、この場の18人集まっても、あいつらには及ばないだろう。
つまりまったく油断できないどころか、極めて危険な相手だ。
そう思い、俺は決死の覚悟をもって剣を構える。
相手の全裸女は傾いた姿勢で、涎を少し垂らしつつ、狂気に染まった眼をしていた。
どう見てもまともな相手ではない。
だが俺たちは特に問題なく、その場で戦闘態勢をとることが出来ていた。
戸惑っている奴は当然いるが、あくまでそれだけ。


……そう、何故か聖二たちは周りの人々のように横たわっていない。
矛盾曲・夏奴には自身から放たれる愛液によって、周りの人間に性欲をもたらす能力がある。
少なくとも立って戦うなんてことが出来なくなる程度には。
だが聖二たちには効いていない。
それを防いでいるのは……
「……うぅ、あの人なんか怖いね……」
「詩織は後方で待機してくれ。
 回復要員はいて欲しい。」
「う、うん、分かった……」
それは聖二が回復要員として後ろに回している詩織の力である。
厳密には、詩織が幼少の頃に得た退廃の悪魔の力の欠片。
それを彼女は無意識化で発動しており、夏奴の能力を防いでいた。
普通に自身に立ち向かう彼らに対し、当の矛盾曲・夏奴の反応は……
「……なんで?
 どうして、貴方達はワタクシの世界を拒絶しようとするの?
 あの方の世界を、否定しようとするのぉぉぉぉぉよおおぉおおぉっっ!!」
更に大きく能力を発動する。
囲む彼らにも少しばかり、自身の様子がおかしいと感じる者が出始めた。
いかに詩織が能力を防いでるとはいえ、自覚的にやっている訳ではない。
防げるレベルには限度があった。
「長期戦は出来そうにないから、
 一気に勝負を決めますよぉ!」
「はい、隊長!」
メイクは自身を中心に、部下の警備隊と共に相手に斬りかかる。
先ほどまでの交戦でもはや一切の躊躇をしていい相手ではないとメイクは感じていた。
自分はいまはこの都の警備隊であり、この都を守るのが仕事。(給料は大事)
当然の判断といえた。
「援護させてもらうぜ、メイクさん。」
更に赤毛の筋肉質の男、ラーク・ハインヌの造り出した魔法球がメイク達を援護する。
それらは夏奴の足元にぶつかったり、閃光を放ったり、急に爆発したりと、的確に敵の妨害行動をしていた。
彼のオリジナル魔法ライトサーチ。
最初の周回で実地試験に使用されたこの魔法の最大の利点は汎用性に優れるという点である。
更にいくつもの魔法球を同時に操作するその手腕。
その精密性はこの魔法学院の教師のなかでも屈指のものであった。

「俺たちもどうにか援護したいが……」
そんななか聖二はこの状況において攻めあぐねていた。
既に前線には都の警備隊、援護にはラーク教師が動いている。
いくら大人数で囲んでいるとはいえ、一度に飛び掛かれる人数としてはこれ以上は邪魔になる。
相手の全裸女は警備隊の攻撃をくらいまくっているが、まるで倒れる気配がない。
そのうえ奴は攻撃を受けて吹っ飛んだと思ったら、何故か攻撃を与えた警備隊の背後に現れるのだ。
警備隊長のメイクが上手く対処しているがそんな珍行動に対応できているのはあの女だけだ。
(……強いな。さすが警備隊隊長ってところか。
 近接戦闘力は俺とはまるで違う。)
インファイト、キリングと比べても明らかな格上。
下手な援護は彼女の邪魔になるとすら思った。
だがこのまま押し切れるのか?
(……先ほどの隕石魔法。
 おそらく兄貴が使っていたドラゴンメテオ。
 なんとか詠唱を防げないか?)
そんなことを考えていると。
「……うっ、うあぁぁっ。
 邪魔、じゃまじゃまじゃままままままままぁぁあぁっっ!!」
言ってるそばからまたドラゴンメテオが放たれた。
大量の隕石群が警備員達に降り注ぐ。
「ぐわっ!?」
「うわああぁぁっ!!」
「みんな、援護だ!
 あの隕石を撃ち落とすぞ!」
俺たちはフレイム、プラズマ、アクアなど、魔法には魔法で相殺を試みる。
だが俺たちの魔法では明らかに威力が足りていない。
5発当ててようやく隕石1個相殺できるといったレベルだ。
(くそ、援護にもなってねぇ。
 結局、俺たちだけでは……)
警備兵たちも次から次へと倒れていく。
残りはメイク含めて4人。
前衛が不足してきてるのは明らかだ。
「だったら私が行こう。
 これ以上は前線が持たない。」
キリングが両手を握り合わせ、前に出る。
「何を言う、キリング・アスレイ。
 ここは図体しか取り柄のない私の出番だ。」
大柄なインファイトも同じく前に。
近接戦闘には一家言ある奴等だが、如何せん相手はどうみても普通ではない。
このままではジリ貧に……
(……いや、待て。)
あの変態女は一見、不規則に出鱈目な動きをしてる怪人に見えるが。
実のところ攻撃を受けたら、攻撃した相手の背後に回る。
その謎のワープ能力みたいなもののせいでそう見えるだけではないか?
直に対面しているメイク達はそんなことは思ってないかもしれない。
だがそれでも……
「……キリング、インファイト。
 俺の作戦に乗ってくれないか?」
「うむ。もちろんだ!」
「この筋肉の壁、いくらでも使ってくれ。」
あっさり乗る両名。
そして俺はガライに声をかける。
「さぁ、ガライ。
 俺たち雑魚の出番だぜ。」
「……へっ。
 何するつもりなんだ?」
「あぁ、それは……」

メイクが夏奴と戦い始めてから既に30分が経過していた。
しかも最初の数分はメイクが一人で応戦していたのだ。
さすがに彼女にも疲弊が見えて来る。
(……でも、おかげでこいつの攻撃パターンは見えてきましたねぇ。)
こいつは、”それほど”強くない。
確かにあの隕石魔法は厄介だが動き自体は素人の延長戦上。
あのワープ能力に不意をとられ私の部下たちは敗れただけに過ぎない。
それさえ除けば攻撃パターンは単調に過ぎた。
(ただ、問題は……)
全然倒れない。
もうかなりの攻撃を与えているのに、まるで倒れる気配はない。
明らかに人間の常識を逸脱した、常軌を逸したタフネス。
加えて動きも最初に戦った頃からまるで鈍っていない。
(さすがにもう、決着をつけないとまずい、ですねぇ。)
メイクは自分の体力の限界を感じていた。
残る部下は2人。
もはや無理やりでも勝負に出るしかない。
(……こんなところで、死ぬ気はない。)
メイクは夏奴が正面から向かってくるときを見計らい、その一撃を……
「はああぁぁぁあぁっっ!!」
「うぉおぉおぉおおぉっ!!」
……与えようとしたところで割り込んできた二人の男の影。
学院の生徒、確か名前はキリングとインファイト。
「……なぁにやってるんですかぁ?」
「すまない、メイクさん。
 だが私たちが時間稼ぎをさせてもらうっ!」
「なにせ図体だけが取り柄なものでな!
 あとは妹の世話だけが私の生きがいだぁっ!」
二人で4発程度の攻撃を与えたが、やはり相手はすぐに消える。
そして二人の背後に……
「さぁ、貴方達も、ワタクシと共に魔姫さまのぉ……っ!」
だがその瞬間こそを。
「待っていたぜ。
 行くぞ、ガライ!」
「不発でも文句言うんじゃねぇぞ!」
聖二とガライは魔法詠唱を既に終えていた。
その魔法は。
「スライド!」「タンブル!」
夏奴の両足を滑らした。
「……は?」
縦横無尽に動き回ってたように見えた女は後ろから倒れる形になる。
そしてその隙を前線のメイク達が見逃すわけはなかった。
「聖爆剣っっ!!」
「ダブルソードぉっ!!」
「炎直球ぅっっ!!」
三者の攻撃が同時に直撃する。
「ひゃああぁぁあああああああぁああぁああぁあぁあっっっ!!!」
夏奴は30メートル真上に吹き飛んでいった。
「よし、作戦成功だ!」
「ど、どうだ、俺たち雑魚だって……」
……だが。
「あぁ……あはっはははははっ……ひひひひひひひっっ!!」
女の狂笑が周囲に伝搬する。
その笑い声を聞いた者たちは少なからず気分が削がれていた。
「……っっ!
 みんな、この声を聞くんじゃねぇっ!!」
聖二が注意を呼びかけようとするものの、既に遅し。
各々、突然気分が悪くなったように顔を下げる。
特に酷かったのが……
「……う、あぁぁぁああぁ。
 ま、また、また、あの人が……っ!!」
「詩織ちゃん!?」
恐慌状態に陥った詩織をナギサが抱きしめる。
そして彼らは知らないことだが、詩織がかけていた加護も消える。
……つまりは。
「……うっ!?
 な、なんだこりゃ、身体が熱く……」
夏奴が放っている能力を防げなくなる。
全員、足元もおぼつかなくなったその時……
「……ひひひひひ、ひぎゃあぁっっ!?」
笑っていた夏奴が突如、上空から叩き落された。
それは夏奴のさらに上空からの一撃。
その一瞬で彼女の上から攻撃を加えた人物は……
「……え、誰?」
その人物こそは、謎の覆面男だった。
顔から下こそ恰好は普通だが、おかげで余計に覆面が強調されていた。
「俺はミスターH。
 いいか、ミスターHだ。」
個人の尊厳のため、中の人は秘密である。
(……いや、声で分かるから。)
聖二は呆れつつもその男の参戦に喜びを隠しきれなかった。
だが。
「……なんだ、おまえらは?
 どうして、理解しない……?」
全裸の女はまるで効いた風でもなく幽鬼のように立ち上がる。
その怨嗟を、俺たちに叩きつけるかのように。


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