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57話 悪夢の中で見た光



こいつらはなんだ?
どうしてワタクシを否定する?
何故あの方の、魔姫サマの世界を理解しない?
理解、出来ない。
オマエタチは、おかしい。
ワタクシが、正しい。
あの方だけが、世界。
この真実の、世界。

「……い、いやだ……いやだ……
 暗い、苦しい、頭、身体、痛い痛い痛い痛い痛いっっ!!
 助けて助けて、たすけてたすけてたすけてたすけ……っっ!!?」

気が狂うほど、終わりなく流れて来る、誰のものかも分からない、憎悪。絶望。悪夢。
いつから、それが始まったのか、ワタクシは、もう覚えていない。
ワタクシにも、どこかの誰かがいたのか、など、何も。
でも、いまは違う。

「おや。これは変わった小動物なのだ。
 うむ、これ1匹飼えば沢山の小動物を味わった気分になれる。
 人間の言葉ではこういったものを何と言うのだったかな?
 そう、美酒だ。
 きっととても良いものだ。」

……誰のものかも分からない、負の感情の激流が止まらないのであれば。
それをも上回る絶対。絶対の存在でこの感情を上書きして、埋め尽くす。
その結果、ワタクシは全てを忘却し、前向きな狂気で自分を満たすことが出来る。
「それこそが、ワタクシの光。」
わらわらと集まって、薄い絆をもてはやして、おまえらは何がしたいんだ?
こいつらは、頭がおかしい。
狂っている。そう、狂っているに違いない。
ワタクシだけが正常だ。この世界で唯一。
「ワタクシだけが、真実の世界を知っているぅ!
 どうしてそれが分からないのよぉおおぉおおおおぉおおぉおおおぉっっっ!!!」
ゆえに知るがいい。
この世界の人々が受け継いできたこの悪夢(ナイトメア)を!!

負の悪夢の狂躁(ナイトメア・グローリー)!!!!!!」

目の前の全裸女から放たれた悍ましい闇は先ほどまでの比ではなかった。
感覚だけでもその禍々しさは理解できるが、その光景は視界にも現れていた。
闇黒が奴を中心に、空気を塗りつぶしていく。
あれに飲み込まれた奴は良くて発狂、むしろ存在が残るかどうか。
「くそ、ついに本気ってことか!?
 何か手はないか、ハイ……じゃなくてミスターH!」
「……手がないわけではない、が。」
ハイド……じゃなくて覆面男ミスターHはためらうように言う。
おそらくは天使の力のことだろう。
確かに闇に対抗するなら光。定石といえば定石だが。
(今は使うわけにはいかないってことか?
 確かに目撃者が多すぎる。
 天使にも天使の事情がある。
 ……いや違うか、おそらくあの男の……)
ハイドの奴はシャルディスと組んでいる。
今の段階でその本気を出すわけにはいかないってことかもしれない。
「……ぅ……あぁ……」
「い、いやだ、なんでこんな悲しいんだ……苦しいんだ……」
詩織は殆ど虫の息で、ガライの奴も言動がおかしくなっている。
キリングとインファイトもなんとか立ってはいるが、それでやっとという感じだった。
それ以外で祭りに参加してた人々や警備隊の面々も、程度の差はあれ立ち向かえる者は殆どいない。
まだ戦えそうなのは俺とミスターH、メイクにラーク教師、そして……
「……聖二君。
 あの人は、どうしてあんなに苦しそうなのかな。」
「……ナギサ。」
ナギサが俺の横に立つ。
彼女はこの闇の奔流を浴びて大丈夫なのだろうか?
「とても、とても悲しい、沢山の感情。
 こんなものが、世界にはまだいっぱいあるんだね。」
「……そうだな。」
俺もいくつも見てきた。
下層で起こった惨状。
この都の悲劇。
どちらもあの悍ましい化物が引き起こしたもの。
そしてあの矛盾曲と呼ばれる女は、その醜悪の悪魔のおそらく下位互換。
(だったら、こんなところで退いてはいられないな。)
悲劇も、絶望も、うんざりするほど見てきた。
今さらこの程度の悪夢で倒れ伏したりはしない。
俺は闇を前に立つ。
そして。
「……私も、少しは力になれると思う。
 これでもシスターの端くれだから。
 救えない魂を、せめてささやかに浄化する。
 一人でも多くの報われない子たちを助けるために。」
「あぁ、ありがとう。」
ナギサも俺の隣に立つ。
……そうか、この世界の彼女は敬虔なシスター(候補)だったな。
(……だから、雫は巡教とかにも関心があったのだろうか?)
いま考えることではない。
この場にいるのは雫じゃない。
「でも俺はそんな風には考えることは出来ないよ。
 だって俺は近しい奴等と共に生きたいだけだったから。
 そんな聖人には俺は、なれない。」
そうだ。
いつだって封座聖二という人間はその程度の男。
ただ、目の前の俺が好きになれる奴等。
そんな奴等と共に、ささやかな、平穏な時間さえ過ごせれば。
(それでいい。)


ゆえに、”その”世界は再び発動する。
広がる闇の侵食が、一瞬の間、”停止”した。
「いまこの瞬間だけでいい。」
この場に集まった縁もゆかりもない者たち。
でも俺には勿体ないほどいい奴等ばっかりで。
そんな彼らと。
「ずっと過ごせていければいい。
 本当に思ってるんだ。
 心の底から。」
けどそんな結末はない。
知っている。
分かっている。
それでもなお、と狂おしいほど願う。
だからこの世界は、きっと。
(そんな俺の心が生み出した世界。
 まるで夢のような、そんな世界。)
その一瞬を戦いの勝利のために使うなんて。
それだって本当はいやだ。
でもこの光景だって悪くないと思える自分がいるんだ。
「今が。」
「絶好のチャンスですかねぇっ!!」
「はっ、気張らせてもらうっ!」
ハイドが、メイクが、ラークが、攻勢に転じる。
だが一時停止したとはいえ、闇の侵食は既に始まっている。
彼らの攻撃はあの女に届かない。
「……なんとか、あの悪夢を。」
ナギサが両手を組んで、目を閉じて祈る。
聖職者としての能力なのか、目の前の闇が少しばかり消えていくように見えた。
(……それでも、足りない。)
あと一手。
あと少しが、届かない。
僅かな、その間隙を突ける一手が……

「グオオオォオオォオオォオォオオオォオッッ!!!」

……その瞬間。
2体の巨大な鉄の人形が、目の前の闇に向かって突撃していた。
当然のようにそれらは闇の前に掻き消えていく。
だがその体積分の闇は確かに霧散した。
そのゴーレム達を突撃させたのは……
「は、やく……お、わらせて……この、役立たずども……っっ!!」
他の人々同様、地べたで倒れ伏していた赤毛の少女。
レライン・ハートフェールだった。
「うぉおぉおおぉおおっっ!!
 妹が頑張ってるのに、兄の私が立ち止まっていられるかあぁぁぁぁっっ!!」
レラインのその姿を見て、インファイトが最後の踏ん張りか、無理やり突撃する。
そして先に特攻してたメイクも剣に光を発し、同時攻撃を仕掛けていた。

そして、その世界は解ける。
俺が望んだ、俺が好きな奴等だけがいる世界。
そんな都合のいい世界は続かない。
けれど。
「どうだよ。呪いの産物とやら。」
俺たちだって、捨てたものじゃないだろう?
「聖爆剣っっ!!」「聖爆剣っっ!!」「八連打っっ!!」
前後から放たれた2連の聖爆剣が闇を貫通、そして僅かに遅れた八発の殴打が奴本体に直撃した。


……なんだ、この光は?
ワタクシにとっての光は、魔姫サマだけなのに。
そんなものを自分たちの救いとか、集大成みたいに、振りかざして。
……ワタクシを、否定するな。
……そんな目で見るな。

終わらない悪夢のなかで見た光。
自分の本当の名前すら忘れた少女は、訳も分からず涙し、叫んだ。
「うわあああぁぁあああああああああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁっっっ!!!」


その悲鳴が目の前の女のものか。
それとも矛盾曲のものなのかは分からない。
だが奴はついに本当の意味で地上に沈んだ。
「悪いな。」
俺にはあんたは救えない。
救いたいとも思わない。
だってあんたは俺の好きな奴等でもなんでもないから。
俺みたいな器の小さい人間は、近しい奴等しか助けようとは思わない。
そういう救いは。
「真那か、刹那にでも頼んでくれ。
 俺はいまこの瞬間が好きなだけだから。」
うおおおぉぉおおぉおおおぉおおぉと歓声が上がる。
みんなで力を合わせての、大敵への勝利。
純粋に喜んだり、健闘を賞賛したり、憎まれ口を叩いたりと。
ありがちな風景がそこにあった。
「やったね、聖二君!」
ナギサが声をかけてくれる。
「あぁ。俺たちの勝利だ。」
でも俺は。
そんな当たり前の世界が好きなんだ。
絶対的な奴だけが光だなんて、そんな世界は嫌なんだ。

こうしてお祭りは終わった。
みんなボロボロで、少なからず後遺症がある奴はいるだろう。
でも、誰も、死んでいない。
生きている。
だから、今回は俺たちの勝利だ。
まだ全てが終わったわけでもなんでもない。
それでも一番最初の、みんなで掴んだ勝利だった。


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