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62話 魔女と天使
空中で黄金の光に囲まれる一人の吸血鬼。
それに向かってシャルディスは巨大な炎の球をぶつけた。
この研究所の最奥が吹き飛ばんといわんばかりの爆発音が響く。
だが煙が引いたあとも、黄金の光は一切揺るがずそこにあった。
シャルディスは舌打ちする。
「あぁくそ、これもダメか。
意外と使えないわね、七罪魔の力も。」
彼女はぼろぼろになった1枚のページを右手に持ちながら軽く悪態をつく。
先ほどの一撃はシャルディス本人が魔法を編み込んだのではなく。
七罪魔の一部であるページに直接魔法構成を書き込み、放ったもの。
彼女は事前に何枚かのページに対し、それぞれ異なる魔法構成を書き込んで準備していた。
同じ方法で放った魔法、これで4ページ目。
残りは3ページ分となっていた。
(私の魔力不足なのかしら。
やっぱり吸血鬼のときの力がないとダメ?)
シャルディスは考えながらも目の前の黄金の光を恨めしそうにみる。
(これを破壊する手段は過去にいろいろ試した。
一番確実なのは、復活した七罪魔に破壊させること。
まぁ問題はアリンごと破壊されるってことなんだけど。)
この黄金の檻の耐久力は異常だ。
天使シャルナーが作ったものらしいが、常軌を逸している。
本当はもっと高位の天使が作ったものではないかと疑う位だ。
今のところこれを破壊できた唯一の方法は、醜悪の悪魔の破壊レーザーだった。
ただアリンごと消し飛ぶという最大の問題があるのだが。
(七罪魔の力なら破壊できるって思ってたけど。
醜悪の悪魔じゃないとダメなのかしら?)
シャルディスはうーんうーんと首を捻りながら、アンヌの方をちらりと見た。
のんびり考えているような時間はない。
モタモタしていれば聖二がこの最奥に殴り込んで来るだろうから。
(出来ればアンヌ先生の方も助けてあげたい。
あのままじゃ、殺されちゃうし。)
「えぇいっ!!」
天使ラナーの光の剣がアンヌを貫く。
だがその瞬間、アンヌの身体ははらりと四方八方に離散した。
彼女が風で作った分身である。
「ふぇぇ。またはずれ。
もうー、めんどくさいぃぃぃ。」
ラナーは機嫌悪そうに別のアンヌの方を見る。
そこにはもう一人アンヌがいた。
だが別の方向にもアンヌがいる。
「そんながむしゃらな攻撃ばかり仕掛けてもダメよランラン。
ちゃんと人の気配があるかどうか感じないと。」
アンヌの一人が軽口を叩くが、彼女は内心一切の余裕はなかった。
彼女はページの一つを使い、自身の風分身の魔法を強化していた。
それによって複数のアンヌが現れ、目の前の天使はアンヌ達を一人ずつ攻撃し、外れを引いて離散する。
本物のアンヌはそもそも姿を現していなかった。
だがいくら七罪魔の力を使って分身を出すのにも限界はある。
更には天使本人は殆どダメージを受けていない。
複数のアンヌは一人ずつ離散しながらも、その隙をついてトルネードなどの魔法を放っていた。
だがまるで効いている素振りがない。
……アンヌは知らないことだが、過去の周回において哀音の魔法の連打にすら天使ラナーは耐えた。
哀音より格下の魔法使いであるアンヌに、ラナーを地に落とす術はない。
(……しかも相手は私たちをまとめて殲滅できる攻撃を持っている。)
伝承ソード。
アンヌがシャルディスから聞いた、最強の一閃。
だから出来るだけ偽アンヌを一か所に集中させずにばらけて配置していた。
だが悪あがきといえば悪あがき。
本物にまともに攻撃があたれば一撃で勝負は決する。
状況はアンヌに圧倒的に不利だった。
(……やはり本命はもう一つね。)
私はもう1枚のページを手に持っていた。
1枚目のページに書き込んでいたのは私の風分身魔法の強化。
それも既に使い切り、残っているのは私が元から増やせる分の分身のみ。
だがその間、もう1枚のページに私は魔力を充填していた。
私は偽物に交じってランランの前に現れる。
「もうー、諦めてよお姉ちゃん。
私もう疲れたぁ。」
「……お姉ちゃん、ね。」
何度も目の前の少女から聞いた言葉。
私たちはかつていろんな場所を逃げるように移動していた。
だが呪い憑きの彼女を受け入れてくれる場所などどこにもなかった。
この魔法使いの都カデンツァを除いて。
バーパイア議長は私たちに居場所をくれた。
そのこと自体には深く感謝している。
「……私は、貴方のお姉ちゃんじゃない。」
「……え?」
私の言葉に彼女は疑問顔になる。
いまの彼女は妹なのだろうか、天使なのだろか。
私には区別がつかない。
……そう、ずっと私には分からなかった。
「覚えていないかしら?
まだ貴方がずっと小さかった頃。
私たちは『黄昏を開けるもの』という集団の中にいた。
まぁいわゆる魔法使いのテロリスト集団みたいなやつね。
指導者たちは200年前の歴史の黒幕の末裔とか言ってたけど。
つくよ、とかなんとか言ってたかな?」
もっとも彼らの主張の妥当性なんてどうでも良かった。
一つはっきりしてることは彼等は幼い子供たちを囲み。
非人道的な実験をその子供たちにしていたこと。
ランランも、おそらくその一人だった。
「私はまだ運が良かったのよ。
一応はその集団の身内だったからね。
当時の私もいろいろ精神的に限界だった。
だからある日、逃げ出そうと考えた。
よくある話よ。」
そのとき、私はランランを連れて逃げた。
沢山いる子供たちのなかから何故か彼女を。
何か大切な思い出があったとか、そんな美談じゃない。
……多分たまたま目に入ったから、罪悪感から連れ出した。
おそらくはそんな理由。
「でも私には分からない。
あの時から貴方が人間だったのか、天使だったのかは。」
「……何を、言って?」
アンヌ・ポルクスの懸念はそれほど外れてはいなかった。
彼女のいう集団は元々はこの世界を生きるだけで精一杯の小さな10人前後の集団だった。
当然、月詠夜夜子の末裔でもなんでもない。
だが彼等は奇跡の子供を手に入れた。
癒しの力を持つ、天使のような力を持つ子供。
それが後にランラン・ポルクスと呼ばれる少女。
だがその少女をその集団に忍び込ませた張本人は。
「お前は人間の集団の中で人間として過ごせ。
天使としてではなく、人間の中で。
それがお前の力を増幅する。
……ことになるかもしれない。そういう実験だ。」
「………」
その張本人こそは高位天使ウルイエル。
彼は自らが調整した天使の子供と一緒に、それなりに才のある子供たちをその集団に紛れ込ませた。
それを知った彼等は自分たちが神の奇跡を授かったと勘違いした。
あとはひたすら増長と暴走が続き、一つのテロリスト集団と化した。
もっとも最終的にアンヌが肝心の少女を連れて逃げ出したため、その集団の末路は容易に想像できるだろう。
「……う、うぅぅぅう。
うああぁぁああぁぁあぁっっ!!」
「……ランラン。」
妹は頭を抱え、悲痛な声を上げる。
私はもう1枚のページに、彼女の心に干渉する魔法構成を書き込んだ。
彼女の真実を知るために。
だからこうなることも予想は出来た。
出来た、のだが。
「……もし貴方の中に2つの人格があるのだったら。」
最悪、彼女の中でその人格は分裂してしまうかもしれない。
そのまま両方とも破裂する可能性だってある。
「……これしか。」
彼女を呪いから救う方法は他になかったのか?
私は今更になって迷い始めていた。
だがもうあとには引けない。
「……う、うぅぅぅう。
うああぁぁああぁぁあぁっっ!!」
痛い。痛い。痛い。
私のなかに理解できない痛みが、苦しみが芽生え始める。
いつもは痛いと思ってもすぐ忘れる、それだけのものの筈なのに。
「……ぐ、ううぅううぅううぅう。」
目の前に人間の姉の姿が映る。
何を考えているのかは分からない。
けれど私はもう一人の姉の姿を思い浮かべていた。
「……シャルナー、お姉さま。」
他の天使はみんな私を否定した。
でもあの人だけはこんな自分を否定しなかった。
でも、分からない。
どちらの姉の考えることも、私にはまったく分からなかった。
けどそんなことよりも、いま聞きたいことは。
……この痛みは、苦しみは、いつ終わる?
「……痛い、苦しい、あぁ、う、あぁぁぁぁあぁっっ!!」
「……ランラン?」
目の前の少女は巨大な剣を顕現する。
更に背中の右の片翼が黒く染まっていた。
少女は剣を出鱈目に振り回し、その衝撃波は部屋全体に放たれた。
「うあぁっ!?」
アンヌも分身と共に弾き飛ばされる。
分身たちは一瞬で空気に溶けて消えていった。
そしてその衝撃は。
「うわ、あぶなっ!?」
シャルディスの方にも放たれていた。
そしてアリンを囲む黄金の檻にも。
シャルディスは寸でのところで回避するが、黄金の光は回避行動など取らない。
「……ん?」
その一撃は僅か。
僅かではあるが、その黄金に亀裂を入れた。
それはシャルディスにとっては僥倖だった。
「……え、これもしかして行けるかも?
アンヌ先生、もうちょっとなんか、そう、どうにかできない?」
当然アンヌはそれどころではなかった。
天使ラナーが暴走する。
「……半分堕天したか。」
カデンツァより遥か上空。
その上空には人には認識できない天使の宮殿が存在している。
そのうちの一つにてウルイエルは軽く呟いていた。
「私の実験の成果は出た。
出たのはいいが、堕天してしまったら長くは持たない。
とはいえ突貫戦力の作り方としては悪くないな。」
ウルイエルはそれだけを思案して、それ以上のことには興味がないとばかりに地上の観察を辞めた。
「……そろそろ時間か。」
巨大な魔力が地上に近づいている。
このあとこの世界に何が起こるのかを、ウルイエルは既に予想していた。
「まぁ仕方あるまい。
この世界を去る頃合いだ。
さらばだ、人間諸君。」
ウルイエルの姿が消える。
なんの未練を残すこともなく、彼はこの世界から消失した。
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