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79話 生き様



小規模ながら武術全般に優れてるとされた小国ザルツブルク。
その国の騎士団のトップである団長、副団長はイムヌスのナイツにも匹敵すると噂されるほどの猛者だった。
騎士団長レーグ・ザルツブルク。
騎士副団長メイク・ザルツブルク。
王からザルツブルクの銘を授けられたその二人は国民からも絶大な信頼を寄せられていた。
特に団長のレーグは。
「あ、来たわレーグ団長よ!」
「きゃああああっ!
 団長様ぁぁあぁっっ!!」
「ありがとう、みんな!」
わーわー、きゃーきゃーと黄色い声援を浴びる美丈夫は、国民の声に応えて笑顔を向ける。
その存在はザルツブルクの象徴だった。
それに比べれば美人とはいえない副団長のメイクは、些か地味な存在だったかもしれない。
けれど。
(さすがはレーグ団長だわ。
 文武両道、容姿端麗、清廉潔白、全てが揃った完璧。
 この方の騎士副団長となる栄誉。
 これほどの幸福が他にあろうか。)
いいや、ない。
メイクにとってもレーグは自身の全てを捧げてよい男。
そう思えるほどの圧倒的な存在だった。
ゆえに自身が正当に評価されないことなど、些細なことだった。
……だけど。

「……だん、ちょう?」
「どうしたメイク副団長。
 そんな顔をして、何かおかしいことでも?」
ある時、ふとした偶然で知ってしまった。
それは、憧れた男の、自分の全てだった男の本当の姿。
イムヌスの悪徳貴族が用意した複数の女どもとまぐわう、清廉潔白とは真逆の姿。
「……何を、されているのですか?」
「何を、とは?
 私はあのイムヌスのナイツにも推薦された男だ。
 これくらい、当然のことだろう?」
団長は当たり前のように言ってきた。
ザルツブルク騎士団長の地位など、イムヌスでのし上がるためのものでしかない。
自分の優れた容姿も甘言も使い、王に取り入り、ここまで辿り着いた。
「君の手柄も私のものとした。
 だが悪く思わないでくれたまえ。
 この世は、全てに優れた者こそが上に立つことが出来る。
 ……などというのは平民が抱く幻想だ。
 実際は真に優れた潔白の者など、つまらない妬みや僻みでいつのまにか消されている。
 君だって分かるだろう?」
……分かる?何が?
……あぁあの頃の私はなんて馬鹿な人間だったのか。
こんな男を、この程度の男を、自分が全てを捧げるべき男だと……
(だからまぁ、こうなるのも当然じゃないですかぁ。)
あの男の忠告どおり。
私はやってやった。
毒殺であっさり奴は死んだ。
私の幻想をぶち壊しにしてくれてありがとう。
けど、私は、それでもまだ。
(……見つけて見せる。必ず。
 本物を。
 本当に完璧な存在を。)

私が国を抜けて半年後、風の噂でザルツブルクは魔物の攻撃で滅んだと知った。
団長、副団長を欠いたあの国など脆かったのだろう。
そもそも王からしてイムヌスの悪徳貴族と繋がっていたことも団長の背後を調べる過程で知った。
となれば滅びる結末も致し方ないことだっただろう。
もう、私にはあの国はどうでも良かった。

「……はー。
 こいつも雑魚じゃないですか。」
それからどれだけの年月が経ったのだろう。
あぁいや実際はそれほど経っていないのも分かってるが。
私の中でそれは途方もない長い時間だったように思えた。
私は魔物退治に明け暮れていた。
最初からトップばかりが君臨しているイムヌスに興味はない。
私が求めていたのは、私が見つけた、探し求めた、絶対の存在だった。
そうでなければ、納得ができない。
いつからそんなことを考え始めたのかは分からない。
そんなとき。
「……ガアァァァァァッ!!
 ウアアァァアァァアァッッ!!」
「くっ、なんなんですか、こいつはぁっ!」
私より格上の魔物に出会った。
だがこいつは違う。
ただ最初からそれなりに強かっただけの化物。
こんなものを、私は求めていたんじゃない。
「よく分からないが、お前は誰だ?
 私は刹那だ。真那じゃないぞ。」
「わ、私はシャルディス。
 シャルディス・ブラッド……」
だからそれは気まぐれに過ぎなかった。
そこで出会った連中となんとなく旅を始めたのは。
オリジンヴァンパイアという単語は気にはなったし。
その先に私の求めていた存在があるのかもと。

「いやぁさすが強いですねぇ刹那様。
 惚れ惚れしちゃいますよぉ。」
「そうか。」
だからそれは棚から牡丹餅もいいところだった。
前々から薄々感じてはいたことだが。
彼女はまだ子供ゆえ不純なものも持っていない。
理想の存在は自分で育てればいいのでは?
そんなことを考えるようになっていた。
でも、気が付いたら私は。

「……あれ?
 うーん、私は今まで何をしていたんでし、たか?」
その旅路を忘れていた。
理由は分からない。
結局また私は元の日々に戻っていった。
でも、何かが頭の中で引っかかっていた。
私はもう得るべきものを、得たのではなかったのか、と。
「……アリン・ペルシェ。
 そう、そんな奴を探していたような気がする。」
それがどんな奴かは分からなかったが。
いろいろあってそいつを見つけ、捕らえることに成功した。
碌に抵抗もしてこなかった。吸血鬼のくせに。オリジンヴァンパイアのくせに。
こいつも違う。私が求めていた存在ではない。
だったら何故、私はこの娘を捕まえたのか。
その手柄を利用して私はカデンツァの警備隊隊長の地位についた。
偶々この国がオリジンヴァンパイアを欲していたから渡しただけのこと。
私自身、何故そんなことをしたのかよく分からなかったのだから。

へりくだった思いで今日まで生きて来た。
それが翻されたのはつい数時間ほど前の話。
「……ちっ。
 最後の最後で、そっちを狙うとか。」
その吸血鬼との、シャルディスとの戦いは久々に死を感じた。
そして同時に懐かしさを感じた。
あぁ、そういえばこんな奴もいたなぁと。
所詮は刹那のおまけではあったのだけど。
最後の最後であいつは私が捕まえた吸血鬼を助けた。
そういえばそんな名目で私たちは旅をしていたんだったかなぁ。
そんなことを思っていたら、あの神楽魔姫が現れ。
私は即座に逃げ出した。
……けれどあれは私の求めていた圧倒的な存在ではないのか?
それは間違いない。間違いないが。
(……私はどうして、そんなものを求めていたのだろう?)
いつのまにか、分からなくなっていた。
幻の憧れであった騎士団長の代わりを求めていたのではなかったのか?
完璧で、清廉で、最高で、他に代わりなどいない何かを。
(……本当にそんなものが欲しかったのなら、イムヌスに行けばよかった。)
あそこには最強の英雄。人類の英雄がいるのだから。
にもかかわらず、私は此処には寄らなかった。
"初めて"このイムヌスを訪れて私は悟った。
本当に自分が求めていたものを。
だってそこには。
「……え、メイクさん?」
「……あな、たは……」
かつて刹那やシャルディスと共に助けた村の少女コダマ。
もうとうに失ったと思っていた存在。
何故そうなったのかも、私は忘れていたのに。
「メ、メイクさん、どうしたんですか?」
コダマが心配そうに私の方に駆け寄ってくる。
……あぁ、いま私はどんな顔をしているんだ?
……ずっと、ずっと、求めていたものは其処にあったというのに。
絶対的な存在?
他に代わりなどいない何か?
あぁ違う。私はただ単に。
「……つまらない。
 つまらない人間だなぁ、私は。」
行きついた先がそんな単純な答えだったなんて。
こんな滑稽な女がどこにいるだろう。

コダマと一度別れ、私はひたすらに考えた。
これから自分は何をするのか。
カデンツァは、もう終わりだ。
元々あんな場所に未練なんてない。
……なかった、が。
(……はぁ、仕方ない。)
せっかく得たものをむざむざ見捨てることは。
もう私には出来なかった。

私は空を見る。
赤く燃え盛る空。白く凍えるような空。
「……あぁ。
 どこかで見たような空ですねぇ。
 雄大というか、おぞましいというか、まぁなんていうか……」
私は苦笑する。
あの花火を見たのは初めてではなかったから。
「……コダマ、貴方も覚悟は出来ていますか?」
「あそこに、刹那さんがいるんですよね。
 だったら今度は、私が助ける番です。」
「はは、まぶしいですねぇ。」
本当に。
ひたすら遠回りをしていた私とは大違いだった。
けれども。
「ま、これでもそれなりに場数は踏んでますからねぇ。
 汚い大人として、可能な限りは手を貸しましょう。」
自分が今日までに得たものは全て使おう。
ついでに私に3回も面倒をかけてくれた馬鹿は一生こき使ってやる。

「さぁ気張れよ雑魚共が!
 メイクさんは今日、今が、最高に、
 いい感じに最強な気分ですからねぇぇっ!!」
ゆえに、そう。
私は今日、死ぬ。
こんな場所に来た時点でそんなことは分かり切っている。
だがたとえ死すとしても。
「あの時、こぼし損ねたものは全て拾ってから、ですかねぇ。
 だから退けよおまえら。」
今の私は、あの時の騎士団長など比較にならないほど、強い。
あの国を出てから結果的に磨きに磨いた剣技。
どれだけずれた道を渡っていても、それだけは私を裏切らなかった。
「こんっ、とんっ、ぎりぃぃぃいいぃい!!」
あぁ、気持ちいい。
まるで全ての存在が私を祝福してるような、そんな快感。
迷いを振り切ったとき、人はこんなにも気持ちよくなれるのだ。


「……なんだ、この女は?
 まさか人間お得意の覚醒か?」
メイクはグリモアの触手を混沌斬の連発で無理やり突破する。
その距離は確実に狭まっていた。
「ダルバック。
 右だ。右の女を殺しなさい。」
「あぁ?
 知らねぇよボケ。
 少しは自分でやりやがれ。」
ダルバックは前の人々、後ろの天使の相手をしている。
まったく敵には値しない。話にもならない。
雑に蹴散らすだけで勝手に死ぬ。
だが未だに、しつこく、次から次へとやって来る。
それがダルバックには煩わしくて仕方なかった。
ゆえにグリモアの指示など聞く耳は持たなかった。
(……この隙をフェイリィが突いて来るかもしれないが。
 ……いや、本当に来る気があるのか?)
先程グランドフレアを撃った時も何もして来なかった。
……まさかと思うが、本当にこの人間たちだけで自分たちに立ち向かっているのか?
(だったら本命は、なんだ?)
いずれにせよ。
「コロナプロージョン。」
触手は対抗できたとしても、これには対抗できない。
特大の火炎球がメイクを襲う。
だがグリモアとメイクの間に挟まる影。
「ふぇぇぇ!?
 熱い、熱い、熱いぃぃぃぃ!!」
「……!?」
天使ラナーが割って入り、コロナプロージョンを代わりに受けた。
だが焼き尽くされたりはしない。
彼女は以前の周回で哀音の魔法の連打にも耐えたほどの魔法防御性能を持っている。
如何にグリモアの魔法攻撃といえど一撃では致命打に至らない。
「ははっ!
 全てが私を祝福しているぅっ!」
メイクはそのラナーを踏み台にして飛んだ。
その飛距離は上空のグリモアまで届く。
ただ泰然とその魔法はある(オリジナル・エンテレケイア)。」
「が、は……っっ……」
……が、ゼロ詠唱のうえ初動作すら存在しない爆発の連鎖がメイクを襲う。
グリモアが持つ、詠唱を一切必要としないオリジナル魔法。
(そこまで近づいてどんな一撃を放つ気だったかは知りませんが。)
血まみれのメイクが落下する。
戦士として覚醒しようが、魔法の前では無力。
これがメイクの限界だった。


「ほらよ!
 荷物をお届けに来たってなぁぁぁっっ!!」
だがその瞬間、何かが遥か上空に向かって投げられる。
ダルバックの前方に突撃していた人々と幻に混じっていたラーク・ハインヌ。
かつて天使ハイナーとも長時間戦い抜いた男は、そのタフネスだけを武器にダルバックの触手の強打を耐えきった。
そう、いまこの瞬間のために。
「ダルバック。
 今度は上空……」
「知るかボケェ!
 てめぇでやれって言ってるだろうがァ!!」
だが次を撃てば3連続目のLv4魔法。
数秒で撃てるLv4魔法は3連続が限界。
先程の魔法の爆発のせいで、何を投げたのかは一瞬では判別できない。
だがこの状況でそれの到来を許すのは危険でしかなかった。
「掌握の儀・永劫封霊。」
もはや猶予なしと七罪魔限定の力をついに発動する。
グリモアを中心に超密度の霊気が一気に放出される。
それは人々も、天使も、メイクも、ラークも、纏わりついていた全てを吹き飛ばした。
(……この程度の相手に、儀を使う羽目になるなど。)
だがこれで上空のものも消し飛んだ筈……


「……残念、だったな。
 この私の、慧眼を、ごまかすことなど、出来ない……」
確かに全てを吹き飛ばした。
上空に突如現れた、この天使。
高位天使ザフキエルを除いて。
「……しぶとい。
 まだ生きて……」
世界を転移し続けることが出来る。
そうザフキエルの能力を分析したのはグリモア本人だった。
今この瞬間。
この瞬間にザフキエルは転移し、霊気の大半を受け止めた。
グラリとザフキエルの身体が崩れ落ちる。
光の束となり、散っていく。
「タッチ!」
その散っていく束を貫いて、小さな手がグリモアの額に触れた。
ラークが上空に投げ飛ばしたコダマの手が。
ザフキエルが盾となったことで、コダマは軽傷だった。
コダマの手が触れた瞬間、グリモアの意識が混濁を起こす。
同時に何を狙っていたのかようやく理解した。
(……誰が教えた?そんなことを。
 私がこの器を完全に支配できていないことを。)
コダマの意識も同時に飛ぶ。
シャルディスの中へと。
(だが。)
シャルディスの精神世界に、シャルディスとコダマ以外はもはや存在しない。
……本来なら。
(念には念。)
無数の触手がコダマを襲う。
此処に入って来れる力を有する者など過去に一人も確認できていない。
そう思いながらも、グリモアは保険をかけた。
「カ、カチンコ……」
遅い。
魔法の詠唱など追いつきはしない。
コダマの華奢な身体は串刺しに……


「だぁかぁらぁ。
 私がなんのために此処に来たのかって話なんですよ。
 考えろボケぇ!」
……ならず、メイクの右腕を貫くに留まった。
外のメイクの身体はもう死が迫っている。
此処に入っても帰ってくることはもう出来ない。
だが、"戻る気がない"のでどうでも良かった。
コダマさえ中に入ってくれれば、外の私の肉体が完全に死ぬ前であれば。
コダマを通じて自分も中に入ることが出来る。
賭けではあったが、メイクの考えは的中した。
「メイク、さん……?」
「……いいから、行きなさい。
 あそこまで、連れていってあげますから……」
メイクはコダマを抱えて走る。
混沌斬を連打し続け、触手の大群を一人で相手取る。
もうこれの相手には慣れてしまった。
こんな攻撃、いまさら屁でもない。
精神世界のシャルディスの身体は目の前にあった。
そして彼女と触手で繋がっている不気味な装飾の本も見つけた。
「……は、本体分かりやすくて結構。
 さぁ行きなさい、コダマぁっ!
 そして、私は……」
メイクはコダマをシャルディスに向かって投擲する。
自らはそのまま後ろに回り。
「……何故……?」
「ははっ。
 全然、大したこと、なかったですねぇぇっっ!!」
最大最後の混沌斬がその本に向かって放たれ……


「……なんて。
 どうせダミーでしょこれ。」
メイクは先ほどまでのテンションを崩し、足元の血しぶきを蹴り上げた。
裏でもう1本繋がっていた触手を辿り、血しぶきの中に埋まっていた本の姿を確認する。
「……こんなさ。
 陰険な奴の思考パターンは。
 どいつも、こいつも、同じなんですよ。」
今度こそ全力の混沌斬を放った。
魔本のページが、千切れて、崩れ逝く。
「……あり、えない……
 刹那でも……神楽魔姫でも……フェイリィでもなく……
 こんな……取るに足らぬ……」
そんな断末魔などメイクはまったく聞き耳もたず、シャルディスとコダマの方を見た。
「……え?」
シャルディスが目を覚ます。
(遅いんだよ、ボケ。)
もう一生をかけてもお前は私に償えないなぁ。
ざまぁない。

精神世界がぐちゃりと崩れていく。
コダマとシャルディスの姿が消えていくのを見送り、メイクは一人呟いた。
「……見たか。
 この私の生き様を。」
最高だ。
いまここに最高の自分の人生をまっとうした。
永眠する前に、一瞬だけ”違う”世界の自分が見えた。
……吸血鬼となり、勘違い甚だしいものを目指す自分。
……培ってきた技術も、何もかも失った、死骸の自分。
(……自分のことなのに、笑える。)
そんな滑稽な未来に比べれば、今の自分はこれ以上なく満ち足りていた。
知らない自分をあざ笑い、メイクは叫ぶ。
「くっそ無様!
 なぁにが無敵の吸血鬼か!?七罪魔か!?
 あぁついでにシャルディスは私のことをずっと後悔しながら生きてくださぁい。
 はははっ。」
爆笑しながら、メイク・ザルツブルクはその生涯を閉じた。


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