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84話 幾百もの戦いの果てに
タタタタと軽い銃撃音があちこちから聞こえる。
俺の周りには沢山の死体が散らばっていた。
悪臭からして長く放置されたもの。
これもあの錬金兵たちの仕業だろう。
「ノーセイジ!
コッチだ!」
「あぁ!」
女性の声の方向に俺は走る。
機関銃を構えながら、警戒しながら。
いつあの錬金兵どもが沸いて来るか分からない。
「おうイリーナ!
そっちは……」
……そこにあったのは。
先程まで生死を共にした赤髪の女性の首なし死体だった。
「………」
俺は無言で目の前の彼女に黙祷を捧げる。
だがそれも数秒程度のこと。
何故なら俺の目の前には無数の錬金兵たち。
俺は淡々と手持ちの機関銃を撃ち続ける。
この弾は奴らへの特攻弾。
たちまちのうちに錬金兵たちは倒れていく。
だが奴らは無尽蔵にやってくる。
こちらの弾数だって無限じゃない。
(潮時だな。)
俺は片手を上げる。
「時渡を始めよ!」
この周も、詰みだ。
もはや何百と見てきた時計の空間。
ルドーワにいつもの報告をする。
「470年前の6周目からいま戻った。」
「ふぇふぇふぇ。
今回はオマエだけかよ聖二。」
この空間には俺とルドーワしかいない。
哀音とリオンは別の時代に挑んでいる。
かつて二人の行動を大きく阻害した時の呪縛。
それは一人ずつ別の世界に挑めば受けないことが分かった。
ゆえに今、俺たちが同時に同じ時間に挑むこともそれほど多くはない。
孤独な戦い。
それももう慣れてしまった。
感情が、心が、大きく動かない。
「二人はどうしてる?」
「リオンが508年前。
つまりいまオマエが戦ってきたあの錬金兵たちの元凶。
星産の錬金術師の実態を探ってるところだ。
その側近にまでは踏み込んだらしいけど、その先が厳しそうだなぁ。」
「そうか。」
未だ本名すら分からない500年前の人災。
おそらく真那や神楽魔姫、月詠夜夜子のような絶対者の類だろう。
かつて300年前の時代に挑んだ頃を思い出す。
何も成すことが出来ず、ただただ翻弄されただけの戦い。
カデンツァの時のような奇跡などそう何度も起こりはしない。
掌握と醜悪だけでなく、闘争まで混ざり、かつ人類社会全体に及んだ月詠夜夜子の影響力。
俺達の時代には存在していない、聞いたこともない鬼の種族まで大量に混ざった地獄の世界。
それが300年前の世界。
カデンツァでの戦いが天国に思えた日々だった。
結局、勝利することはおろか、月詠夜夜子の人格のうち3つを暴く程度で終わった。
時間軸を変えて8つの世界、125周もの戦いの末の敗北。
さすがにあの時ばかりは心が折れかかった。
(だがあの戦いで分かったこともある。)
まず掌握と醜悪はどの時代でも現れる。
本来の歴史がどうかなど関係なく、必ず。
そして時代の節目となる七罪魔も現れる。
月詠夜夜子の勢力と戦争し勝利した、闘争の悪魔が最たる例だ。
ここまででも既に地獄だが、加えて数百年単位で現れる絶対者の類の人間。
こいつらが七罪魔討伐に積極的に参加したことは今まで一度もない。
そういう力のある人間に限って七罪魔とは別種の危険を生み出す。
たとえばこの時代なら、そう。
「錬金兵。
機械と魔法の集大成。
この時代の錬金術師たちが生み出した負の遺産。
そして星産の錬金術師とやらが生み出した、
五銀鍍金と呼ばれてる錬金将たちがそいつらを従えている。」
「此処も300年前とは別の意味で、地獄ってことだなぁ。
ふぇふぇふぇ。」
加えて本来の歴史なら。
この時代の人間たちは錬金兵たちの駆除に集中していれば良かった。
だがこの時代でも七罪魔。掌握の悪魔と醜悪の悪魔はやって来る。
「そしてさっきの戦いで掴んだ。
醜悪の悪魔によって、錬金将たちは汚染されている。
すなわち奴らの手駒だ。」
「うわ、それってますます最悪じゃねぇ。
どうするんだよオマエ。」
やつら五銀鍍金を無力化しないと七罪魔と戦うことすら出来ない。
となるとやはり哀音の成果に期待するほかない。
「哀音はどうした?
順調なのか?」
「オマエラの目論見通り、まだ錬金術が生み出された頃の時代。
そこに入って錬金術を学んでいる。
けどなんだろうなぁあの娘。
応用力が足りねぇ。
魔法と錬金術は通じてるものなのに、なんか上手く繋がってないって感じだなぁ。
そういう風に造られてるのかねぇ。」
「そうなのか?」
「さぁねぇ。
あの娘の創造主に聞けばいいんじゃないか?
ふぇふぇふぇ。」
出来ないのは分かってるくせによく言う。
だとするとこの時間軸も殆ど手詰まりだ。
五銀鍍金が既に猛威を振るっている時代で出来ることはない。
(考えられる選択肢は2つか。
哀音の代わりに俺が錬金術を学んだ後に、後の時代で五銀鍍金たちを停止させる。
リオンに期待し、星産の錬金術師と共闘戦線を組む。
それくらいしか……)
前者は殆ど不可能だ。
絶対者が創り出したものを俺のような凡俗が少し学んだ程度でどうにか出来るとは思えない。
結局リオン頼りになってしまうのが歯がゆかった。
(やっぱり連盟って根本的な出来が違うのかなぁ。)
だが絶対者とはそのリオンすらもどうにもならない奴しかいない。
単独で七罪魔に匹敵するほどの人間にとっての脅威。
だからリオン頼りの手段すら分が悪いのだ。
(……俺たちはこれから。
本当に奴等を止めることが出来るのか?)
俺は無駄だと思いつつも、ルドーワに尋ねる。
「……なぁ。
俺達の時代に飛ぶことは本当に出来ないのか?」
ルドーワは呆れたように答える。
「出来ねぇよ。
何回言わせるんだオマエ?
オマエラの時代の夢が存在していないんだ。
そしてオマエラが本来いた時代、現実の世界は。
時の狭間を開いたことで既に、違う可能性に変質してしまっている。
そこにオマエラを連れていくことはもう出来ない。
時渡の掟だ。
夢の世界と違って、現実の世界にホイホイオマエラを連れていくことは僕ちんでも出来ない。」
いろいろ上同士の交渉がいるんだよぉ〜とか言って徹底的に拒否した。
そうだ。
どうして俺達は奴等と戦い続けているのか。
その理由はただ一つ。
(奴等を、俺達の時代に残さない。
前の時代で全て駆除し、その可能性を潰す。)
それが結果的には雫を救うことにもなるし。
哀音やリオンにとっての目的にも繋がる。
けど、ここに来て、未だ俺達は。
(カデンツァの戦い以外、勝利はゼロ、か……)
俺は最初に挑んだ時代が、とてつもなく恵まれていたことを痛感する。
あいつらは、新しい可能性の世界で元気だろうか?
(……なぁ。
俺たちもあの時代に残れば良かったんじゃないか?)
今でもたまに思う。
不満なんて何もなかった。
でも、俺達にはそれは許されないって。
そんな安息求めちゃいけないんだって。
そう、思ってしまったから。
(……泣き言はいい。
スイッチを切り替えろ。)
今更退路はない。
ルドーワ曰くあの世界とはもう繋がらない。
俺たちに出来ることは前に進むことだけなんだから。
そうして500年前の前後の時代に挑んでから。
何周を繰り返しただろうか。
もちろん厳密には覚えている。
心がどれだけ摩耗しようとも、俺の理性はまだ生きていた。
「なるほど、貴方が聖二さんですね。
はじめまして、僕はクレフと言います。」
「あぁ、俺は聖二だ。
宜しく頼む。」
今回知り合った時の放浪者と、俺は共同戦線を結んだ。
今度は短い付き合いにならないことを願いたいが。
俺達の今回の作戦目的は五銀鍍金の一角・錬金天使サバテルの撃破。
そいつを掌握の悪魔が乗っ取っているという情報を掴んだ。
いま五銀鍍金たちは散らばっている。
絶好の機会だった。
……罠でさえなければ。
「……あんたは、長いのか?
この戦いが始まってから。」
「いいえ、まだまだ僕なんて。
たったの58周です。
まぁ、なんとか今日まで生存だけは出来てますけど。」
「そうだな。
俺もそんなことだけは得意になってるよ。」
時の放浪者は不死身でも不滅でもない。
時渡の前の損害状況によっては消滅だってあり得る。
特に醜悪の悪魔の消滅レーザーや。
闘争の悪魔の左手による概念破壊の一撃。
神楽魔姫の終焉の舞や、月詠夜夜子の既知否定。
時の放浪者を完全に消し去る手段を持ってる輩も当然のように存在するのだ。
そうでなくとも心が壊れれば消滅するという。
寧ろルドーワ曰くそれで消滅した時の放浪者がもっとも多いらしい。
「……あれか?」
「そうみたいですね。」
俺達は崩れかかった神殿の最上階へと到達した。
おそらくかつては立派な建物だったのだろう。
だが今では屋根もなく、単なる廃墟と化している。
その最上階には一人の少女が退屈そうに鎮座している。
赤いドレスに短めの黒髪。その翼には黄金の小さな羽が生えている。
情報通りのサバテルの容姿だった。
それは俺達の方を振り向くことなく、神殿の上から世界を眺めている。
「……この燃料は、人間を模すことが好きだったらしい。」
「……?」
独り言だろうか?
燃料という言葉の時点で、おそらく中身はもう別物なのは予想は出来るが。
「錬金術の賜物で生まれた存在が、なんとも滑稽。
これを生み出した者が愚かなのか、それともこれが欠陥品なのか。
皆目、理解できません。」
その少女模型は俺達の方を振り向く。
両眼は何度も見た漆黒の紅。
すなわち掌握の悪魔グリモア。
既に錬金天使サバテルの乗っ取りは完了していると見えた。
だが奴は戦闘態勢に入ることもなく話し続ける。
「……理解できないと言えば。
お前たちもそうだ。
いったいいつまで我々と戦い続けるというのか?」
……まさかと、思うが。
こいつは俺達と話す気でいるのか?
「決まってるだろ。
てめぇらを全滅させるまでだ。」
俺は強気で答えたつもりだが、その言葉に戸惑いはなかっただろうか?
こいつが俺達と話すことなど、今まで一度もなかったのだから。
「……成程。
一つの時代で我々は敗れたらしい。
その時代のグリモアの情報は私にもある。
けれどそれとてお前たちの功績ではない。」
輝きのない瞳が俺を射抜く。
「……その姿では、確か、なかった。
つまりその程度の存在だったのでしょう。
そのグリモアによると混沌斬を使える存在は危険だと。
そういう情報は残していきましたが。
お前たちは使えるのか?」
混沌斬。
確かにあの時代でグリモアに勝てたのはメイクさんの功績だ。
だが俺は未だにその技を放つことは出来ない。
俺には、一生かかっても届かない領域の技なのだろう。
隣のクレフも同様なのかは分からないが。
「……未だにその領域にも達さず。
にもかかわらず無駄な抵抗を続ける。
なんとも非効率。
ただ一つ思わないのか?」
……こいつはさっきから何が言いたい?
「……不愉快なのか?
そりゃ実に痛快なことだぜ。
俺達でもてめぇらに抵抗できてるって事なんだからな!」
俺は圧されないようにそう返すが、しかし。
「……抵抗と。
ただの抵抗と。
自分でも分かってるではないか。」
ズキリと。
俺の中で何かが軋む。
「……無駄でしょう。
抵抗しか出来ない時の放浪者など。
だったら……」
そこで声色が変わる。
それはまるで純粋な少女のような声色だった。
「……私には、出来なかったんだ。
私は、人間になりたかった。
でも、私は、錬金術の存在でしかなくて。
結夢様の作品から逃れることが出来なくて。」
「……っ!?」
こいつ!
まさか、中の錬金天使の精神に切り替えやがった!?
天使は涙を流す。
まるで悲劇のヒロインのように。
「……どれだけ希っても。
それは、叶わなかったんだ。
好きな人だっていたんだ。
でも錬金術の賜物でしかない私にはそれは出来なくて。」
うるさい、黙れ。
俺たちとその天使は違うだろうが。
(……違う。落ち着け。聞くな。)
こいつの狙いは分かっている。
同じく、望みの叶わなかったあの錬金天使の心を利用して。
俺達の心を折りにかかってるのだと。
分かっている、が。
「……っっ!?」
既にその天使は目の前にいた。
「ねぇ、貴方はどうだったの?
私には、結局誰もいなかった。
貴方には、いたのかな?
心を、通わせることの出来る存在が?
もしそうだったのなら、私には心がなかったのかな?
分からない、分からない、分からないんだ……」
それはその少女の苦悩だったに違いない。
グリモアは乗っ取った対象の心を"そのまま"使えることは知っている。
つまりグリモアが演技している訳ではないのだ。
演技なら俺はこんなに動揺してはいない。
目の前にあるのは人になれなかった模型少女の痛み。
それは俺の心にダイレクトに刺さっていく。
(斬れ。そんなことは関係ない。
ここでいま斬らなければ。)
でも駄目だ。
だってその悲しみは、心は、きっと本物だから。
「うおおぉぉおおぉおぉおおぉおっっ!!」
何も考えるな。
ただ、殺せ、切り捨てろ。
兄貴の、ように。
けれど、その刃は。
「……え?」
俺自身を貫いていた。
「なん、で……?」
俺はもう。
「……そっか。
貴方も、願いが叶わなかったんだね。
悲しい、人。
私と、同じで……」
少女が優しく俺を抱きしめる。
それは決して偽りの抱擁ではない。
その心は、きっと本物だから。
だから俺は……
(これの心を潰さなかった意味はあったらしい。
あいもかわらずお前たちにはこれが効く。)
同じ痛みには、同じ痛みを。
共感できてしまう悲しみを。
それこそが最大の刃となる。
勿論それを少女の内部から眺めているグリモアは、その痛みも苦しみも悲しみも解さない。
知りもしないし、興味もない。
ただこのやり方が効率がいい。
それだけは理解していた。
……だから、理解していなかった。
そのやり方が、人々の真の怒りを買うということを。
その怒りが英雄という破綻者を生み出したことを。
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